第29話 再会・誘拐・大炎上!!


 そんなわけで、公園のベンチで空を眺めることしばらく。

 わたしは、タマエの言う探し人と連絡を取るべく、待ち合わせ場所で待機していた。


 それこそ、一人の時間なんて久しぶりだけど、やっぱりノグチが近くにいないと落ち着かないのはそれだけ長い間、ノグチと一緒に生活してきたからか。


「それにしてもウチネコチャンネルも、ついに地上波デビューかぁ」


 ちょっと前までは登録者ほぼゼロで、誰も見てくれなかったのに、ほんと大きくなったもんだね。

 そうしてスマホに視線を落とせば、画面の中で質問者の言葉に、器用にフリップボードで答えを返すノグチの姿が。


「やっぱりインパクトがないとスパチャ投げてもらえないのかなー」


 ウチネコチャンネルの掲示板を見れば、リアルタイムでノグチの勇姿をみているのか。『ノグチさん賢い』といった呟きの他に、わたしに対する辛辣なコメントが書き込まれていった。


『もうノグチさんだけでよくない?』

『大家炎上させすぎ』

『つか、大家どこにいるん?』

『なんでも炎上するからDBSからしゅちゅえん拒否されたらしいで』

『なにそれうける(笑)』


 くっ、事実なだけに、視聴者たちの正直な反応が胸につき刺さる。

 そりゃ確かに、ノグチに頼り切りだよ?

 でもわたしだってやればできる子なのにこの評価。


 やっぱりノグチに頼りきりなのが視聴者的にダメなのかな?


「決めた! こうなったら飼い主としての威厳を取り戻してやる!」


 具体的には、ノグチがいなくてもちゃんと自立してるって証明してやる。

 そしたらみんな、見直して、わたしにスパチャを投げてくれるようになるはずだ!


 まぁいまは肝心のノグチがいないから、配信もなにもないんだけど


「それで待ち合わせはこの辺のはずなんだけど、遅いなぁ」


 生放送を切り替え、スマホの発信機に視線を落とす。

 

『事前に集合場所に向かうよう、連絡したからちゃんと無事保護してね』


 そう言われてとりあえず、待ってるけど、発信機の様子を見ると、どうやらなにかから逃げているみたいだ。

 タマエが保護してっていうくらいだし、便利屋関係の依頼なのかな?

 すると、公園の入り口辺りで、フードを目深にかぶりあたりを見渡している少女の姿が見えた。


(紺色のパーカーに、おさげの茶髪。もしかしてあの子が、タマエが紹介したいって言ってた子?)


 確認の意味でさっとスマホを女の子の方に向ければ、発信機が反応している。

 あのタマエが保護してっていうくらいだからよっぽどのことだけど、

 でも、あの後ろ姿って――


「おーい。ちょっとそこのおさげの君。ウチネコチャンネルの配信場所ってここであってる?」


 そうして、あらかじめ決めた合言葉を口に手を上げれば、わたしの声が届いたのか。

 驚いたような顔で振り返る少女が、やや安堵したような顔でこちらに向かって手を振り返した。

 そしてそのまま小走りにこちらに走り出そうとしたところで、


「いまだ! 確保しろ」

「きゃっ⁉」


 突如、流れるように車道に現れた黒バンから黒ずくめの男が現れ、わたしの目の前で少女を連れ去っていった。


 え、なにこれドッキリ?


◆◆◆


 そんなわけで黒バンを追いかけることしばらく。

 わたしは横転した車両から離れるように『人質』を連れて、逃走しているわけだけど――


「ううっ、結局騒ぎを起こしてしまった」


 だって仕方ないじゃん!

 ようやく待ち合わせの場所で待ち人を見つけたと思ったら、目の前で誘拐事件があったんだから!


 鮮やかな手並みで少女を連れ去り、そのまま逃げ去る黒バン。

 それはもう無意識に体が動いちゃったよね。


 法定速度をぶっちぎる黒バンに並走し、アクション映画よろしく。コテンパンに人攫いをボコしたはいいが、仲間を呼ばれたのか。謎の黒ずくめの男たちに追われるようになってしまったのだ。


「それでだいじょうぶだった、初音ちゃん」

「はい、その――助けていただきありがとうございました」


 そういって茶髪のおさげの少女――初音カスミの様子を窺えば、申し訳なさそうに頭を下げる初音ちゃん。

 初めてタイヘイ莊で会った頃とは打って変わり、最近までアイドル配信者として活動していたとは思えない地味な姿をしてるけど、


「はは地味ですよね。事務所の方針でいつもああいう格好してて、これが本当の私なんです」


 わたしの視線に気づいたのか、はにかんだ笑みを浮かべる初音ちゃん。

 たしかに服装は地味だけど、笑った顔はあの日一緒に乾杯した初音ちゃんそのものだ。


「だけど、その恰好。いくらなんでも不用心じゃない?」


 その格好もかわいいけどあの強力なダンジョン装備はどうしたのさ。


「あーそれが違約金とかでいろいろ装備を取られちゃいまして、住んでた寮も追い出されてしまったんです」

「え⁉ そうなの⁉」


 もしかしてわたしが盛大に炎上させちゃったから、初音ちゃんにも迷惑が――


「あ、いえそっちは問題ないんです。ただ辞表を社長にたたきつけたはいいんですけど、その日以降、怪しい人につけ狙われるようになって――」


 え⁉ それじゃあいままでどこに? 


「もしかして野宿とか⁉」

「あ、いえ、タマエさんの下で匿ってもらっていました」

「タマエのところに?」


 そんな話、聞いてないんだけど⁉


 道中、歩きながら話せば、あの炎上騒動があった後、妙な連中に付け狙われ、危うく攫われそうになったところ、たまたま通りかかったタマエに助けられて、今日まで何も聞かず、いろいろと生活の援助をしてくれたらしい。


「ごめんね。知ってたら力になってたんだけど」

「いえ、私も本当は夏目さんたちのところに行きたかったんですけど、いまのわたしじゃ、あの転移トラップがある階層までいけませんから。それに――」

「それに?」

「タマエさんに聞きました。テイマー協会にすごい課題を出されたんですよね? わたしの不注意でお二人が大変な状況に置かれてるのに。この上、わたしのことも助けてくれなんて、図々しくてできませんよ」


 それで初音ちゃんは一人で何とかしようと、今日まで行動していたのだが、敵のやり方がだんだんなりふり構わなくなって、タマエの下にも被害が出る前に、事務所から距離を置くようにしたそうだ。


(なるほどねぇ、道理であのタマエが、わたしに会わせたがるわけだよ)


 タマエ、一本筋の入った無茶無謀をする人大好きだしね。

 彼女が自分たちに気を使って逃げ出したと察して、何としても助けたくなったのだろう。


「うーん、だとするとそいつらが何のために初音ちゃんを狙ってるか、だよね」


 初音ちゃんをさらった黒づくめの男たちは、そこそこ腕の立つ奴だった。

 そういえば、掲示板の書き込みで襲撃者はみんなスキル持ちを狙っているという考察があったし、彼女はその中でも希少な【祝福持ち】だ。

 クズクラの保護を離れたと知って狙われてもおかしくないけど


「そういえば警察には駆け込まなかったの?」

「それが、一度相談しに行ったんですけど相手にされませんでした」

「相手にされなかった?」

「はい。なんでもここ最近、同じような相談を持ち掛けて、警察が戸惑う姿を配信する迷惑行為が多発してるみたいで」


 はぁ、世の中ほんと配信者の風上にも置けない奴がいるんだね。

 よりにもよって、そんな人の生き死にがかかる迷惑行為で人気を稼ごうとする奴がいるなんて。


「――初音ちゃんはなんでそんな危ない連中に目をつけられたかわかる? 例えば何か見ちゃいけないものを見たとか」

「それが、本当にわからないんです。はじめは葛蔵社長の嫌がらせかと思ったんですけど、事務所の評判を落としてまでわたしに固執する理由なんてありませんし」


 たしかに事務所の嫌がらせにしては度が過ぎているし、初音ちゃんをここまで追い詰めるメリットがない。


 そして今まで監視していたやつらが、今日になって初音ちゃんを誘拐しようと動き出した理由もわからない。

 うーん。何度考えてもやっぱり敵の行動は不自然だよね。

 

(こんな時ノグチがいてくれたらあっという間に解決するんだけどなぁ)


  それに問題は――


「あの、夏目さん。それでこの子たち、どうしましょう」

「だよねぇ、いい加減に何とかしなきゃだよねぇ」


 そう、シオリだけだと思ったら、何人もの子供たちも一緒に乗っていたのだ。

 なにか特殊なスキルかアイテムが使われているのか。

 ノグチの解毒ポーションを使っても、目がうつろで生気がない。


 あの場に置いておくのは危険だと判断して、反射的に連れてきてしまったけど、確かにこのままってのもまずいよね。


「掲示板でもなんか私が子供たちを誘拐した犯人だとか仕立てられてるし」

「ううっ、ごめんなさい。私を助けたばっかりに」

「だいじょうぶだいじょぶ。うちのリスナーはわたしを面白半分に悪者に従る癖があるから、このくらいいつものことだよ」


 しかし、このままだと角の生えたタマエに絞め殺される。

 何とかして無実を主張するすべはないものか。

 そうしてどう動くべきか考えていると、ウーウーと聞き覚えのあるサイレンの音が路地裏に響き渡った。


「うん? このサイレンは?」

「警察ですよ! やっと騒動を聞きつけて来てくれたんです!」

 

 パトカー? なんでこの場所に?

 でも、ちょうどいい。ちょうど警察に駆け込むつもりだったし、事情を話して保護してもらおう。


「おまわりさーんこっちでーす!」


 そういってサイレンのする方に手を振れば、こちらに気付いたのか。

 武装した警官がぞろぞろ現れ、次々と攫われた子供たちを保護していく。


 うん。これでとりあえず子供たちは大丈夫かな。


 そう静かに安堵していると、一人の警官がわたしの肩を叩き、銀色の輪っかを見せたかと思えば、


「午後9時30分。誘拐、および暴力事件の容疑で夏目シオリを逮捕する!」


 はいいいいいい⁉

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