第16話 一難去ってまた一難?


 脱出ラクリマは、いわゆる探索者の最後の命綱だ。

 

 ダンジョン黎明期。

 ダンジョンから発掘されたいわゆるオーパーツで、転移先を設定すればダンジョンから脱出できる代物として探索者に重宝されていた。


 問題は数が非常に少ないことと、転移先を設定しないとどこに飛ばされるかわからないことだ。

 だから購入した【脱出ラクリマ】には『転移場所』を設定する義務が厳しく【ダンジョン法】があるわけなんだけど――、


「なんでわたしの転移先がバレてんのっ⁉」


 というかわたしとノグチがダンジョンから帰還した瞬間、一般市民の皆さんから悲鳴が上がったんだけど、わたしって地上でどんなイメージになっての⁉

 まさか、探索者だけじゃなく一般人にまで追いかけられるとは思わなかったよ!


 そして無事、謎の団体から逃げきることしばらく。

 わたしとノグチは、再び、声を上げてわたし達を指さす通行人から隠れるようにその場を移動し、ヘナヘナとへたり込んだ。


「ふぅ。何とか逃げれた」


 どうやらダンジョンに潜り続けている間に、わたし達は地上でかなりの有名人になっていたらしい。

 道行く人がノグチを見つけては声を上げていたけど、いったいあれはなんだったの?


(まさか本当にわたし達の熱烈なファンとか?)


 いやいや、それにしてはやけに必死だったけど。


「とにかくタマエに事情を聞かなきゃね」


 スマホの通話も切れちゃったし、しょうがない。

 もっかい事務所に戻りますか。


「――ってなにこれ⁉」


 改めてタマエが待つであろう事務所に向かえば、なんかすごい数のマスコミが陣取っていた⁉

 バシャバシャとカメラのフラッシュが鳴り、玄関ではやや真面目そうな男の社員がマスコミの受け答えをしている。

 何かすっごく深刻そうな様子だけど、


「まさか、タマエ。ついに依頼者にブチギレて誰かぶっ殺しちゃったんじゃ――」

「んなわけないでしょう」

「へ?」


 そして驚いて後ろを振り向いた瞬間、腕を引っ張られ、物陰に引きずり込まれた。

 このどこか古典的なやり方は――。


「ちょっと何するのさタマエ!」


 そういって反射的にその手を振りほどけば、そこには案の定。サングラスをかけて変装した親友のタマエの姿がいた。


「静かに。マスコミに見られたくないの。物理的に黙らされたくなかったら大人しくしなさい」


 コクンコクンと頷くと口をふさいでいた手が、ゆっくり解放された。

 はー、びっくりした。


「どうやら無事? 面倒な連中を巻けたみたいね」

「おかげさまでね」


 だけど、そっちもずいぶんと苦労したみたいじゃん。


「ええ、貴女がこの近辺に現れたって掲示板に書き込みされてからすぐこれよ。ほんと、事務所から抜け出すの大変だったんだから」


 そういって事務所の方を指さし、肩をすくめるタマエ。

 どうやら心配して、わざわざ変装までして駆けつけてくれたらしい。 

 でも無自覚って怖いね。なんでこの馬鹿熱い真夏日にトレンチコートにサングラスで怪しくないって思えるんだろ?


 するとタマエの顔が何かを探すみたいに左右に動いた。


「それで肝心のノグチの姿が見えないけど、一緒に来たんじゃないの?」

「うん? ノグチならここにいるじゃん」

「は? あなたの周りにまとわりつくたくさんの子猫しか見えないけど」


 いやだから、この子たちがノグチなんだってば。


 そういって、わたしは足元にたむろする、9匹の三毛猫を指さした。

 どうやらわたしの周りを固めることで、守ってくれているか。

 まるでナイトですと言わんばかりの自慢げな顔で、9匹の猫がそろって前足で胸を叩くノグチ達。


 だけどさすがに予想外だったのか。

 ぎゅむぎゅむと眉間をもんだタマエが、珍しくキョトンと表情の見えない顔でノグチ達を指さし、わたしを見た。


「なにこれ?」

「あーこれ? ノグチご飯の効果、かな」


 なにせノグチは目立つ。そりゃもう二足歩行してるんだからめっちゃ目立つ。


 なんだかんだ有名になったノグチだ。

 今後の地上での活動も視野に入れ『なんか変装対策とか必要なんじゃない?」と冗談で言ったら自分で調合アイテムを作り始めたのだ。


 どうやらテイマー用のご飯らしく。

 ダンジョンから帰還する際に、ノグチの言う通りにこの『分裂効果? がある丸い飴』を舐めさせたところ、9匹のかわいい子猫ノグチに分裂したのだ。


「まぁ容姿だけじゃなくレベルも等分に弱体化するっていう弱点があるみたいだけどね」


 いやーほんと万が一に備えて用意しておいて正解だったよ。

 おかげで楽に追っ手を撒くことができたし。さすがノグチだよね!

 

「――ってあれどうしたのタマエ、そんな複雑そうに頭なんか抱えて?」

「いいえ、何でもないわ」


 どうやら非常識なことしてしまったらしい。

 でもそこまで驚くこと? 

 スライムだって分裂するんだから猫が分裂したっておかしくないと思うけど、


「……まぁ、逆に目立たなくていいわ。とにかくマスコミが面倒だから裏の事務所に行きましょ」


・・・・・・

・・・


 そして黒塗りの車で移動すること10分。

 先ほどの事務所とは別に、古びた商店街の奥。時代錯誤なヤ○ザがいかにも使っていそうな事務所に到着した。

 看板にはでかでかと『指定ダンジョン攻略団――獄堂組』の黒文字が。


 タマエがそのスジの娘さんだとは知っていたけど、


「ほえー、こんな場所があったんだ」

「ええ、あっちは表向きの仕事。私の本業はこっちよ」


 どうやらここもタマエが切り盛りしているらしく。

 コワモテの元・組員さんたちが慌ただしく対応に追われていた。

 

(へー意外に繁盛してるんだ)


 と思ったら見覚えのある若い組員が頭を下げてきた。


「夏目の姉さん。お勤めごくろうさまです!」

「わー玄さん久しぶり。相変わらずのコワモテ具合だね」


 どう? ちゃんとまじめに働いてる?


「へい、お嬢のおかげで毎日、充実した人生を送れてます」

「そっかそっか。それは良かった」


 ダンジョンがこの世にあらわれ、組が壊滅して以降。

 タマエは、アカデミー時代から便利屋のような事業を始めていた。


 ダンジョン特需によって職にあぶれた者たちを雇って、需要に合わせた仕事を紹介しているらしく。タマエをお嬢と呼んで慕う者が多い。


 見たところ、儲かってるみたいだけど


「いつもはここまで慌ただしくないわよ」

「え、それじゃあなんでこんなに依頼の電話がかかってるの」

「それは貴女が配信で私の名前出したからでしょうがっ!」


 あ、あれ? そうだっけ?


「飲み屋での迷惑配信で私と飲んでる姿が配信されてて、貴女とつながりがあるってバレたのよ。おかげでその動画を見たマスコミから『夏目シオリと取り次いでくれ』って依頼の電話が鳴りっぱなしなよ」

「ごめんなさい」

「まぁ済んだことはいいわ。とりあえず、奥で話しましょう」


 そういって応接室に通され、コトンとお茶が出された。


「それで、この騒ぎはどういうこと」

「自分の批判コメントは細かくチェックする癖に、掲示板見てないの? 昨日、掲示板に貴女のテイマーライセンスが剥奪されたって嘘の情報が流れたのよ」

「わたしのテイマーライセンスが⁉」

「落ち着きなさい。その情報はすでにテイマー協会が撤回したわ。でもノグチを保護すべしって話題が掲示板に上がって、その情報に踊らされた多くの探索者が我先にとアパートを目指しているのよ」


 そっか。それであの勧誘の嵐か。


 どうやら先日の調合配信で、難所であるトラップエリアを簡単に越えられるようになったのが大きな要因らしい。

 道理で、思った以上の探索者たちが森林エリアに突入してきたわけだ。


「いろいろと言いたいことはあるけど、その前に聞かせなさいシオリ。貴女なんで調合配信であんな無茶したの」

「無茶? わたしとしては限りなく平和に調合配信できたと思ったんだけど」


 とりあえず事情を話せば、難しく顔をしかめていたタマエの口から疲れたようなため息が漏れた。


「まったく。なんでまったりしたいのに、自分から大ごとにしちゃうのか理解に苦しむわ。調合配信でいきなり現地配信する奴がある?」


 え、だって食材なくなったし。

 人が食べるアイテムなんだから検証するのは普通なんじゃないの?


「普通の調合配信は、アイテムを作ればそれでいいのよ。アイテムの効果だって鑑定スキルを公開すれば十分だし、現地でしかも、危険度Aランクの中層ダンジョンで、わざわざ実食する必要はないの」

 

「ノグチが調合する姿を配信するだけで普通にバズってたのに、想定外だわ」

 と頭を抱えるタマエ。

 どうやら新作レシピを紹介する必要はなかったらしい。

 

「でもウケると思ったんだけどねー」

「「「「「「「「「にゃー」」」」」」」」」


 そういってノグチに同意を求めれば、一斉に同意の鳴き声が上がり、ギロリとタマエに睨まれた。


 はいごめんなさい。調子に乗りすぎました。


「はぁ、これだからダンジョンに好き好んで引きこもる変人は常識が欠落してて嫌なのよ。ただでさえ、問題の中心人物だってのに、無自覚に例の薬草畑の存在までうっかり配信しちゃうとか、ほんと何やってんのよッ!」

「あ、あのタマエさん? なんか地上じゃ漏れちゃいけないオーラが漏れちゃってるんだけど」


 なんか問題あったっけ?


「大ありよ! これでタイヘイ莊に世界で初めてダンジョン攻略可能な拠点がすでにできていることが知られちゃったじゃない!」


「わたしあの存在だけは絶対に隠せって言ったわよね」と頬を引っ張られる。

 いひゃいいひゃい⁉

 だってそんな重要なことだとは思わなかったんだもん。


「無自覚に国家情勢を揺るがすようなことをするなって常々言ってるでしょうが! 貴女これがどれだけ大変なことかわかって――」


 そういって今にもタマエの怒りが爆発しかけたその時、ドタドタと慌ただしく扉を開ける音が響いた。


「お嬢! 厄介な客がきたぞ!」

「社長って呼びなさいって言ってるでしょ! 見ての通り今、取り込み中よ。くだらない用なら後にしなさい」

「いえ、それがですね、夏目シオリさまを出せと言ってきているもので」

「へ? わたし?」


 そういって、首をかしげる。

 でもわたしに地上の知り合いなんて、それこそタマエしかいないから、この場所を知る人なんていないはずだけど、


「それが、テイマー協会のカチコミです!」


 なんですとぉ⁉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る