第20話 親友・タマエの【重大告知】?


 ノグチの背中に乗って片道一時間とはいえ、さすがに今日は精神的な疲労がヤバかった。


 そんなわけで。

 無事、ヘンタイ魑魅魍魎が跋扈する『ダンジョン統括管理ビル』から離脱したわたし達は、夕暮れに差し掛かる頃。安寧の地であるタイヘイ莊に帰っていた。


 本当なら明日の調合配信のための素材集めのはずが、周りに回って不幸が重なり、テイマー協会にケンカを売られるという珍事にまで発展したわけだが、


「ううーほんとひどい目に合った」

「うにゅあ」


 居間に到着するなり、畳の上でぐでーっと脱力するわたしとノグチ。


 ノグチも今までにないアプローチで疲れているのか。

 ヘンタイの下から無事に離れられた頃には、毛並みがややくたびれていた。

 まぁあんなヘンタイに結婚を申し込まれたんだ。

 疲れるなという方が理不尽だけど、


「ううっ、ごめんねぇノグチ。こんな疲れさせちゃって、わたし主失格だよ~」

「なう」

「あで」


 モフモフと自慢の毛並みに抱き着けば、なぜか、ズンと重い頭突きが返ってくる。

 ううっ、ご飯の効果が切れて元の大きさに戻ったせいか。

 遠慮なしのグリグリが地味に痛い‼


「さて、ご飯にしよっか」


 疲れたし、今日はカップ麺でいいかな。

 すると、しばらくグリグリして満足したのか。

 今度は洋服タンスの中から二着の女物の寝間着を持ってくるノグチ。


「うにゃ」

「え? お風呂入れって?」


 でもノグチも疲れてるだろうし今日のところは休んだ方がいいんじゃ――


「うにゃう!」


 そういって有無言わさず、わたしとタマエを担ぎ上げ、二人してアパートの外に増設した大浴場まで移動するノグチ。

 そして脱衣所に放り込まれ、二人して猫の手によって服をひん剥かれるという、屈辱を味わったわたし達はというと――


「「はぁー生き返る」」


 大浴場の湯船の中で、至極の時間を味わっていた。

 リラックス効果のある薬草が浮いているのか。

 柚子のような爽やかな香りが、身体から緊張感を奪っていく。


「はー、相変わらずここのお風呂は最高ねー」

「そりゃ、ノグチが調合した入浴剤使ってますからー」


 そういって、湯船のなかで大きく伸びをして、何もかもがどうでもよくなるわたし達。

 

 緊張がほどけていけば、自然と口が軽くなるのか。

 それともノグチの気遣いが可笑しかったのか。


 しばらくの間、これまでに耐えこんでいたストレスを発散するかのように。

 学生気分に戻ったかのような調子で、今日のハプニングについて愚痴を語り合っていた。


「それで、あのヘンタイから課題もらったけど、実際ランキング100位ってどれくらいなの」

「こんな感じ」


 そういって、探索用スマホから配信ランカートップのチャンネルをタマエに見せれば、彼女の顔がわずかに引きつった。


「これは、なかなかの課題ね」

「だよねー、なにせトップ配信ランカーでチャンネル登録20億人で、全配信100000000回再生なんてあたりまえなんだもん。私がランカーに慣れるわけないって」


 ちなみに調合配信者が1000位圏内に入ったことはこれまで一度だってないらしく。

 課題となる100位でさえ、チャンネル登録者数は1000万人だ。


「課題のハードルが高すぎるよぉ」


 そういって弱音を吐き、ぺショッと湯船のなかに溶けるわたし。


 こちとらようやく、配信特典が解禁された新米配信者だっていうのにあのヘンタイ。権力があるからってホント無茶言ってくれるよ。


 そしてのぼせるタイミングでノグチに呼ばれて、早々に体をキレイにして居間に戻れば、一人キッチンに引っ込んでいたノグチが遅めの夕食を用意してくれた。


「私の分まで用意してくれたの?」

「にゃ」

「そう、ありがとノグチ。ありがたくいただくわね」


 ふわっと立ち上るおいしそうな香りにお腹が鳴る。

 どうやら昨日のモンスカツを再利用したカツ丼らしい。

 いつもの夕食に比べてちょっと品数は少ないけど、手抜きを感じさせないくらいおいしい。


「ふぅ、やっぱりノグチのご飯を食べると、心がホッとするわね」

「そりゃ愛情がこもってるからね」


 ふふんと鼻を鳴らし、一口また一口とカツ丼を掻き込んでいく。

 隠し味にハーブが入ってたのか。

 お腹がふくれていくにつれて、憂鬱な気分が吹っ飛んでいき、


「んんん! ふっかーつ!」


 いつの間にかわたしは、いつもの調子を取り戻していた。

 

 そうしてノグチの愛情たっぷりな夕食を食べ終え、一息つくことしばらく。


 わたしとタマエは、今後の配信活動について話し合っていた。

 議題はもちろん、あのヘンタイに課された配信ランキング100位についてだが、


「そもそもテイマー協会の課題に付き合う必要ないんじゃないの」

「わたしだってそう思うよ? だけどダンジョン事業が国の行政の下、管理されてるのはタマエも知ってるでしょ」


 わたしだって、別に素直に従う気なんてないよ?

 でもわたしがこうしてノグチと一緒に居られてるのは、テイマーとして正式にノグチを使い魔として周りに認めさせてるからだし、このアパートがわたしの所有物なのも、契約魔法で国に権利を認めさせているからだ。


「もしそんな巨大権力に逆らったら、間違いなく配信アカウント停止だけじゃなく、アパートまで没収されちゃうじゃん」


 ノグチが他の探索者に奪われるとは思えないけど、毎日毎日、面倒な客の相手するなんて絶対に嫌だ。


「あら? 意外に考えていたのね。シオリのことだから私はてっきり、そんなもの関係ない! って言ってチカラで解決するのかと思ったんだけど」

「そりゃ考えるよ。なんたってわたしの幸せな老後にかかわることだし」


 だからこそ、こうして頭を悩ませてるわけだし。


「ノグチを奪われる口実を作るのだけは、避けたいんだけど。配信ランキング100位かー」

 

 やっぱり事務所とかに所属しないとダメなのかなー。


「そうね。それについてはこの後の貴女の選択次第といったところじゃない」

「え、なに? なにか解決策あるの⁉」


 たまらずタマエに飛びつけば、鬱陶しいとばかりに引きはがされた。


「まぁその辺の話は後にして。とりあえず私が今日貴女のアパートに押しかけた理由から説明しましょうか。ノグチ、悪いんだけどちょっとちゃぶ台の上の食器を片付けてもらえないかしら。貴方にも聞いてもらいたい話があるの」

「にゃう」


 そうして、ちゃぶ台の上にある食器がテキパキ片付けられ、ノグチも行儀よく隣に座る。


「実は、シオリとノグチにいろんな事務所から勧誘が来ているの」

「え? 勧誘? なんでわたしに?」

「貴女がノグチの主だからでしょう。見なさいこのメールの量。能天気な貴女でも理解できるようにわざわざプリントアウトしてきたんだから」


 そう言うなり、アイテムポーチの中から電話帳並みに分厚い紙束がドンとちゃぶ台の上に置かれる。

 ざっと見た限り、大手配信事務所。

 アイテム生産の大手企業ツルマキ。

 調合組合なんてのもあるけど、


「これ全部わたし達に⁉」

「ええ。すごく興味深い配信だったから自分たちも協力したいって名目で、貴女と伝手のある私に大量の依頼メールが届いたの」


 うおお! なんてタイミング!

 もしかしてタマエの言う選択って、このコラボ依頼の中からコラボ相手を探して配信でバズリまくれってこと?


「あ、だったらこれなんかすごい好待遇なんじゃない? 拘束時間の割には報酬もいいし、ノグチに最新の調合器具プレゼントしたいって!」

「にゃう⁉」


 あ、でもうちのアパート、調合配信したいって書いてある。

 他のメールも似たような内容が多いけど、


「でもこれパッと見た限り、コラボ依頼っていうより、タイアップの依頼に近いような」


 タイアップ。

 自社の商品を使うことで視聴者に、商品を認知してもらうことだ。

 双方にメリットがあり、メジャーな探索者や配信者ほど、企業が勧めるアイテム商品を使って探索しているほどだ。


 配信ランキングに名を連ねる配信者ほど、多くの企業と契約をしているらしいし。

 わたしもこの中からタイアップ先を探せば、配信ランキング100位なんてあっという間にいくんじゃ――


「言っとくけど、これら一つでも受けたら働かないといけなくなるわよ」

「へ? ダメなの?」


 というか働くってどゆこと?


 事務所に入る必要はないって書いてるし、他の配信者も契約してるから何も問題ないはずじゃあ――


「正確には配信ランキング達成が確定する代わりに、タイアップを受けた時点で一生、飼い殺しが確定するわね」

「か、飼い殺しぃ⁉」


 いやいやタマエさんや、それはちょっと言いすぎじゃない?

 ただのタイアップ配信だよ?


「あなた、まだ事の重大さをまだ理解してないようね。貴女のいる場所はダンジョン【深層】で唯一確認された安全地帯で。政府どころか企業が欲しがっても不思議じゃない場所なのよ」


 そんなところに、どこにも所属していない素人配信者が一人。

 最高の使い魔を伴って、快適なダンジョンライフを送っているのだ。

 おいしい契約話を餌に、罠をはって繋がりを持ち、騙すくらい普通にするそうだ。


「んにゅうううううう! これだから地上の常識は疲れるのよ!」


 利害関係とか利益とか放っておいてよ!

 わたしはノグチと一緒にのんびりしたいだけなのに!


「はぁ、むしろこのくらいのトラップは序の口よ。あのヘンタイみたく配信活動を脅しに強硬手段に出てくる場合だってあるし、知らないうちに魔法契約書書かされてノグチだけ取られる場合だってあるのよ」

「なにそれエグすぎるでしょ⁉」


 あれほど輝いて見えたメールが、一気に死神からの最後通告に見える。

 こわッ! 事務所こわ!


「え、それじゃあ、もしこのなかの事務所と関係を持っちゃうと」

「前のタイアップ配信を理由に、死ぬまで馬車馬のように働かされるのは確定コースでしょうね。それも毎日」

「何それすごく陰湿過ぎない⁉」

「シオリも一応自覚はしてたみたいだけど、こことノグチの存在はそれだけ魅力的なのよ。早く借金を返してもらえそうだし、私なら絶対そうするわ」

「ぜっっったいやだ!」


 わたしは不労所得で生きていきたいの。

 みんなからお世話されて生きていきていたいの!


「はぁそうよね。言ってることは最悪だけど、それが一番平和なのよね」


 ううっ、事実なだけに親友の評価がつらい。

 けど、このままじゃわたしのノグチがあのヘンタイに奪われる口実を作ることになっちゃうし!


 うーっ、まさかただ事務所に所属しないだけで、個人の配信活動がこんなにも大変だったなんて――


「タ~マ~エ~」

「はぁやっぱりこうなったか。もう少し様子を見てから誘うつもりだったけど」


 やっぱり、他に解決策があるのね!

 さすが、わたしのタマエもんッッ!


 他の利益ばっかり見てる金の亡者とは違うねッ!


 すると額に手を当てたタマエが、小さくため息をつくと、その視線がやや右上に持ち上がり、


「ねぇノグチ、私といっしょに配信事務所を立ち上げて、このムカつく奴らをぎゃふんと言わせてみない?」


 にゃああああああ、お前もかブルータスッ!

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