第11話 『大人な対応』と『方針転換』


「た、タマエさん? 大人な対応はいったい何処に?」

「権力をカサに無理やり手籠めにしようとするクズにそんなもの必要ないわ」


 そういって伊達メガネを拾い上げ、手を鳴らす頃にはすべてが終わっていた。


 目の前に積みあがる哀れな死に体三人組を一瞥して、冷たく吐き捨てるタマエ。

 アカデミー時代『鬼武者』と恐れられ、歯向かう者はことごとく地獄送りにしていた元・極道の娘だけど、


(あ、あんなに強くなってたなんてっっ!!!!)


 結果、タマエの逆鱗に触れてしまった三人組は成敗され、店側から怒られるどころか逆に感謝された。

 どうやらよくある迷惑系配信者でそこそこ有名な奴らだったようだ。


 まぁこういう面倒な輩は、今の世の中どこにでもいるみたいだが――問題はその『世直し』にわたしも巻き込まれたことで、


「まったく、こういう堅気に迷惑をかける配信者が増えてきたから真面目に頑張ってる探索者が損をするのよ。実力があっても人間としてできてなきゃ、人気だって取れるわけないのに」

「はい、そうっすね」

「反省してるっす」

「貴女もよシオリ! 遅刻したことは許してないんだからね。だいたい男ってのはね――」


 どうやら彼らの姿を見てわたしにも思うところがあるらしい。

 そして一時間後。酔いに酔ったタマエの口からお説教という名の愚痴をいただくことしばらく。


「くそ、この借りは絶対に返してやる!」

「お前らの悪事を必ず掲示板でさらしてやるからな」

「俺たちクズクラを馬鹿にしたことを後悔させてやる!」


「覚えてろー」と三下のセリフを吐き、律儀に代金を置いて去っていくチャラ男三人組。


 その哀れな姿を見送り、わたしもそろそろお暇しようかと思ったところでタマエに呼び止められた。


 もしや、借金の催促⁉

 そうしてとっさに身構えると、少しだけ頬を赤くしたタマエが珍しく「疑って悪かったわね」と謝ってきた。


 いわく――わたしがそんなに真面目に配信活動に取り組んでいたとは思わなかったらしい。


「今回の炎上騒ぎ件で少しは懲りたみたいだし、貴女がまだ配信者としてやる気があるのなら、親友のよしみで無理やり働かせるのは待ってあげるわ」

「ほんと⁉」

「ええ、ただし、しっかり配信業の方は頑張ってもらうけどね」


 よ、よかったー。

 炎上騒ぎで資金回収の見込みなしと判断されて、また地獄のブラック労働に駆り出されるのかと思ったよ。


「私はそこまで鬼じゃないっての。といわけで――はい、これ確かに渡したから」


 そういって、にこやかにアイテムポーチから取り出したのは一通の便せんが。

 え、なにこの物々しい封筒。

 なんかすごく嫌な予感がするんだけど。


「仕事の依頼じゃないから安心しなさい。テイマー協会から、貴女宛にですって」「え、でもなんでタマエに?」

「さぁ? 私はただ渡してくれって頼まれただけだし。開けてみればわかるんじゃない?」

 

 渡してくれ?

 やや引っかかる言葉に眉を顰めれば、恐る恐る封を切る。

 中身は何かの書類だった。お役所仕事らしく、なにやら形式ばった文章で書かれているが、


「えーっと、なになに?」


 テイマー資格停止の警告と虐待による使い魔ノグチの保護ぉ? 


「昨日の配信を鑑みた結果。今週中に面接を行うため、テイマー協会本部に来られたし、さもなくばテイマー資格の剥奪――ってなによこれ⁉」

「テイマー協会のお偉いさんが貴女に連絡がつかないからって私に泣きついてきたのよ。おかげでいい取引ができたわ」


 そういってやけに上機嫌なタマエ。

 テイマー協会と取引したって――


「図ったねタマエッ! らしくもなくわたしの本気を認めてくれたと思ったら、はじめからこういう魂胆だったのね!」


 珍しく心配してくれてたから、わたしもらしくもなくウルっと来たのにぃ!


「失礼なこと言わないで頂戴。これは公正な取引よ、貴女にとっても悪い話じゃないわ」

「どこがよ⁉」


 なんか知らない間にテイマー資格はく奪されるどころか、勝手にノグチとられることになってるだけど!


「まぁ説明してあげるから落ち着いて聞きなさい」


 そういってなだめる親友の口から語られた説明曰く。

 どうやら、テイマー協会に使い魔虐待の報告があったらしい。

 前々から使い魔の扱いについてちょくちょく炎上していたらしいが、今回の配信事故を見た視聴者が面白半分に報告したらしく。


 わたしだけでなくテイマー協会まで炎上したらしい。

 

「おかげで、慌ただしく対応に追われた運営陣は、せめて形だけでも警告してこの騒動を納めようってことで、昔馴染みのパーティーメンバーだった私にその書類をよこしてきたのよ」

「いや、でもこれって正式な魔法誓約書なんでしょ? これ下手すればノグチがとられちゃうってことじゃん!」


 ノグチは、わたしの人生に欠かせないパートナーだ!

 今まで生活のすべてをノグチに頼ってたから、ノグチなしの生活なんて考えられないって!


「貴女ねぇ。仮にもあの子の主なんだからテイマーとしてもうちょっと頑張りなさいよ。だいたいあんなすごい使い魔を家政婦として使役してるのがおかしいのよ」


 ううっ、わたしはただ働かずに静かに暮らしたいだけなのに、


「はぁ、わたしって呪われてるのかな」

「自分から火種に顔を突っ込んでおいてよく言うわ」


 今回の件は完全に不可抗力なの!


「まぁそこまで落ち込まないでいいわよ。その書類はあくまで警告。これから真面目に主従関係を見せつければテイマー協会も何も言わないでしょうし」


 そうなの?


「テイマー協会にも体裁があるっていったでしょ。アンタとノグチが良好な主従関係さえあるとわかれば問題ないってことでテイマー協会のトップと交渉して、ここまで負けさせたの。ほんと大変だったんだから」


 タ、タマエもん!!


「わたし信じてた!」

「まったく調子がいいんだから。――とにかく、貴女は配信活動でそこそこバズらせていい主従関係を視聴者にアピールしなさい。そうすれば資格はく奪なんてことにはならないはずだから」

「うっ、アピールか」

「炎上とはいえバズったんだから楽勝でしょ? ちょちょっと目新しい企画を考えればいいだけじゃない、何をそんなに悩む必要があるのよ?」

「ううっそうなんだけどさー」


 わたしには企画力? ってのがないみたいで、なにをすればいいのかわかんないんだよねー。

 

「タマエの言う通りに使い魔配信したのに全然ウケなかったし」


「あれはあなたが悪いんでしょ。わたしは使い魔を使ってダンジョンを探索しなさいって言ったのに、外に出歩くのが面倒で一昔前に流行ったペット動画を上げるんですもの」


 ううっ、うちのノグチならいけると思ったけどやっぱりダメだったか。


「じゃあどうすればいいのよ。いまさら他の配信を真似した動画を上げても、炎上するだけだし、動画方針を変えるっていっても大体やりつくされてるじゃない!」


 わたしとノグチの仲良し度をアピールする配信なんて思いつかないよぉ。


「まったく。普段毎日お世話されてるから気づけないのかしら? そんな面倒なこと考えなくても、あなた達にピッタリなジャンルがあるでしょうが」

「え、ピッタリなジャンル?」


 面倒くさがりなわたしにもできて、ノグチにもできるジャンル。

 それっていったい――


「調合配信」

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