第21話 ノグチ。新聞の一面を飾る?

 というわけで――


 新たな配信事務所の設立記念パーティー、などという流れになるはずもなく。


 親友に背後から刺されたような衝撃に、さらされたわたしは無意識にタマエの肩をグーでポカポカ叩いていた。


「ううっ、このうらぎりものがーッ! やっぱりタマエもノグチの身体目当てだったのねー!」


 タマエだけは違うと思ったのにぃ!


「ちょ、危ないでしょシオリ! なに興奮してんのよ。いま、ノグチと大事な話してるんだから、大人しくしなさいってば」


 うっさいうっさいうっさーい! 

 前々からノグチが余分に作ってたアイテムをコソコソ買い取ってたから何かあるなーとは思ってたけど、まさか飼い主を目の前に勧誘するなんて!


「ようやく本性を現したなこの鬼畜メガネめー!」

「誰が鬼畜メガネよ! あーもう、だから話を聞けつってんでしょこのお馬鹿!」

「いふぁいいふぁい⁉ ギブ、タマエ、ギブだっふぇば!」


 ぐにーっと頬を引っ張られ、たまらずタマエの腕をバシバシするわたし。


 ひりひり痛む頬を撫で、部屋の隅でジーッとタマエを睨みつければ、親友の口から呆れたような声が上がった。

 

「はぁ、あのねシオリ。私は別にノグチにうちの事務所に来ないかなんて言ってないの。ノグチに社長をやる気はないかって聞いてるのよ」

「へ? ノグチに?」


 ノグチを引き抜くんじゃなく?


 キョトンと首を傾げれば、たまらず可哀想な子でも見るような目でわたしを見るタマエ。


 あ、あれ? もしかしなくてもわたし、勘違いしちゃってた?


 そうして仁王立ちする彼女の説明曰く。

 どうやら今回のノグチを巡る騒動の数々は、わたしが個人配信者としてのほほんと無責任に個人情報を垂れ流したのが原因だったらしい。


 あわよくば、という期待も込めて各企業がちょっかいを出してきたそうだ。


 ゆえにこの配信事務所設立は、わたしが信頼できる事務所に所属できるように考えた末の妥協案なのだそうだ。


 ノグチを事務所のトップに据えることで、無限の価値を秘めたノグチを企業側に簡単に取り込まれないようにし。

 なおかつ、ノグチとタマエが運営する配信事務所に、わたしも事務所に所属するお抱え配信者として契約することで、二人とも事務所で守ることができるというのがタマエの案だった。


「それで? 薄情者の鬼畜メガネの私に言うことは?」

「疑ってすみませんでした!」


 絶対零度の視線を受け、ダンと額を畳の上にこすりつける。

 うう、そうだよね。

 親友のタマエが、わたしとノグチを裏切るようなことはずないよね。


(あーよかった。これでもし裏切られたら、世界を滅ぼす魔王にでもなってやろうかと思うところだったよ)


 それでノグチが配信事務所の社長になる件だけど。


「つまりわたしがその新しい配信事務所のお抱え配信者になればぜんぶ解決するってこと?」

「ええ、他の事務所の顔色を窺う必要はなくなるし、今まで通り気楽な配信活動ができるはずよ」


 そういってやや態度を軟化させ、肩をすくめてみせるタマエ。


 たしかに配信事務所。それも事務所を運営する立場になれば、企業もうかつにノグチを手に入れようなんて考えないだろうけど、


「あのタマエさん? ノグチは使い魔だよ? 使い魔が会社の社長なんてできるの?」

「あら? 条文には使い魔が会社を設立しちゃいけないなんて項目書いてないし、これだけ知性が高いんだもの。会社の経営くらい楽勝じゃないかしら」


 いや、そりゃそうだけど。

 

「配信事務所を立ち上げたところで、今回みたいになるだけなんじゃ」


 ほら社長として責任能力がないとかで、イチャモンつけてきそうなんだけど。


「ええ、だから正確には、うちの事務所とノグチの共同経営って形で配信事務所を運営することになるわね」


 タマエの事務所と?


「つまり形だけの事務所ってことじゃん!」

「そうよ。でもその形こそが大事なの」


 どうやらノグチはすでに手に入らない存在であることを世間に見せつけることが重要らしい。

 実際は、ノグチにできない地上での企業や依頼の窓口といった細々とした部分をタマエが一手に引き受け、それを確認したノグチがゴーサインを出すような形になるみたいだけど、


「え、こんなことまでしてもらっていいの? タマエだって他にも事務所の仕事もあるだろうし、それってかなり大変なんじゃ」


「ただの窓口対応だけなら部下にやらせるからそうでもないわ。それにこんなこともあろうかと、あらかじめ使える人脈は確保してるしね。こっちにもメリットはあるのよ」


 詳しくは教えてもらえなかったが、どうやら、わたしが炎上する前からこの事態を想定して、ノグチとの共同経営を考えていたらしく。

 ちょくちょくノグチから余分な調合アイテムを買い取っては、他所に流し、味方を作っていたようだ。


「はー、なるほどねぇ。道理で必要以上にタマエの依頼がポーション系に偏ってたわけだよ」


 実際は、高ランクな探索者や配信者を抱える企業に売りさばいていたわけだ。

 さぞいい儲けになっただろう。


「ええ、共同経営ともなれば当然、それなりの規模が必要だろうからね。方々と交渉してノグチの調合アイテムを生産、販売して売りさばく体制はすでに確立済みよ」

「さすが鬼武者、いつの間にそんなことを」


 でも、それならもっと前からこの話を持ってくれば、ここまでややこしいことにならなかったんじゃ


「そしたら貴女、めんどくさいって言ってやらなかったでしょうが」


 うっ、それはそうかも。

 というか、それでわたしに調合配信を勧めてきたのね!


「道理でタマエにしては熱心に、わたしの動向を把握してたわけだよ!」

「ほんとなら、もっと落ち着いてからノグチに共同経営を持ち掛けるつもりだったのよ? そしたらその次の日いきなり炎上でしょ? さすがにあれは焦ったわ」


 どうやらタマエはタマエで崖っぷちだったらしい。

 

「で、問題はお神輿になるノグチの気分次第だけど」

「ノグチはどうする。いやなら別の方法探すけど――って!? いつの間にか分裂してる⁉」


 いつ【調合アイテム】を食べたのか。

 9匹の猫になったノグチが、タマエの用意した『シオリ補完計画』なる怪しげな資料を各自分担するかのように熟読していた。

 なんかすごい食いつきようだけど


「え、ノグチ。もしかしてやってみたいの?」


「「「「「「「「「にゃう!」」」」」」」」」

 

 9匹が9匹同時にうなづいた。

 思いのほかやる気なようで、おのおの分裂した思考能力を使って疑似ミーティングみたいなことしてるけど、それを見たタマエがやや高ぶった様子でそのミーティングに加わりだした。

 

「ふふっ、貴女ならそういうと思ってたわ。どうノグチ? 細かい契約は後にして私と貴方で、このグータラをいっしょに養ってみない?」

「にゃう?」

「ええ、基本的に私はアシストに回るつもりだから、事務所の経営方針はノグチに任せるわ。配信機材や、事務所運営に必要な費用もちゃんと支援するし、もちろんとっておきの従業員を貸し出すつもりよ」

「にゃうう」

「そうね。そこはわたしも詰めておきたいと思っていたのだから――」


 9匹と一人。そして一人の飼い主を置いてドンドン難しい話が進んでいく。


 まぁたしかに? 

 ノグチが公的に配信事務所の社長として認められれば、その社長を力技で引き抜こうとするのも難しくなるだろうけど、


(ただ一つ気になるのは)


「ねぇ、タマエ。この計画ってさ、ノグチが社長になって事務所をまとめて、タマエがノグチのできない地上でのあれこれを窓口になってサポートするんだよね?」

「ええそうよ。共同経営だからもちろん、私の方でも配信関係の融資や運営補助も手伝うつもりだけど」


「――何か他に問題があるの?」と首をかしげるタマエ。


 ないよ。

 ないけどさ、この計画って世間的に見れば使い魔であるノグチの下で、わたしが働くことになるわけだよね?

 

 とするとさぁ――


「使い魔のノグチに顎で使われるテイマーのわたしの世間体は?」

「さぁ、そんなのいまさらだし、可燃ごみにでも捨てておいたら?」


 つまり炎上しろと⁉

 あれ? ノグチと比べてなんかすごく冷たくありませんタマエさん⁉


「いいじゃない。不労所得でのんびり余生を送るなのが夢なんでしょ? ノグチが社長になれば、貴女も平和に趣味の配信活動に専念できるんだし、正式にノグチに養ってもらいなさいよ」


 いや、そうだけども!

 投げやりに言われるとさすがに心に来るものがあるよ⁉


 これでもわたし、ノグチの主としてもっと頑張ろうって決意したばっかりなのなんだけど⁉

 わたしのこの芽生えかけた自立心はどうすればいいのさ!


「さぁ? とにかくノグチが配信事務所の代表ってことになれば、活動は今まで通りにできるようになるんだしそれでいいじゃない…………まぁ、人としてはアレだけど(ボソ)」


 言った!

 慈悲深い笑みでいま、一番言っちゃいけないこと言った!


「くぅ、だけど言い返せない自分が憎いっっっっ!」


 団と畳を叩き、うなだれるわたし。

 

(なにか、なにか主として威厳を取り戻す方法はないの!)


 具体的にはもっと楽に、みんなにすごいって言ってもらえるような何か!


 するとポンとわたしの肩を叩くノグチ(1/9)。

 その顔は完全に任せろと言いたげな、保護者の顔だった。


 ううっ、もうこうなったらヤケだ!

 

「いいわよ! それで面倒なことぜんぶ解決できるんなら、ノグチの下でガンガン配信しまくってやろうじゃない!」


 寄ってたかって企業からケンカ売られたのはムカつくし。

 そもそも、こんな面倒なことになったのも、そいつらのせいだ。

 これで配信企画にいちいち頭を悩ませずに、向こうが大人しくなるのなら徹底的に市場を揺るがしてやろうじゃない!


 どうせ、アイツらこのアパートにカチコミに来る手段もいないしね(泣)‼


「ふーん、ならどうする? 私としてはうちの事務所との共同経営ってことにすれば、さらにタイアップとかコラボとか、企業の横やりからノグチを守りやすくなるけど」

「あーもう、どうせ提案する前に書類の準備はできてるんでしょ! 言っとくけどかかわったからにはもう絶対に逃がさないんだからね!」

「それでこそシオリね。それじゃはい、この書類にサインして。あとは私がうまくやっておくから」


 そして共同経営に必要だと思われる書類に次々とサインし、タマエは地上に帰ることしばらく。


 歴史上はじめてとなる【使い魔に養ってもらうテイマー】という不名誉な称号を手に入れたわたしはというと、

 配信者として新聞の一面にデカデカとわたしの名前がすっぱ抜かれ、奇しくもわたしのチャンネルまたとない盛り上がりを見せ、配信ランカーへの道をまた一歩、前に進めるのだった。

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