第10話 敏腕社長令嬢――獄堂タマエ その2
配信をやめる?
タマエの口から飛び出してきた意外な言葉に、わたしはキョトンと首を傾げた。
それこそ、やめるなんて考えたこともなかったけど、
「なんでいきなりそんなこと聞くわけ?」
「わたしの知ってる夏目シオリは、飽き性で横着癖のある女だったからよ」
どうやら三か月とはいえ、結果の出ない配信活動になんでそこまで執着するのか気になったらしい。
「私にはそこまでして続ける魅力はないもの。パトロンとして投資先の状況を気にするのは当然でしょ」
「あー、たしかに言われてみれば、そうかもしれないけど」
「けど?」
ここで逃げるのはなんか負けたみたいでいやじゃん?
そういって、タマエの目をまっすぐ見返せば、キョトンとした彼女の口から、クッと噴き出すような笑い声が聞こえてきた。
「呆れた。配信活動にリスナーとの勝ち負けを持ち出すなんて、貴女それじゃあまるっきり子供じゃない」
「ううっ――」
「年齢を考えなさいよ」と何気ない親友の言葉が、グサッと突き刺さった。
「ええ、そうですよー、子供で悪かったですねー。どうせわたしは人生ドロップアウトな行き遅れですよーだ」
「そこまでは言ってないわよ。でも、現実逃避で不労所得生活なんて幻想に縋りつくよりかはマシな理由で安心したわ。配信活動をするうちに少しは大人としての自覚が出てきたのかしら?」
「ふん。なによ。そういうタマエだってまだバージンのくせに」
「ぶふっ⁉ し、失礼ね。私に見合う相手がいないだけよ!」
ボソッと呟けば、お酒を噴き出すタマエ。
どうやらバージンなのは本当らしい。
というか――
「さっきから他人事みたいに言ってるけど、アパートの契約問題はタマエにだって関係あるんだからね!」
わたし、タマエに一億円借金してるんだよ?
アパートの評判が落ちたら借金を返す目途もなくなるかもしれないんだよ?
パトロンとしてもう少し真剣に相談に乗ってくれてもいいじゃん!
「お生憎さま。わたしは日頃、グータラお世話されてる貴女と違って、毎日コツコツ稼いでるから、アパートに融資したお金ならいつでも回収できるわ」
すましたように生活基盤の違いを見せつけるタマエに、ギリギリと歯を食いしばる。
くそぅ、ブルジョワめ。
いつの間にそんなに稼いでいたんだ。
「それに、資金が足りないなら足りないで、今まで通り私が仕事持ってきて貴女に働いてもらえばいいだけだもの。大した問題じゃないわ」
「守銭奴」
「あら誰のおかげであのアパートを買えたと思ってるのかしら。なんだったら借金返済の代わりにSランクのきつーい仕事を持ってきてあげてもいいのよ?」
「ごめんなさい。調子乗りましたっっ!」
ほんとに、ほんとにお願いだから地獄の労働だけは勘弁してください!
「よろしい。なら代わりと言ってはなんだけど、シオリにちょっとだけ協力してもらいたいことがあるんだけど――」
そういってアイテムポーチをごそごそ探り始めるタマエ。
すると、奥の方で騒ぎを聞きつけたのか。
やけにガラの悪そうな酔っ払い三人組が絡んできた。
「おねぇさんたち二人で飲んでるのー?」
「俺らと一緒に飲まないぃ?」
「俺たちあのクズクラ事務所の探索者でさぁー、この辺じゃめちゃ有名なんだぜー」
そういってへらへらとわたしたちの周りを囲う三人組。
やけに高性能な装備だけど、
「ねぇタマエ。こいつら、知り合い?」
「おそらくクズクラお抱えの上級探索者でしょうね。あのロゴマーク。配信ランキングで成果を上げた探索者に送られるエンブレムだわ」
こんなのが?
どうやらダンジョン探索の帰りらしい。
羽振りがいいところを見ると、探索は成功したのだろう。
やけに上機嫌だ。
どんな時代になっても、こういう輩はほんと滅んでほしい。
どうやらチャラ男三人組の目当てはタマエらしく。わたしのことは眼中に入っていないらしい。
まぁ面倒ごとはごめんだし、かかわってこないなら来ないで助かるんだけど、
(無視されたらされたでなんだかカチンとくるものがあるわね)
さてどうしてやろうかしら。
と思ったら、仲間の一人がわたしの方を指さして、ろれつの回らない声を上げた。
「おい、こいつ例の炎上女じゃね?」
「うおっ、マジじゃん! めっちゃレアじゃん」
「動画で見たより芋臭くてウケるんですけどー、ってあのデカい猫は? あいついなきゃ意味ねぇじゃん」
どうやらノグチだけじゃなく。わたしも有名人になっているらしい。
配信画面に映るコメント欄には
”お、マジだ”
”管理人さんちーっす”
といったチャラいコメント欄が流れていった。
我慢。我慢だわたし。
ここで暴れたら間違いなく明日の朝刊に載っちゃう。
だけど――
「どうしよう、めっちゃ殴りたい!」
「気持ちはわかるけど抑えなさいシオリ。貴女もいい大人なんだから、この程度のトラブルうまくあしらえるようにならなきゃ」
そういってチャラ男たちににっこりと微笑みかけると、手慣れた様子でNOを突き付けた。
「ごめんなさい。今、親友と大事な話してるの。女の人にもてなししてもらいたいならキャバクラにでも行ったらどうかしら」
「そんな寂しいこと言わないでさぁ、少しでいいから付き合ってくんね?」
「そうそう。こんな使い魔にお世話してもらうようなロクデナシと付き合うより、絶対楽しい思いさせてやっから」
「上流階級には上流階級、成功者同士、俺たちと飲もうぜ。まぁちょっと胸は寂しいけど、なぁーに俺たちはクズクラのBランク探索者だから差別しねぇって!」
そういって、わかりやすくタマエの肩に手を回し、セクハラをキメるチャラ男一号。
瞬間、ギュギャッと凄まじい怪音が居酒屋に響いた。
晴れやかな笑みを浮かべてるタマエがすごく怖い。
そしてその明らかに作り笑いだとわかる笑みをこちらに向けると、
「シオリ、貴女そういえば、これからどう配信を盛り上げていけばいいかって悩んでたわよね? ちょうどいいから教えてあげましょうか?」
「え、あ、はい。それはそのぉありがたいんだけど――」
いったいどうやって?
「そうね。一番手っ取り早い方法はこうすることかしら」
するとタマエの姿が一瞬だけその場から掻き消え――
「歯ぁ食いしばれクズが」
「ふえ?」
にこやかな笑みを浮かべたまま一閃。
的確に顎をとらえたアッパーがチャラ男1号に突き刺さり、天井に突き刺さる。
「ふん。ちったぁ出直してきなさい三下が」
そして、しんと静まり返った店内は拍手喝さいの盛り上がり、親友の豹変ぶりを見たわたしは椅子の上でがくがく震えるのだった。
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