第15話 人気者のさだめ?


「チャンネル登録100万人⁉」


 調合配信を終えた二日後。

 次の調合配信のための素材をゲットするべく。

 ノグチと一緒に森の中で『草むしり』をしていたわたしは、やけにうるさく鳴り続けるスマホを見て、大声を上げていた。


「にゃう」

「ああごめんごめん! でも見てよ! ついにチャンネル登録者数が100万人を突破したの!」


 あまりに大声で叫んだせいか、捕獲予定の素材モンスターたちが散り散りに逃げていく。

 迷惑そうにわたしを睨みつけるノグチ。

 だけど、そんな痛い視線も気にもせず、わたしは興奮気味に飛び上がっていた。


「やったよノグチー! ついにみんな見直してくれたんだ!」


 そういってスマホの画面を見せつけ、勢いよくふわふわボディに抱き着けば、鬱陶しそうに鳴くノグチ。

 どうやら事の重大さがよくわかっていないみたいだけど、


「これはすごいことなんだよノグチ! だって動画の再生数が1000万回に行くとね。視聴者のみんなから【スパチャ】を投げてもらえるんだから!」


 そう、配信するだけでお金が入るようになるのだ。

 それはわたしが長年、夢見た一つの不労所得生活の形だった。


「いずれ100万人行くかもと思ってあらかじめ申請しといたけど、まさかこんな早く審査が通るなんて」


 もちろん炎上騒ぎの最中に申請した。

 だけどダンジョン配信は、過激な内容が多いから審査が辛めだ。

 当然、炎上したてのダンジョン配信者に夢の恩恵が得られるはずもなく、審査で弾かれたわけだが、


「ふふーこれでわたしも有名配信者の仲間入りだよ~」


 スマホの画面に頬擦りし、ぴょんぴょん跳ねるわたし。

 夢の不労所得生活にまた一歩近づいたわけだが。


 ほんと配信さまさまだよー。

 

(これならタマエに借りていた1億の借金を返す日もそう遠くないはず!)


 さーてこの喜びをタマエにも伝えなきゃと、ポチポチ、スマホを操作していると、ピロンとスマホが鳴った。

 お? さっそくタマエから『ダイン』だ。


「うん? ダンジョンニュースを見ろ?」


 なんだろ? ダンジョンでなんかあったのかな?


 そうしてスマホのテレビ機能を起動すれば、血相を変えたニュースキャスターがライブ中継をつないでいる最中だった。


『御覧ください! 大勢の探索者が第二・東京ダンジョンの入り口に押し掛けています。まるで通勤ラッシュのような勢いですがいったい何があったのでしょうか。口々に『ノグチ様を保護するのは自分だと』主張しています』


 そしてダンジョンの入り口で、すし詰め状態になっている探索者たちの顔がアップで映し出されたかと思えば、その画面が突然、わたしとノグチの写真に写り替わり、わたしは思わず噴き出した。


「な、なにこれーっ⁉」

 

 ニュースキャスター曰く彼らは口々に、『ノグチを保護せねば』と主張しているみたいだけど、


「な、なんでノグチがニュースに⁉」


 もしかしてこの前の調合配信が思った以上にバズリすぎて、一目会いたくなってダンジョンに押し寄せてきたとか⁉

 いやノグチの可愛さならその可能性も捨てきれないけど、


(保護ってどゆことッ⁉)


 そうして訳が分からず、うろたえているとスマホがバイブレーションし、タマエから電話がかかってきた。


『シオリ、貴女今どこにいるの⁉』

「ちょっとタマエ、これいったいどういうこと⁉ なんでダンジョンにあんな探索者が押し寄せて来てるのよ!」

『こんのお馬鹿。毎朝ニュースくらい確認しなさいよ! それよりいまどこ、アパートにいるなら今すぐ地上に来なさい! 大変なことになってるわよ』


 いやそれは見たらわかるけど、


「今日は配信で使う素材収集のつもりで外に出る予定で」

『――っ、だったらなおさらやめておきなさい! ニュース見たんでしょ。上層はノグチを狙った探索者であふれているわ。そんなところにオチオチ行けば大惨事よ」


 いやでも――


「わたし、いまダンジョン【上層】にいるんだけど」

「なんですって⁉」


 タマエの叫びが耳元で炸裂したかと思えば、不意に、森林エリアで爆発があった。

 ふと音のする方を見れば、100人単位でパーティーを組んだ探索者の一団が、


『いたぞ! ノグチさんだ』

『どけ俺が先にノグチさんと交渉するんだ!』

『ノグチさん。ぜひわが社に!』

『いや俺の方が先だ!』


 どえええええええ!? 何あの探索者の数⁉

 なんかみんなギラギラ目を光らせて、こっちに駆け寄って来てるんですけど⁉

 とりあえず――


「どどどどど、どうしようノグチ!」


 なんかすごい数だけど、とりあえずやっちゃう? やっちゃうの?


「うにゃう」

「そうだよね。面倒だし逃げるが勝ちだよね!」


 慌ててノグチの背中に飛び乗れば、ノグチがエプロンのポケットからお手製のデバフ盛り盛りの煙玉を集団に投げつけた。


 ボンと火薬がさく裂し、極彩色の煙がダンジョンに充満する。

 そして混乱するなか。

 ぴょーん、としなやかな二足歩行で走るノグチが、探索者たちの包囲網を潜り抜けた。


 よし、これで切り抜けられた。

 だけど、他にもわたし達を狙っていた探索者はたくさんいるらしく。


 ――5分後。


「どうしよタマエ! 遅かった!」


 軍隊のように異常な数の探索者の声が、ダンジョンに響き渡る。

 入り口は探索者の手によって完全に封鎖されているらしく、まるで蟻んこ一匹通さないほどの鉄壁な構えだ。

 敵意はないのか。一様に書類を片手にわたし達を追いかけてくるだけだけど、

 

「うわーん! 逃げても逃げても、ゴキブリみたいにやってくるんですけど⁉」

『あーもう。自己中な探索者のくせしてなんでこういう時だけ一致団結するのよ。シオリ、貴女いつもモンスターをぶっ飛ばすみたいに蹴散らせないわけ』

「そんなことできるわけないでしょ⁉」


 ダンジョンでの探索者同士の戦闘行為はご法度だよ⁉

 また炎上して、せっかく積み上げた登録者が減って、収益化できなくなったらどうするのよ!


「あー、それならあれよ! 前にあげた脱出ラクリマ。あれ使ってきなさい! ノグチも連れてきていいから!」

「あーあれか!」


 脱出ラクリマ。

 ダンジョンに飲まれた『タイヘイ莊』を探す際に、万が一のことを考えて誕生日プレゼントにもらったものだ。

 確かに万が一のことを考えてアイテムポーチの中に仕舞ってはいるけど、

 

「でもあれ一個、100万するし――」

「言ってる場合⁉ 問題人物で指名手配食らったら配信どころの騒ぎじゃないわよ!」


 確かにそれは困る!


「くぅっ、背に腹は代えられないよね」


 ううっ、さらば100万円!


 そしてタマエ言われるまま脱出ラクリマを使い、ノグチと一緒に地上に転移すれば、わたしは廃ビルを改装した事務所――『極道なんでも事務所』の前に立っていた。

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