第27話 ――栄光の裏で

「ええい! どういうことだこれは! なぜこの私がこんな小娘一人に頭を悩ませねばならぬのだ!」


 そういって新聞を投げ捨てる葛蔵は、でっぷりとした巨体を震わせ、事務所で暴れていた。


 先ほどまで葛蔵が見ていたのは、今朝、発行されたばかりのダンジョン新聞だ。

 ここ最近の新聞の一面はみな、ノグチと呼ばれる使い魔の話題で持ち切りだったが、


「クズクラに変わる新星現るだと! ふざけるな! 事務所での規模も知名度もまだ我々は負けていないというのに文屋め! 話題性だけのでたらめな記事を書きおって!」


 どうやら新興事務所に負けたという文面が気に入らなかったらしい。

 だが、新聞屋の分析は正しく。

 あの忌まわしき配信事故以降、クズクラの業績は右肩下がりだった。


 これまで飛ぶ鳥を落とす勢いで積み上げてきた話題を根こそぎ奪われていくのを、根岸も感じている。


「それもこれもこいつらが無秩序に暴れまわるせいだ!」


 肩で息を切らし、ぐしゃぐしゃに丸めた一面を念入りに踏み潰す葛蔵社長。

 その怒りの矛先は、次に本人を焚きつけた根岸に向い、その脂ぎった手が執務机を叩いた。


「根岸君。君はあんなネコすぐに手中に収められると言っていたではないか! これはいったいどういことだねこのザマは!」

「すみません。先方との交渉が想定以上にしぶとく、手間取っておりまして」

「言い訳なんぞ聞きたくない! このままでは葛蔵の評判は地に落ちるぞ! 見ろこの記事を」


 怒鳴り散らすようにして唾をまき散らし、根岸の足元にいくつもの新聞がたたきつけられる。


 その一面には、現在の経済界の状況がわかりやすく一面となって書かれており、


『ダンジョン市場に激震走る!』

『大手アイテム製薬企業倒産の危機⁉』

『テイマー協会、あり方が問われる⁉』

 

 物事を成功させるには根回しが大事だ。

 これら一面に書かれてある企業は、あの猫を奪うために根岸が【迷宮理事会】を通じて、交渉した者たちだ。


 だが、想定外なことがいくつも重なった結果。

 当初簡単に奪えると思っていた計画の歯車が彼女たちの配信によって狂いだし、今では彼女らの気分一つで、明日の倒産が決まるかどうかというほどにまで影響力を強めていた。


(本来なら、チャンネル存続を餌に簡単に引き込める手はずだったのに!)


 奪い取るはずの使い魔が社長として配信事務所を設立し、

 秘匿すべき調合レシピをタダ同然で解禁したことによって計画は破綻寸前に追い込まれてしまった。


 周りを焚きつけ、世論の力によって奪おうとした同志たちも、あの猫の規格外さと容赦ない配信に、心が折れてしまった。


(まさか奴ら、この事態を見越してわざと炎上していたのか!)


 自分たちへ反抗する者をあぶり寄せるため、わざと炎上し、隙を見せていたとでもいうのか⁉

 だがそう考えると、こちらの手札をすべて読んだような突発的な行動にも納得がいく。


(夏目シオリ、やってくれるなぁッッ!)


 グッと唇をかみ、今にも割れんばかりに歯を食いしばる根岸。

 今まで一度も失態を犯したことがない根岸だからこそ、今回の不測の事態は許しがたい屈辱だった。


「迷宮理事会からも抗議の連絡が来ている。本当に取り込めるのだろうな! このまま成果を上げられなければ、君も私も破滅だぞ!」


 苛立ちを含んだ叫びに、根岸はたまらず頭を下げる。


 ただの炎上配信者のはずだ。

 当初の予定では、チャンネル存亡の危機さえ煽ればたやすく、こちらの罠にはまるはずだった。


(それなのにあのヘンタイめ。あの女は単純だから大丈夫だと⁉ でたらめを言いやがって! この計画を成功させるために私がどれほど関係各所に頭を下げてきたと思っている!)


 落ち着け。あれは、今回の騒動の責任を取らせるための大事な駒だ。

 消すには早すぎる。


 だが少々強引でも、どんな策を練らなくては、この怒りは収まらない。

 何か、なにかこの状況を打開できる策は――


「では社長、事務所の暗躍部隊を使うことを許していただけませんか」

「なにっ⁉ 奴らを使うのか。いやしかしあれはすでにわが社とは関係のない者たちで――」

「ええ、ですから汚れ役を買ってもらうために、事務所の契約で縛ってきたんでしょう?」


 クズクラ所属の暗躍部隊。


 表に露見できない後ろめたいことを処理するために、契約で縛った落伍者の集まりだ。

 これまでもクズクラは彼らを利用してのし上がってきた。


「リスクはありますがが、所詮は一度闇に落ちた無法者の集まり。露見する前に切り捨ててしまえばいいんです」


 それに――


(私が支配する新たな配信事務所に、あんな無能を置いておくなど我慢できないからな)


 今も根岸に使われているとも知らず、根岸の言いように納得する葛蔵。


「テイマー協会の会長はノグチを引き離すためにこちらの言いなりです。今回の件でもう一度脅しをかければ、素直に明け渡すでしょう。それに――」

「なに⁉ あの小娘の居場所が見つかったのか」

「はい。それとこれは極秘情報なのですが――」


 そっと耳打ちすれば葛蔵の顔があからさまに楽し気にゆがみ始めた。


「たしかにそれならばやれそうだ。うまくいけばあの場所は我々クズクラが総どりできる」

「ええ、大臣及び、政府高官はすでにこちらの味方。やりようによっては――」

「他の配信事務所を出し抜き、あの忌々しい小娘についに裁きの鉄槌を下せるというわけか!」


 根岸の計画を聞いた葛蔵の表情が希望に満ちたものに変わる。


「ふっ、確かにそうなれば我々の野望成就の日も近い。いいだろう許可する」


 そういってようやく落ち着きを取り戻したのか。

 ドカリと高級ソファーに腰かけ、葉巻に火をつける葛蔵。


 そしてもう一度、忌々しそうにテレビの画面に映る、能天気な女を一瞥すると、


「どのような手段を使っても構わん! 今度こそ必ず成功してみせろ。でなければおまえのポストはないと思え!」

「はい。必ずご期待に沿う結果を出してみせます」


 そういって、恭しく一礼し、クズクラ配信事務所を後にする。

 そして該当掲示板にでかでかと映し出される、忌々しい女の顔を一瞥すると、


「夏目シオリ。この失態のツケは、必ず返して見せる!」


 この俺を怒らせたことを後悔させてやる!

 そうして根岸は胸ポケットから端末を取り出し、ある番号に連絡を入れると――


「私だ。優秀なおまえたちに一つ頼みたいことがあるのだが――」

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