第8話 アイギス
森の奥、暗がりの中から獰猛な野獣の唸り声としか言いようの無い声が聞こえてきた。
そいつは、ゆっくりと姿を現した。
まるで、獲物をすぐに狩ってしまっては勿体無い、たっぷりと時間をかけて狩りを楽しもうとばかりに、低い唸り声を出しながらそろそろと俺の方に近づいてくる。
獣の目は俺の方を見据えたまま、絶対に逸らしてくれない。
それは象くらいの大きさの犬だった。
明らかに噛まれたら痛そうな牙が2本、口の両端から生えている。
そして、尻尾が9本……なんか電気を帯びているのか時折尻尾からビリビリとプラズマの光が見えたり、炎が立ち昇ったりと凝ったエフェクトで主張してくる尻尾たちだ。
……これは。
……どう見ても。
……初心者向けのモンスターじゃ無い気がする。
「や、やばそうな相手だ……に、逃げよう」
こんな初心者向けの森の中にいるくらいだ。
きっと今はまだ戦うべきでは無い相手で、逃げるのが正解なんだ。
こういう初級エリアに敢えて配置された高レベルモンスターってのは、無理に戦えば即死は免れないが、勇足で飛び込んだ初心者
ゲームの終盤になって強くなって戻ってきたら改めて戦えば良いのだ。
俺は回れ右をして、急いでこの場から離れようとした。
グルアアアアァァァァ!
モンスターが吼えた。
空気がビリビリと振動する。
その咆哮を聞いたせいだろうか……俺の足が急に動かなくなった。
バカな……今の咆哮、相手を動けなくする効果があるってのか……
いやいや、ここは初心者向けの森だろ……
お前は初心者に、無理なレベル帯で敵に突っ込んで行かない様に教える為にいるんだろう。
そんな相手を動けなくして嬲り殺しにする必要まではないだろ。
どうなっているんだ。
モンスターは動けない俺に向かって、ゆっくりと近づいてくる。
くそっ、このままではやられる……何とかしなくては。
だが、動きの取れない俺にできることと言えば——
「
魔法で攻撃するしかない。
だが、俺の放った炎の魔法は巨大な獣に届く前に、九本の尻尾が伸びて来てばさっとひと薙ぎしたらあっけなく吹き消されてしまった。
嘘だろ——
どう見ても今の俺が戦って良い相手じゃない。
しかも逃げることすらできないし、このままやられるしか無いのか。
犬型のモンスターは俺を見据えたまま、ゆっくりと近づいてくる。
どうやら俺は、奴にとっては既にまな板の鯉であり、焦らなくても確実に仕留められる相手なのだろう。
ちなみに、モンスターの名前は【????】となっており、名前すら分からない。
「終わったな……」
俺は覚悟を決めて、ゆっくり目を閉じた。
どうか、デスペナが経験値全ロストとかじゃありませんように。
「
声が聞こえた。
目を開けると、俺の周りに半透明な膜のようなものが出来ていた。
モンスターが大きく口を開き、その口から火炎が放たれた。
俺の方に飛んで来たその火炎は、半透明な膜に阻まれて、掻き消される。
俺……助かっ……た?
……確か、そう聞こえた。
防御魔法の一つで、敵の攻撃を防ぐシールドを形成する。
攻略サイトで読んだ情報の受け売りだから、実際に見た事はない。
(いや、確かに攻略サイトは見ない主義ではあるが、魔法系はどんなのがあるのか気になって少しだけ調べていたんだ。いいだろそれくらい)
今、俺の周りにあるのがおそらくその防御魔法なのか……。
という事は、誰かが、俺を助けてくれたんだろうか。
いつの間にか、足が自由に動けるようになっている。
モンスターにかけられた
これも防御魔法の効果なのか、それとも単にモンスターから受けた
目の前のモンスターは、俺を仕留め損ねた事で期限が悪くなったのか、俺を睨んでさっきからずっと低い声で唸っている。
だが、俺を包み込んでいる防御膜の存在が気になるのか、近づいてはこない。
俺は、とりあえずの
「間に合った……」
その時、俺の目の前を影がよぎった。
小柄な人影だ。
気がつくと、その人影は、いつの間にか俺の前にいた。
女の子だ。
ゲームのアバターだから正確な中の人の年齢は分からないけど、アバターの見た目は俺と同じくらいの年のように見える。
腰まである
黒い色をした、膝丈位のスカートのワンピースの上にこれまた黒いボレロを着込んだ、丸いメガネをした女の子が、俺の隣に来ていた。
髪も黒いし、服も黒い。
女の子は、手に小さな杖を持っている。
先程の魔法と杖からして、おそらく、
「きみ、危なかったね。ナインテイル・オルトロスの火炎攻撃なんて当たったら即死だよ」
女の子は俺に向かって振り向いた。
その顔は無表情で、その瞳は
「あ、ありがとう」
俺は思わず照れながら礼を言った。
死ぬかと思ったその時に、まるで天使のように現れた女の子。
全身黒いから、見た目は天使というよりゴスロリの死神って感じだけど。
でも、これは……もしかして……
助かった……かもしれない。
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