第13話 調合配信 その2
あれジュースだから! お酒じゃないから!
そうして頭を抱えていると、高速で動くコメント欄から奇妙な発言を拾い上げた。
”ノグチさんってコラボ配信しないの?”
「コラボ配信? なんのこと?」
「にゃう」
「ああ、初音ちゃん――じゃなくハツカちゃんか。ないない。わたし基本的にまったり配信好きだから、討伐とか面倒な配信は興味ないし」
事務所にも所属してないから、ノルマとかないしね。
自由に気の向くまま配信できる今のスタイルが性に合ってる気がする。
そもそも――
「ダンジョン配信者ってクリーンなイメージが大事なんでしょ? いっかい炎上騒ぎで有名になったわたし達とコラボしたいなんて配信者なんているわけないじゃん」
そういって手を左右に振れば、待っていましたとばかりにどこか見覚えのある配信垢のコメントが滝のように流れ始めた。
”俺たち、ダンジョン【クラウン】とコラボしね?”
”いやいやノグチさんは、中層メインの【キャッスル】がふさわしいっしょ”
”うちら、【月輪集会】でキャンプ配信とか興味あらへん?。
”ノグチさんだけでもいいから、一緒に【調合研究会】に来てくれない?”
うおっ、なにこのコメントの数!
もしかしなくてもコラボのお誘い?
というかノグチだけってどういう意味?
「あーコラボのお誘いはうれしいけど、いまは考えてないかな」
今後の活動次第ではどうするか考えるけど、今はノグチ以外の誰かと一緒に配信する予定はない。
すると手際よく調合鍋を攪拌していたノグチから、SOSの声が上がった。
「にゃごにゃご」
「え? サラダに使うためプラントドラゴンの葉っぱがもうない? 昨日までなかったっけ」
「にゃうう」
ああ、そうか。
昨日おなか減ったから夜食に野菜炒めにして使ったんだっけ。
”プラントドラゴンってSランクレベルの化け物じゃ”
”野菜炒めって”
”高級素材になにしてるんや”
”お、さっそく配信終了か?”
「しょうがない。ちょっと待ってね、いまとってくるから」
たしか畑に株分けした奴がまだあったと思うんだけど、ノグチそれまで配信繋いどいて。
”は?”
”とってくる?”
”プラントドラゴンって畑でとれたっけ?”
”まさかー。いやでも、こいつらならーー”
そして数分後――
「ただいまー! 収穫しごろの奴がまだ薬草園にあって助かったよ」
そういってキャベツ状の野菜――正確にはプラントドラゴンの苗木を片手に戻ってくれば、鎮火しつつあったコメント欄が再び湧き上がった。
”はぃい⁉”
”プラントドラゴンを収穫、だと⁉”
”まじで畑に生えてるん?”
”ノグチさんもあれだけど、大家も何もの”
うん? なに者ってただの普通のアパートの管理人だけど?
『普通とは?』という失礼な談義を始めるコメント欄を横目に最後の仕上げに入る。
「できましたーこちら、解毒サラダのドレッシング和えでーす」
「にゃご」
「あ、プラントドラゴンの葉っぱはタダの食材だから、加えなくても大丈夫みたい。レシピの効能はこんな感じかな」
そうして、鑑定スキルを使い、配信ドローンを通して『解毒ドレッシング』の効能を表示させれば、予想以上にコメント欄が盛り上がった。
”うお⁉ ガチで持続時間あるじゃん”
”新レシピ発見キタコレー”
”これは攻略組にとってありがたいレシピなのでは!?”
”おい、これダンジョン攻略の歴史が変わるぞ!”
うんうん。どうやらうまくいったようで何より何より。
これならノグチとの仲の良さもアピールできたんじゃない?
だけど――
「同時接続8万人かー。ねぇノグチ。もうちょっと撮れ高あってもいいと思わない?」
「にゃう」
そうだよね!
作ったはいいけど効果検証は必要だよね?
「よし、それじゃあさっそく試しに行こうか」
「うにゃう!」
”おい、何か二人組がまた悪だくみし始めたぞ”
”これ以上、いったい何をするつもりなんだ”
うん? それはもちろん――
「実食タイムに決まってるじゃん」
◆◆◆
そして五分後。
アパートを飛び出したわたし達は、配信ドローンを片手に『中層』の入り口に立っていた。
「というわけでやってきました。みなさんご存じダンジョン中層にある毒沼エリアでーす」
”マジで来やがった”
”調合配信で気軽に来るところじゃないんよ”
”浄化ブローチなしで中層探索だと”
”自殺配信と聞きまして”
毒沼エリア。
ダンジョン中層に五つ存在するエリアの一つで、状態異常などの悪辣な環境が多く、環境に適応した強いモンスターがうじゃうじゃいることで有名な場所だ。
「いやー相変わらず瘴気立ち込める嫌な場所だね」
「にゃう」
これでもう少し景色がよければ気持ちよく食べれるんだけどねぇ。
まぁ癖の強い食材の方がおいしいからいいけど。
「そういうわけでノグチ、よろしく!」
「うにゃ」
そういって命令すれば、準備運動を終えたノグチがドボンと豪快に毒の湖に飛び込んだ。
”おおおおい、何やらせてんだお前!?”
”ノグチさん【死の湖】に飛び込んだぞ”
”虐待だ!”
”あそこの湖って、解毒薬じゃ治らないはずだよな”
”大丈夫、なのか?
あーそっか、初めて見る人はびっくりするか。
「大丈夫大丈夫。ノグチはもともと毒耐性MAXで持ってるからこの程度の毒はへっちゃらだから」
”そ、そうか。そういえばヴェノムドラゴンワンパンしてたんだっけ”
”そうだよな。ノグチさんならこのくらい余裕か”
”いやお前ら感覚マヒしすぎ、ノグチさん猫ぞ”
”でも初音ちゃんの自己配信でどんなドリンクがあるって言ってたような”
”あれ? でもそれだとこの配信の意味なくね”
ふふーん。視聴者のみんながそう言うの想定済みよ!
あらかじめノグチに毒耐性の無くなる料理作ってもらったから、検証に問題はないわ!
そう言ってに配信ドローンに親指を立てれば、ちょうどノグチがやけに紫色の魚を持ってくるところだった。
「お帰りぃノグチーーって、お、それポイズンフィッシュじゃん。いかにも猛毒って感じで配信映えしそうな獲物取ってきたね」
「にゃう」
他にもイービルサーモンにバイオレットトラウトまで!
「いいじゃんいいじゃん。早くさばいて、刺身にしよ!」
「にゅう」
そういうと、ノグチの前足から爪がニュッと現れ、一閃ののち。
お刺身がきれいにお皿に盛り付け始めた。
刺身から上がる毒々しい煙が、素材の鮮度を証明している。
あとは日本酒を用意して、よし、準備完了!
ってなわけで――
「はーい視聴者にみんな、これからわたしが毒魚を食べても大丈夫なことを証明したいと思いまーす」
てなわけで今日のおつまみはこちら。毒沼名物の毒魚三種盛りでーす。
”おいバカやめろ”
”気前のいい自殺か”
”毒沼エリアのモンス肉って探索者組合で扱い禁止されてるんじゃ”
はーい。それじゃあ解毒ドレッシングをドバドバ―っとかけて、
「じゃじゃーん。毒魚のカルパッチョモドキー」
さーて、この肴を片手に、この間ノグチに内緒で買った日本酒をキュキューッと喉に流し込む。
「かーッ‼ この毒のうまみがたまらないんだよね!」
”なん、だと⁉”
”俺たちはいったい何を見せられてるんだ⁉”
「そうそう、これよこれ。解毒ドレッシングをかけて食べると毒素が中和されてうまみに代わって最高なのよね。ノグチ。ジャンジャンとってきて!」
どんどん捌かれる肴を片手に、ダンジョンで一杯。
今日はわたし一人だけだし、セーフセーフ。
酔いながらコメントを見れば、視聴者のドン引きの様子が文字からにじみ出ていた。
”まじかよ”
”快癒ポーションでも解毒困難な毒だぞ”
”いや、ゲテモノほどおいしいっていうけどさ”
”ある意味人間やめてて草”
「あ、ちなみに、これはドレッシングをかけて食べててるから安全なのであって、良い子のみんなは真似しないでね」
まじで腹壊すから。
すると『普通できねぇよ』というコメントからツッコミが入る。
まぁそろそろいい時間だし、配信もそろそろお開きかな?
「というわけで今日の調合配信はこれで終わり! 次回もまた今日みたいに調合配信するから、今日の配信が面白いと思ったらチャンネル登録、高評価。ついでにアパートに興味があったらまた来てねぇ」
予定はそうだなー。期間を開けて三日後かな?
そして配信終了ボタンを押し、無事配信を終えたわたしとノグチは部屋の中で反省会をしてみた。
配信したての動画を見直す。
まだまだ配信がへたくそなのか。ノグチの魅力を伝えきれない部分は多いけど、コメント欄の反応的に我ながらうまくいったんじゃない?
「どう思うノグチ?」
「うにゃう」
「そっかそっか会心の出来か。それならこれからはこんな感じに配信していこっか」
バッチリと親指を立てるノグチの計らいで、今晩の晩酌はお魚づくしのフルコース。
配信活動ができて、酒のあてもついでに作れる一石二鳥。
「いやー、やっぱり、趣味でお金が入る配信活動は最高だね!」
そして次の日。
わたしの知らないところで、【毒沼エリアで、毒肉を食べるという度胸じみた調合配信】は視聴者と飼い猫ノグチの手によって瞬く間に切り抜かれ。
全世界に配信された【ノグチレシピ】の情報は、なかなか中層にたどり着けないダンジョン業界に激震を走らせた。
そして調合配信というには、あまりにも過激な配信を見ていたパトロンはというと。
「――あんのおバカ! 調合配信つってんのに何やらかしてんのよ!」
と甲高い悲鳴を上げ、流星のように流れては消える有名配信者と事務所のコメントを見て人知れず、親友の能天気さに頭を抱えるのであった。
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