第28話 新たな伝説(炎上)の始まり


 人気とは、時に人を狂わせる。

 薄暗い路地裏を走るわたし――夏目シオリは、追っ手に追われていた。


 相手は地上の街中であるにもかかわらず、いきなり暴力を振るってきた黒ずくめの集団。


 もっと平和的に終わるはずだった。

 でも関わってしまえばもう後には引けなくて――


「はぁはぁ、ここまでくれば、だいじょうぶでしょ」

「はぁはぁ、はい、すみません夏目さん。巻き込んじゃって」


 そういって少女の無事を確認して、わたしはそっと息を吐いた。

 これで完全に逃げられたとは思えないけど、時間稼ぎにはなるはずだ。


 だけど問題は、この一連の行動が配信されていたこと。

 そして、タマエとの約束を破ってしまったことで、


「はぁ、やっぱりこうなるのよね」


 炎上に次ぐ炎上。

【堕王、SYOーJO誘拐!】

 とスマホの中で楽しげに踊るコメントを見て、わたしは今後、起こりうるであろう面倒ごとにそっと額に手を当てると、大きなため息を吐くのであった。


 そう、すべては二時間前の『裏』取引まで話がさかのぼる。


◆◆◆


「はい、これが今回の調合配信の報酬ね」


 そういって積みあがった現ナマを受け取ったわたし――夏目シオリは、感動に打ち震えていた。


 ここは地上。タマエが取り仕切る『裏』事務所『指定ダンジョン攻略団――獄堂組』の執務室だ。


 先日の『収益化おめでと配信』を無事乗り切り。

 配信ランカーへの道のりをまた一歩進めたわたしは、タマエとの契約通り、先日の調合配信の成果をもらいに、ノグチとやってきたわけだけど、


「こ、こんなにもらっていいの⁉」

「ええ、採集クエスト受けてもらったからこれはその上乗せ分よ。これは貴女の取り分だから遠慮なく受け取って頂戴」


 そういって机の上に置かれたお金は、わたしの夢の結晶だった。


 たった一回の配信で250万円。

 いつかいつかと夢見ては、敗れてきた遠い存在だったけど。


(その夢にまで見た不労所得が、ついにわたしの手にッッ!)


 ワナワナと喜びが抑えきれず、札束に頬擦りすれば、満足そうに頷くタマエ。


「それで契約通り、貴女の取り分は今回の配信で得た利益のすべて、でいいのよね?」

「もちろんいいに決まってるじゃん。それが共同経営を結ぶ時に決めた約束なんだし」


 配信事務所に所属しているのに、ノルマもなければ、好きな時に、好きな時間で配信していいなんて、わたしにとっては破格すぎる条件だ。

 ただ共同経営の問題で今回のように週に一回、タマエの事務所に顔出ししなきゃいけなくなったけど、


(働かずにお金が手に入るんだったらこれ以上最高なことはないよね!)


 不労所得万歳!

 ノグチ配信事務所に栄光あれ!


「いやーそれにしても、ほんと配信事務所さまさまだよね。まさか配信事務所に所属しただけでここまでやりやすくなるなんて」

「ええ、わたしもここまであからさまに効果が表れるとは思わなかったわ」

「これもノグチが頑張ってくれたおかげだね」


 どうやらノグチの調合配信は、横やりを入れてきた企業達の急所をことごとく抉ったらしく。

 あの配信以降。余計な苦情が来る気配はなかった。

 それどころか、ウチネコチャンネルの概要欄で正式にタマエの事務所をパトロンとして紹介したところ、多くの企業からたくさんの依頼が舞い込んでいるらしい。


 そうしてノグチ特製の軽食セットをつまみながら、本日何回目かになる乾杯でグラスを鳴らせば、珍しく上機嫌なタマエが思い出したかのように声を上げた。


「それでシオリ。貴女これからの予定はどうする気?」

「そりゃもちろんガンガン配信するつもりよ」


 なんたって。あのヘンタイが提示した期限まで残り2週間しかない。


 幸いにも炎上に次ぐ炎上により、悪名がとどろいたのか。

 現在のウチネコチャンネルの順位は1000位だ。

 チャンネル登録者数は500万人。


 ヘンタイ会長がわたし達に課したノルマを達成するためには、少なくとも50倍以上の登録者数が必要になってくる。


 オチオチ時間をつぶしてなんていられないよね。

 

「できるだけ毎日、ねぇ」

「――? なんか変なこと言ったわたし?」

「いえ、あの怠惰なシオリが随分楽しそうに働いてるなと思ってね」


 ちょっとそれどういう意味よ。


「特に意味はないわ。でも、最近きな臭い噂が多いから一応、警戒した方がいいんじゃないかと思ってね」

「ああ、あの謎のダンジョン襲撃事件?」


 確かによく掲示板でそんな噂を聞くけどそこまで心配する問題?

 テイマー協会の刺客が襲撃してくるわけでもないし、わたしとノグチがそろってれば危険なことなんてないと思うけど


「ね、ノグチ?」

「にゃう」


 ほらノグチのそうだって言ってるし、気にしすぎだって。


「そもそも、この間の配信以降、クレームはぱったり止んだし、わたし達にケンカを売ってくる人なんてもういないんじゃないの?」

「たしかに、これだけ暴れて問題を起こすバカもいないでしょうけど油断は禁物よ」


 うん? どうゆうこと?


「今はそれだけデリケートな時期ってこと、いつどこで逆恨みしたバカが襲ってくるとも限らないんだから、頼むから炎上騒ぎだけには注意してよね」

「はいはいわかってるって」


 もう配信事故なんて初心者じみたやらかしはやりませんよーだ。

 

「第一わたしだって平和が一番なんだから、わたしが好き好んで炎上してるみたいな言い方やめてよね」

「はぁ、それならいいけど……そういえばスパチャの件はどうだったの。あれだけ派手な配信だったからてっきり自慢げな報告が飛んでくると思っていたのだけど」

「ああ、スパチャね」


 タマエの声には、わたしは虚空を見つめるようにして呟いた。


 ええ、そりゃもうたくさん投げてもらったよ――ノグチの配信枠にね!


 ウチネコチャンネルでは、ノグチの手元がよく見えるように、わたしとノグチのアカウントの2つに分けて同時配信している。

 しかし今回はそれが仇となったのか。

 それとも意図的なのか。

 これがうわさに聞くファンの照れ隠しかなーと思ったら、アイツら本当にノグチの配信チャンネルに赤色スパチャを投げ始めたのだ。


 それも300万も!

 

 ジト目で隣に立つ『裏切り者』を見れば、さっそく最新の調合器具をスマホで購入したのか、ご満悦なノグチの姿が。


 ううっ、わたしだって純粋に喜びあいたかったのに、思い出しただけで泣けてくるよ。

 

「はぁ、わたしって世界に嫌われてるのかな?」

「嫌われてるってより、からかいやすいだけなんじゃないの? シオリってほら、いじればいじるだけ、面白い反応返してくれるし。期待に応えてくれる女だって認められてるのよ」


 それでも一人くらい、スパチャを投げてくれたっていいじゃない!

 スパチャもらえなかったら、わたし何を楽しみに配信すればいいのよ?


 そんなフォローだか、フォローじゃないんだかわからないタマエの慰めに肩を落とす。


「まぁスパチャのことは置いておいて、タマエ。わたしに会わせたい子ってのはまだ来ないの?」

「おかしいわね。この時間には必ず事務所に待機するように言ってたはずなんだけど、どこ行ったのかしら」


 どうやらその合わせたい人は今、不在のようだ。

 わずかに眉を顰め、少し慌ただしくスマホを操作するタマエ。

 するとコンコンと事務所の扉がノックされ、外から玄さんが恭しくタマエに声を掛けた。


「姐さん。例のお客様がお見えです」

「ああ、もうそんな時間なのね。仕方ない、今行くわ」


 あれ? なんか用事?


「――ええ、20時に生放送のDBS特番に出演予定があるの。この間の調合配信で正式にノグチ配信事務所の設立を発表したから事務所のことをもっと世間に知らしめたいんですって」


 DBS?

 それってかなり有名なダンジョン番組じゃん!


「それじゃあシオリ、わたしはノグチと番組の打ち合わせがあるから、貴女はこの発信機を辿って外で時間潰しててくれる?」

「へ? ノグチと?」


 というか番組の打ち合わせって何のこと?


 そういってニコリ笑うタマエの視線には、何か調合アイテムを食べたのか、やけに毛艶のよくなったノグチが毛並みを整え始めている。

 なんかお気に入りのエプロンしてるけど、

 

「ちょ、まさか打ち合わせってノグチも出演するってこと⁉」

「当然でしょ。いま世間の注目はノグチなんだもの。事務所の社長であるノグチが番組に出演するのは当たり前でしょう」


 いやそうかもしれないけど。

 うちの飼い猫が、TVデビューですと⁉


「ならタマエが行くより、ノグチの飼い主であるわたしが行った方がいいんじゃ――」

「目立ちたがり屋の貴女がそういうのはわかってたけど、残念ながら先方からノグチさんをぜひにって熱い要望があったから、貴女は出れないわよ」

「いやでも大丈夫なの? ノグチ喋れないんだよ」


 絵的に放送事故が起きる気しかしないんですけど。

 するとわたしの不安を読み取ったように、エプロンポケットからフロップボードを取り出すノグチ。

 あ、筆談するから大丈夫ってことね。


「それじゃあタマエは――」

「なんでも事務所結成秘話を第三者の視点で聞きたいそうよ。どこから嗅ぎ付けたのかわたしが元・百鬼夜行のメンバーだって知ってるみたいだし、探索者としての知見でも解説させられるんじゃない?」


 つまり世間的に見たら、わたしは、食玩に申し訳程度についてくるウエハースかなにかか!


「こういう時こそ配信業界の新星としてわたしを顔出しすべきでしょうがDBSッ!」

「ふっ、怒る気持ちはわかるけど今回ばかりは諦めなさい」


 タマエ曰く、どうやらこの取材は今後のノグチ配信事務所の行く末を決める大事なものらしく。

 特にほいほいと無自覚に炎上するわたしは、絶対に出せないそうだ。


 うぐぐぐ、正論すぎて反論できない!


「というわけで、ここからは別行動ね。一応連絡はつくようにしておくけど、わたし達が取材を受けてる間くれぐれも勝手な行動で騒ぎは起こさないように気をつけなさいね」


 そうして「あの子のこと、頼んだわよ」と意味深な笑みと共にタマエとノグチは黒いリムジンを走らせ、一人ポツンと取り残されたわたしは残された者同士。

 へたくそに取り繕った笑みを浮かべる玄さんに肩を叩かれ、慰められるのであった。

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