第19話 悪者たちの【暗躍】


 そうして、そそくさと去っていく先輩の後ろ姿を見送ることしばらく。


 応接室に大の字で転がされた物部モリヤは、パンパンとホコリを払い、ゆっくりと起き上がっていた。

 夏目シオリ。

 アカデミー時代から常識を覆すような無茶苦茶な人だとは思っていたが、


「立場が変わっても、ボクの扱いが変わらないのは驚いたなー」


 夢にまで見たノグチさんとの邂逅。

「せっかくですから二人で食事でもどうですか」と夜のディナーに誘ったところ、先輩にグーパンで吹っ飛ばされた形だ。


 念願のノグチさんとのご飯配信。

 その夢が叶うチャンスだと思ったのだが、


「まぁ今は、ノグチさんの肉球をフニフニできただけで良しとしましょう」

  

 つい昔のノリで突っ込み会長を吹っ飛ばし慌てふためく先輩の姿を思い出し、

「少しからかいすぎたかな?」と思い出し笑いを浮かべれば、スーツの内ポケットにしまってある端末に連絡がかかってきた。


 『それゆけ、ちゅかいまくん』のオリジナルテーマソング。

 この曲、このタイミングでかかってくるということは――


(ああ、そうでしたこちらの頼みごとがあったんでした)


 スッと内ポケットからスマホを抜き取り、部屋の隅にある監視カメラの方を見上げれば、いたって明るい声で受話器の向こうにいる男の名前を呼んだ。


「どうも根岸さん。お願いされた通りノグチさんと夏目先輩に『仕掛け』を施させていただきましたけど、そちらの頼みはこれでよかったんですよね?」

『ええ、助かりました物部様。まさか夏目シオリに【発信機】をつけていただくだけでなく、条件付けで彼らを引き離す算段までつけていただけるとは』

「それがボクとあなたの取引ですからね。最低限の仕事はしますよ」


 そういってピッと端末を操作すれば、黒い眼鏡をかけた半透明な男が現れた。


 秘匿回線を利用したVR。

 そこにはダンジョンの見取り図が映っており、今もなお高速で動き回る青い光の点滅があった。


 すると先ほどまでのやり取りを送信した監視カメラの映像を盗み見ていたからか。

 端末を操作し、先輩に仕掛けた【発信機】の端末情報を渡せば、やけに上機嫌な鼻息が返ってきた。


『こちらお約束のモンスターの生体資料となります。いまそちらに送信しましたので確認をお願いします』

「……ええ、確認しました。確かに受け取りました」

『はい。満足していただければ幸いです。ですが本当にデータだけでよろしかったのですか? クズクラが占有している狩場を使えば、何体かモンスターを生きたまま密輸することもできたのですが』


 そういって恐縮そうに眼鏡を触る根岸。


 モンスターの生体データはそれこそ貴重だ。

 テイマー協会としては多くの種類のモンスターを使い魔として保護、研究するためのデータが必要なのだが、なにぶん使い魔となるモンスターは危険度Cランク以上でないと探索の役に立たない場合が多い。


 それこそ探索者に働きかける面倒なクエストなのだが、


「いえ、モンスターの密輸は一応条例違反ですから、これだけ膨大なデータを頂けたら十分です。おかげで使い魔研究がはかどりそうです」

『そうですか。……こちらとしても物部会長に手伝っていただき大変助かりました。なにせ我々、クズクラでは彼女らと連絡のつけようがないものですから』

「ふっ、なにせ先輩の拠点はダンジョンですからね。


 実際、モリヤも先輩と連絡を取るために一番苦労したのはそこだ。

 今回、先輩が獄堂先輩の『実家』にいてくれたのは本当にラッキーだったが、下手をしたらまた獄堂先輩に借りを作らねばならないところだった。


「それにしても、根岸さんの顔の広さと根回しの良さには感心しました。こっちとしては無理難題を突き付けたつもりなんですが、昨日の今日でここまで詳細なデータをいただけるとは思ってもみませんでしたから」

『ええ、たまたま社長がモンスターのデータを集めている知人と仲が良かったようなので、その伝手で少々』


 そういって何でもないような笑みを浮かべる、クズハラ俳人事務所――ダンジョン統括マネージャー。


 あまり良くないうわさを聞く男だが、優秀なのは本当のようだ。

 先日、アポイントメントもなくいきなり連絡が来たから驚いたが、テイマー協会会長である自分に連絡をつけるだけの繋がりを持っているらしい。


(さて先輩に発信機なんかつけて一体何をするつもりなのやら)


 どちらにしてもモリヤには関係ないことだ。

 モリヤの関心は、使い魔にしかない。


 そうして何食わぬ笑みで観察していると、何を思ったのか根岸の顔が急に曇りだした。


『しかし、テイマー資格の剥奪条件を持ち出して彼らを引きはがそうとして本当に大丈夫だったのですか。私には彼女らを呼び出す理由にしては、少々露骨に思えたのですが……』


「ああ、その辺は心配いりませんよ。先輩は生活のほとんどをノグチさんに依存しているような人ですからね。その根幹を奪われるといえばそっちに意識が行って、我々の思惑など気づきもしないでしょう」


『なるほど! それで使い魔に結婚を申し込むという突飛な行動で意識をそらし、使い魔の目をかいくぐって夏目シオリに発信機を取り付けたんですね!』


「いえ、あれはボクの本心ですけど」


『はい?』


 しーんと、気まずい空気が応接室に満ちる。


 何か自分は間違ったことを言ってしまったのだろうか?

 なにか『組む人間違えたか?』なんてぼやきが聞こえてきたような気がするけど、


『そ、そうですか。ならいいのですが、……それにしても会長も人が悪いですね。課題に配信ランキング100位を出すとは。ここ数年で上位配信者の顔ぶれは全く変わらないというのに』


「ふっ、ノグチさんを奪うための脅しには、これくらい口実が必要ですから」


 そういう意味では今回の取引はモリヤに都合がよかった。

 実際、使い魔の需要はダンジョン配信が盛んになったことで上がってきたが、モリヤの理想とする関係値にはまだほど遠い。


 【テイマー】と【使い魔】


 正しい在り方を世間に周知させるには、ノグチさんのようなスターが今のテイマー協会には必要なのだ。


 たとえそれが昔、世話になった先輩を裏切る結果になろうとも。


『それでは、今後ともよろしくお願いしますね物部様』

「ええ、お互いより良い利害関係が続く限り、ボクらは一蓮托生ですから」


 そう。これも全ては、使い魔たちの明るい未来のため。

 

「ですから、恨まないでくださいね先輩」


 そういって通信を切り、モリヤは徐々に陽が落ちていく夕暮れを眺め、変わらぬ笑みを浮かべたまま、あの愛らしくも凛々しい三毛猫に思いをはせるのだった。

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