第9話 敏腕社長令嬢――獄堂タマエ


 そんなわけで久しぶりの地上に帰還してしばらく。


 まばゆい人口の光に目を細めれば、あたりはもうすっかり夜になっていた。

 相変わらず真面目な人が多いのか。

 帰宅ラッシュに合わせて物々しい装備を着込んだ探索者たちが、探索者専用の電車に乗って探索者組合に向かう姿は、いつ見てもシュールだ。


(わたしもアパートの管理人になってなければ、ああなってたのかねぇ)


 そんな【第二・東京ダンジョン】の西口入り口前。


 スマホを操作し、探索者向けのカフェにできる女社長風の親友を見つけたわたしは、買い物という名の戦争を終えた戦士のように大手を振って、親友――獄堂タマエの下へ走り、――半年ぶりの説教を受けることとなった。


「遅い! どれだけ待ったと思ってるのよこのあんぽんたん。大変な話があるからって、貴女から呼び出しておいて二時間遅刻ってどういうことよ⁉」

「いやーそれがノグチの買い物が終わったら電車のトラブル? とかに巻き込まれて事情聴取受けちゃって」

「言い訳無用! 今度の今度こそ頭に来たわ。その怠惰な性根をここでたたきなおしてあげる!」


 そういってカツカツとハイヒールを鳴らすタマエ。

 怒ったときの癖は相変わらずのようだが、


(とりあえず【タマエスペシャル】だけは回避しなきゃ)


 そうして両手を合わせ、背負った【アイテムポーチ】を地面に下ろせば、床のコンクリがミシリと悲鳴を上げた。

 怒っていたはずのタマエの顔がたちまち引きつり、その視線がリュックに注がれる。


「貴女、なにその荷物。なにか違法なものでも背負ってきたわけじゃないでしょうね」

「うん? なにってただの日用品だけど?」

「その荷物。一見ただの市販品に見えるけど、タダのリュックサックじゃないわね」


 おーさっすが目利きのタマエ。お目が高い。


「これはね、この買い出しのためにノグチが作ってくれたアイテムポーチなの」


 積載量はなんと1トンカバーできる優れもの。

 半年分の日用品を詰め込んでも破れない強度と耐久性。

 しかも装備中は100%筋力強化されるという優れものだ。

 

 ノグチが作った特製アイテムポーチじゃなきゃここまで運べなかったよ。

 どうすごいでしょ! 


「――って、どうしたのさタマエ。頭なんか抱えて」

「……なるほど。乗客の荷物で電車が止まったってニュースは貴女だったのね。まったく。行く先々で問題を起こす癖は相変わらずのようね」

「そういうタマエこそ几帳面なのは相変わらずみたいだね」


 そういって笑いあい、半年ぶりの親友と再会の握手を交わす。


 獄堂タマエ。

 わたしと同じダンジョンアカデミーの卒業生で、こうしてわたしが地上に上がったときに、何かと親友のよしみで世話を焼いてくれている頼れる親友にして、アパート【タイヘイ莊】に出資してくれたパトロンの一人だ。

 

 相変わらず成功街道まっしぐらを歩いているのか。

 令嬢社長っぷりは全く変わっていない。

 

(まったく、同じアカデミーを卒業したのに、どこでこんなに差がついちゃったんだか)


 まぁわたしは、好きでこの道を選んだんだけど、なんか将来のこと考えたらお腹痛くなってきちゃった。


「――おっと、そうだった。とりあえず、はい、これ」

「なにこれ?」

「この前頼まれたポーションの追加分。ノグチが、そろそろ無くなるだろうからついでにもってけだってさ」

「……それは、助かるわ。ちょうど品切れしかけてたからそろそろ連絡しようか迷っていたところなの」


 どうやらノグチの作ったアイテムは好事家にそこそこ人気らしい。

 誰が調合しても同じだと思うけど、どうやら分かる人にはわかるらしい。


(まぁノグチの主としては、ノグチの作ったものが褒められるってのはうれしいけど)


 そういって【アイテムポーチ】から商品を納入し、さっそく例の炎上騒ぎの相談に乗ってもらおうと思ったら、さっと唇に指をあてられた。

 商品を受け取ったタマエがどこか慎重にあたりを見渡す。


「それで、あなたの隣にいる大きなシルエットが見えないけど、あの子は」

「あー目立つから帰らせた」

「珍しくいい判断ね。もし連れてきたらここら一帯ははある意味ひどい騒ぎになっていたわ」

「あーやっぱり?」


 ダンジョンの様子からもしかしてそうなんじゃないかなーと思ってたけど、どうやらわたしの予想は正しかったらしい。

 まぁノグチは今日一日、薬草園の管理で忙しいみたいだったから丁度良かった。といえば、やや納得がいかないとばかりにハイヒールが鳴る


「まったく。こっちのスケジュールも考えないで問題起こして、おまけにお土産使ってご機嫌取りなんて、相変わらず卑怯な使い魔ね」

「ま、まぁまぁ。ノグチも会いたくないわけじゃないんだよ?」


 ただ今回はタイミングが悪かっただけで、


「そうだ! 積もる話もあるし、とりあえずどこかで食べない? わたしお腹すいちゃって」


 日頃の近況報告とかも聞きたいし。

「あ、あそこの居酒屋とかいいんじゃない」と提案すれば、大きくため息を吐くタマエが、どこか諦めたような笑みを浮かべ、


「ええ、それじゃあいつもの居酒屋で、今回のバカ騒動の顛末について詳しく教えてもらいましょうか」


◆◆


 そして近場の探索者御用達の居酒屋に連れられてしばらく。

 カウンター席で乾杯し、例の配信事故の顛末を説明すれば、頭が痛いとばかりに額を抑えたタマエの重苦しい悔恨の第一声が、カウンターを揺らした。


「使い魔にお酒を造ってほしくて未成年に飲酒を進めるとか、いつかやると思ってたわ」


 普段、癖の強い取引先と戦っているからだろう。

 あの手この手で、しゃべらされたわたしは、気づけば今日あったことも含めて、すべてを包み隠さず暴露していた。


「というより未成年をダシに炎上なんて、完全に自業自得じゃない!」

「で、でもあれはノグチが調合したジュースだし、別に犯罪にならないんじゃ」

「状態異常が発現する時点で、十分重罪よこのお馬鹿!」


 どうやら【ヴェノカムドリンク】は、世間的に毒物扱いされるらしい。

 おいしくてもダメだそうだが――


「どうしよう、わたしの醜態が全世界に知れ渡っちゃった」

「いや、まずアカバンで、探索者の資格はく奪されないか心配しなさいよ」


 いやだって、炎上だよ⁉

 人気の配信者はよく燃えるっていうのは聞いていたけど、まさか身をもって体験する羽目になるとは思わないじゃん。

 しかも愛猫の裏切り!

 信頼していた使い魔から主のだらしなさを全世界に暴露されるとか、


「うーどうしようタマエー。せっかくいい感じにお隣さんが増えそうなのに、これじゃあ誰も契約してくれないよー」

「はぁ、この常識のなさはずっとノグチと一緒に暮らしてた弊害なのかしらね」

「ううん? いまなんかいった?」


 周りの声がうるさくて聞こえなかったんだけど。

 すると、いきなりダメな子でも見るみたいにため息をつくなり、ヤレヤレと肩をすくめるタマエ。


「うーなによ。タマエまでノグチと同じ反応するの⁉」

「おちつきなさいシオリ。たとえ配信ドローンの前だったとしても貴女のだらしなさは隠せるものではないわ。いまさらバレたところで問題ないでしょ」

「問題大ありでしょうが!」


 わたしが今までどれだけ外見をごまかして配信で取り繕ってきたの知ってるでしょ。

 そんな管理人のお姉さんが、リスナーの期待を裏切ったんだよ?

 絶対、アンチの連中が面白おかしく配信掲示板で書きまくってるって!


「現にDチューブをリロードするたびに辛辣な失望コメントが増えてるし!」

「それは身から出た錆ね。というかもともと、あってないような登録者数だったんだから諦めなさい」

「そんなハッキリ言うっっ⁉」


 ううっ、久しぶりに会ったっていうのに今日のタマエは冷たい。

 こっちは人生を賭けて、配信頑張ってきたっていうのに。

 三ケ月の努力が、たった一度の炎上で、10000倍にまで増えていくなんてどんな皮肉よ!


 すると、今まで管を巻くように話すわたしの愚痴を、なだめながら聞いていたタマエの目元がふいに柔らかくなったような気がした。


「まぁ意外と平気そうで安心したわ。あの特級無双の貴女から急に『助けて』なんて連絡がかかってきたときには、もっとひどいことになってるかと思ったから」


 安心? 炎上してるのに⁉


「ストーカーみたいな実害はまだ被ってないんでしょ。なら大丈夫よ。だいたい。これ以上炎上するのが怖いならいちいちコメントに反応しなければいいじゃない。なんで、いまさら炎上騒ぎでアタフタするのよ」


 正論すぎてぐうの音も出ない。


 どうやらタマエはそれ以上の事態を想定して動いてくれていたらしい。

 まぁわたしの住んでいる場所が場所だから、心配かけるのは無理はないかもしれないけど


(それにしてもこのタマエは、わたしを殺しても死なないリッチか何かと勘違いしてない?)


 そしてお上品に日本酒を注文したタマエは「それに――」と言葉を続けると、


「配信の目的はアパートを認知させることでしょ。目的は達成したんだから、いまさらアタフタする必要はない。面倒なら、やめたいならやめちゃえばいいじゃない」

「ふぇ?」

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