第12話 調合配信


 調合配信。

 それは、いわゆるダンジョン産の【素材】を使って、特定の【アイテム】を作るお料理配信のようなものだ。


 主に、ダンジョン攻略や探索者のサポートを生業にしている後方支援組なんかに人気のあるジャンルの一つで。

 調合知識の有無が、ダンジョン攻略において最も大きく生還率に影響するダンジョンでは、効率的な調合の仕方を配信するだけでも、多くの探索者から大きな評価を得ることができるらしい。


『要は配信で良好な関係を見せつつ、誰にもできないことして黙らせればいいのよ』


 というのが親友――タマエのアドバイスだ。


「たしかにノグチは家事全般が得意だし、調合技術も完璧だもんね」


 使い魔だから、使い魔配信というスタイルを変更しなくいいし、生産職顔負けの調合ができる使い魔はノグチくらいなものだから、他と競合する心配もない。


「よし、名誉挽回の時は来た! 二人で炎上騒ぎを挽回するような頑張ろう!」

「にゃう!」


 ――そんなわけで翌日。

 ノグチといっしょに配信内容を相談をしたわたしは、緊張した笑顔でキッチンの前に立っていた。


 調合鍋の準備はオッケー。ライブ配信の枠もとった。告知もした。

 配信開始まであと一分くらいだけど――


「あとやってないことあったっけ」

「にゃう」


 ないか。

 よし。それじゃあ配信スタート!


「やっほー、新たな住処においでませ。お隣さんのみんな元気にしてた? うち猫チャンネル【タイヘイ莊】管理人の夏目シオリです。みんな久しぶりー」


 そういって毎度おなじみの口上で緊張気味に配信を開始すれば、様々なコメントがあふれかえっていた。


「うわ、すごい視聴者数!」


 滝のように流れては消えていくコメントの数々に呆気にとられる。

 どうやらあの炎上騒ぎは想像以上に、わたしたちを有名にしたらしい。


『謝罪配信乙』やら『クズクラの件スッキリした』というコメントもあれば、

『使い魔酷使してそんなに人気者になりたいか』という辛辣なコメントまである。


 だけどわたしが一番驚いたのは、時間と共に、加速度的に増えていく同時接続数で――


「ええっと、一、十、百、千、万⁉ ねぇ、ノグチ! このチャンネルで同時接続数1万人って何気にすごいことなんじゃない!?」


 画面外にいるノグチに向かって声を掛ければ、わたしの姿を面白がるようなコメントが目に入った。


”テンパってて草”

”それ以上の伝説のこしてるのに”

”使い魔にお世話してもらっている人だ”

”はずかしくないんですか?”


 うぐっ⁉ 正論が地味にイタイ。

 いいもん。すっごい配信にして絶対に見返してやるんだから。

 気を取り直して深呼吸。


「はい、この間はお騒がせしてしまってごめんねー。まさか配信ドローンが生きてるとは思わなくて。今回から心を入れ替えて、ノグチと真面目に調合配信をすることになりました」


”調合配信?”

”お料理配信じゃなく?”

”俺はてっきり攻略配信だと思ってたんだけど”


 どうやら視聴者は、ノグチを使った正式な使い魔配信をすると思い込んでいたようだ。

 思わぬジャンル転換に、わかりやすく戸惑うコメントが見えた。


「そう。知り合いにやり方変えたらってアドバイスされてねぇ。

 今日は配信の流れを説明する意味でいつものアパートからお届けしてます。

 調合初心者の探索者でも作れるようなレシピを公開していくから、配信見忘れた人はアーカイブで確認よろしく!」


”助かる”

”一度でいいからノグチさんの料理作ってみたかった”

”さてどんな調合を見せてくれるのかな”


 よしよし掴みは上々ッと。

 

「それじゃあ改めて紹介しよっか。こちらが毎度おなじみ、我が家のスーパー使い魔にして頼れる愛猫のノグチでーす」

「にゃ」


 そういって前足を上げ、恭しく登場すれば、ノグチが登場した瞬間コメント欄の勢いが三倍速に跳ね上がった。


 ”ノグチさんキタコレ!”

 ”女神を助けてくれてありがとう”

 ”マジ感謝”


 うおお、すごい人気。やっぱり使い魔って人気あるんだ。


 中には、初音ちゃんの配信事故を見てからファンになったのか。想像以上に好意的なコメントが多かった。

 うん。これは、どんな虐待で怒る人がいるわけだよ。


「それじゃあ挨拶も済んだことだし、今日は記念すべき、登録者10万達成の一発目ということで、ポーションを使った回復料理を作っていきたいと思います。それじゃあノグチ、調合開始の準備よろしくね」

「うにゃう」


 そういって、さっそく調合鍋を手渡せば、ノグチが手慣れたように手際よく調合を始める。

 厳選された素材が、ノグチの大きな猫の手によって調合されていく。

 それを一つ一つ、三分クッキングの要領で説明していけば、コメント欄から感心したような声が上がった。


”意外とまともカモ”

”どんな奇抜な調合を見せてくれるかと思ったら普通じゃん”

”絵面はすごいけど、こんなどこにでも取れる低級素材でなに造るつもりなんだ”


 そう、集めた素材は、どこの市場でも手に入れることのできる低級素材だ。

 比較的上層の素材で、初心者探索者でも手に入れやすいものを厳選し、ノグチとあれこれ相談したのだ。


”え、でも地味じゃね?”


「なにせ視聴者ありきの配信だからね。やっぱり探索者のためになるような配信にしないと」


”なるほど”

”ちゃんと考えてるんだな”

”そう、調合配信ってのはこういうのでいいんだよ”

”ただのダメな飼い主じゃなかったんだな”


 どうやら最初の炎上騒ぎで派手に燃えたせいか。わたしのチャンネルが炎上系だと勘違いした視聴者が一定数いたらしい。

 好意的なコメントが多くて、なによりだけど。

 

(さーて問題のアンチたちの反応はっと)


”話題につられて来たけど、この猫俺より手際よくね?”

”へーポーションって調合素材としても使えんだ”

”これ本当にネコ? 着ぐるみじゃなくて?”


 おおっ、思ったより上々みたい。

 やっぱり調合知識は生死に直結するからか。興味を持ってくれる探索者が多いみたいだ。

 これは新しく調合鍋を新調した甲斐があったかな。


 するとコメント欄のなかに、ノグチに関する質問が流れてきて


”ノグチさん器用なんですね”

”見慣れない作り方だけどどんな訓練をしたの?”


 訓練? わたしがノグチに何か教えたなんてことないけど?


”え、それじゃあこれノグチさんオリジナルのやり方なの⁉”


 そうそう。

 これだけじゃなく、次から配信するやり方はぜんぶ、ノグチが考えた調合方法になるかな。


”マジかよ”

”道理で見たことない手順だと思った”


 そうして、一つ一つの作業肯定を解説しながら、ノグチの代わりに説明していけば、完成が近づいてきたのか。

 さわやかな匂いが部屋の中に立ち込めてきた。


「お、そろそろ仕上げかな」


 すると、感心しきりにノグチの調合技術を考察するコメント欄から、当然といえば当然な疑問が飛んできた。


 ”説明なかったけど、これなにつくってるん?”

 ”回復ポーション使ってるし、エリクサーとかじゃね(笑)

 ”見慣れないレシピだけどドクケシ草使ってるし、解毒薬じゃね”


 ああそっか。レシピ工程を説明するのですっかり忘れてた。


「これはノグチが考えた、上層の難所って言われてるトラップ地帯攻略に必要な回復料理よ。食べれば半日は上層のトラップ程度の毒なら打ち消せるし、ちょうどいいでしょ」


 調合配信なのだからダンジョン探索者の役に立つ情報にしなさいってタマエも言ってたし。


 するとコメント欄が荒れ狂った。


”は? 半日も持続する解毒薬?

”そんなお手軽なレシピ知らんのだけど”

”全然アイテムっぽくないと思ったらまさかの料理で草”

”え、調合鍋で料理作れんの?”


 あれ? 一般的じゃない? 

 わたし毎日ノグチに作ってもらってるから普通に市販とかで売ってると思ってたんだけど。


”それはお前だけだよ”

”ダンジョン住まいのお前と一緒にすんな”

”そんなもんあったら今すぐノグチさんに会いに行っとるわ!”


 おおう、なんというツッコミの嵐。

 どうやら調合アイテムの調味料化は一般的じゃないらしい。


「えーっとね、今作ってるのはいわゆるドレッシングかな。いろんな料理に合うんで、わたしもよくお世話になってるの。サラダにかけるといい感じにバフがかかったりするんだよね」


 特にオツマミとの相性も抜群だから、わたし的にはそっちがメインかな。


”うわ酒飲みの顔だ”

”配信でさらしていい顔じゃない”

”というか大家は何もしねーの?”


 うん? わたし?

 

「わたしは基本食べ専だから基本説明だけかな。調合は基本的ノグチの仕事だし」


”ふつう逆では?”

”大谷に期待した漏れらがバカだった”

”ハツカたんにお酒飲ませてたの忘れてねーからな”

”未成年飲酒補助”

”つうほうしますた”


「その話は忘れてええええええええええ⁉」

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