第5話 ドリンクバー

「無事にカオスゼリーを倒せた様だね」


 レンも槍の使い方に慣れてきているみたいで、片手間でカオスゼリーを倒しながら、俺に話しかける余裕が出ている。


 レンのジョブは竜騎士だ。


 竜騎士は剣も使うが、槍がメインの武器になる。


 槍はリーチが長いから、遠くから攻撃できて便利そうだ。


 そういえば……


「なあ、レンは竜騎士だよな」


「そうだよ」


「ドラゴンに乗ったりできるのか?」


「できるよ。……と言っても僕のレベルではまだだけどね。この先レベルが上がっていけば、自分の竜、マイドラゴンを手に入れる事ができるんだ」


「なるほど……それは楽しみだな」


「そうだね……あ、だいぶ時間経ってしまったね」


 そういえば、カオスゼリーとの戦いに夢中になって、すっかり時間を忘れていた。


 今、現実世界リアルでは何時位なんだろう……


時間クロノス!」


 今俺が唱えた魔法は〝ステータス魔法〟と言うやつで、ゲームの内容そのものにはなんの関係も無く、システムを呼び出したり調整したりできる、いわゆるコンフィグってやつだ。


 —— 19:36 ——


 俺の目の前に、現実リアルの時間を表す数字が現れた。


 ……もう、こんな時間になってたのか。


「ミナト、そろそろ今日は終わりにしようか」


「そうだな。俺もそろそろ帰らないと」


 レンの言葉に賛成して、俺達は街に戻る事にした。


 因みにこのゲーム、ログアウトできる場所は決まっていて、街中やセーブポイントと呼ばれる特殊なフィールド上からしかログアウトできないらしい。


 と言っても緊急時などは運営にチャットを送れば、ログアウトできる場所までテレポートさせてもらえるので、覚えておくと良いらしい。


 それ以外の場所、例えばVR装置の電源が落ちたりして強制ログアウトになった場合、ペナルティとして数日間はログインできないらしい。


 俺たちはのんびりと街道を歩いて街に戻ってきた。


「じゃあ、よければまた一緒に遊ぼう」


「ああ。俺も都合の良い日をメッセージする」


「君が手に入れた隠しスキルのことも調べておくよ」


「ありがたい、頼む」


 街に着いた俺たちはそんな挨拶を交わしてお互いログアウトした。


 ログアウトすると、意識が一気に現実に引き戻される。


 VRセンターの椅子に座ったままの俺の身体に意識が戻ってきた。


  VRゲームの中は普段より身体能力が上がって軽々と動けるのだが、その後現実に戻って来ると、まるでプールから上がった後の様な体の重さと気だるさを感じる。


 これは兄さんとシューターやってた頃から変わらない感覚だ。


 俺はドリンクバーのコップを手に取り、一気に喉に流し込んだ。


 砂漠に水を撒くように乾いた喉が潤って行く感じ。


 まだ喉が乾いてる気がする。


 もう一杯飲んでから帰ろう。


 俺はドリンクバーに行くと、コップに思い切りスポーツドリンクを注ぎ込んだ。


 結構喉が乾いていたのか、今すぐに飲みたい気分に駆られているが、流石にここで飲むのは行儀が悪いから、一度自分の個室に戻って飲もう。


 ドリンクバーのコップを片手に個室に戻る途中、一人の女子とすれ違った。


 俺と同じ薄雲高校の制服を着ている娘だった。


 VRセンターによっては男性フロアと女性フロアが別れてる場所もあるが、このイセカイワールドはそんな気の利いた設備などない。


 ロビーもドリンクバーも部屋も普通に男女共同だ。


 その分安いので、俺たち学生はよく利用していて、同じ学校の女子がいてもなんら不思議はない。


 たが、いますれ違った女子は……


 相手は俺の事に気がつく事なく、すれ違って去っていったが、何となく俺は気になっていた。


 何だろう……何故気になるんだろう。


 考えながら家に帰って、風呂に入っている時にようやく思い出した。


 そうだあの子、同じクラスの女子だ。


 何故こんなに気がつくまでに時間がかかったのかと言うと、そもそも俺はそんなに女子と交流があるタイプじゃあないから、クラス全員の顔と名前をはっきり覚えてる訳じゃない。


 とはいえ、高校に入って最初のクラスの仲間だし、HRで全員が自己紹介をしたのもついこの前だから、かろうじて思い出す事ができた。


 なんて名前だったか……だめだ忘れた。


 確か、あまり目立たない子だった気がする。


 決して見た目の器量が悪いわけじゃない。


 むしろ顔はいい方だと思う。


 ただ、全体的に地味なのだ。


 ロングの黒髪を後ろで結んで丸い眼鏡をかけていて、授業中は静かで自分から意見を発する事はない。


 それでいて、休み時間になると何処かに行ってしまうので、他の子と喋っている所もあまり見ない。

 

 それが逆にミステリアスで、なんか気になるなとは常日頃から思っていた。


 だからさっきすれ違った時に、あれ?と思ったんだ。


 何に興味があるのかはそもそも分かってないが、あの子、VRゲームするタイプだったのか。


 そうそう、名前だ。


 スマホを取り出し、緊急連絡網アプリから、クラスの全員の名前を眺めて思い出す。


 アプリに写真と共にクラスの全員の名前が出てくる。


 個人情報とかコンプラとかが問題になって、他のクラスの人は見れないんだが、同じクラス同士であれば確認することができる。


 同じクラスだったはずなんだが……。


 あ、あった……この子だ。


 間違いない。さっきすれ違ったのはこの子だ。

 

 その子の写真の下には、白帆しらほ紫杏しあんと記されている。


 白帆しらほさんか……確かにそんな名前だった気がする。

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