第17話 盛大な勘違い


 テイマー協会からのお迎え。

 その言葉を聞いた瞬間、わたしはそそくさと荷物をまとめ、ダンジョンに帰る準備を始めていた。


 テイマー協会。

 ダンジョンモンスターを使い魔として使役することができる方法が確立してから探索者の頼れるパートナーを管理する組織の総称だけど、


「よし、それじゃあわたし逃げるからあとはよろしく!」

「ちょ、たかが呼び出しで大げさすぎよ! 何も夜逃げする必要なんてないでしょうが」


 逃げるよ! だってあいつ等、絶対わたしを殺す気で来てるもん!


 近年、多くの探索者がパーティーを組まず、一人で探索できるようになったのも、使い魔が一緒に探索できるようになったからなのだが。


 どうもテイマーは使い魔大好きな人種が多いのか。

 使い魔に関することになると、熱くなっちゃう人が多いらしい。 

 

 そしてテイマー協会の役人といえば、ウチネコチャンネルアンチ代表格で有名で、


「それはもう加減なしで攻撃してくるよ、それも容赦なしにねッ!」


 そうして裏口から屋根伝いに逃げるように事務所の様子を窺えば、案の定。

 テイマー協会の役人が待ち構えていた。


 通常、ただの呼び出しにここまで厳戒態勢をとる必要はないのだが、ざっと見たところ二十人以上の人員が投入されてるようで、


「ちょ、なにこの使い魔の数⁉」


 ハーピィーに、ハイウルフに、サラマンダーって。

 ダンジョンでも通用するガチ編制じゃん!

 深層でも攻略するつもりで来たの? ここ地上なんだけどッ⁉


「シオリ、貴女ほんと何やったのよ。あれほんとに殺しに来てるじゃない」


 何もやってないよ! 

 強いて言うなら、ノグチにお世話された日常が、全世界に配信されちゃっただけだよ!

 そうして戸惑いの声を上げれば、一人の役人と目があって、


「いたぞ、屋根の上だ!」

「相手は外道ただ一人!」

「遠慮せずやっちまえ!」


 あーもう! 完全に命取りに来ちゃってるじゃん!


「ノグチ! 怪我させない程度にやっちゃいなさい!」


「「「「「「「「うにゃっ!」」」」」」」」」


 わたしの号令を受け、物陰に隠れていた九匹の子猫ノグチが一斉に動き出した。

 探索者顔負けの超連携。

 建物を利用して縦横無尽に動き回り、使い魔たちを翻弄すると、上級クラスに分類される使い魔をあっという間に制圧していった。


「なんだあの猫は⁉」

「新たに契約した使い魔か!」

「くっそ、すげーモフモフしたい!」


 よし、よくやったノグチ! あとで猫缶買ったあげる!

 さて、うまい具合に混乱してるみたいだし今のうちに、さっさとこの場から脱出――


「はーい。そこまでー」


 混乱に乗じて姿を眩まそうとしたところで、気の抜けた声と共に見覚えのある『着ぐるみ』が空から降ってきた。


 どこかキメラを思わせるような三つ首のモンスターの着ぐるみが落ちてくる。

 テイマー協会のマスコット。ちゅかいま君だ。


 重力を感じさせない勢いで地面に着地すると、ざわめく歓声を無視するように周りの部下らしき男たちを叱り始めた。


「ダメでだろう君たち手荒な真似しちゃ。ボクは穏便に連れてこいって言ったのに」

「ですが会長! 相手はあの腐れ外道なんですよ? 使い魔を大事にしないような奴には慈悲と常々おっしゃっていたではありませんか!」

「だからって無理やり連行はないでしょう。君たちは役人なんだから、周りの迷惑も考えてほしいものだね」


 そういって血気盛んな部下たちを諫めるちゅかいまくん。

 どうやら他のテイマーと違って常識枠な上司みたいだけど、


「アレが会長、ねぇ」


 使い魔掲示板でたびたび名前が上がりいろんな噂を聞くけど、意外にまともそうだ。

 格好はアレだけど。


「というわけで夏目シオリさん。政府の命令により任意同行に応じてくれないかな。拒否した場合、一時的に君のテイマー資格をはく奪するしないんだけど」


 そして、さわやかな脅しに屈したわたし達はというと。

 日本の発展を象徴するかのように起立する高層ビル――『ダンジョン統括管理ビル』に連れてこられていた。


「それでシオリだけの召集のはずなのに、なんで私までここに呼び出されなきゃいけないのかしら」

「そんなこと言わないで一緒にいて! 都庁なんて初めて来たんだから!」


 ここってあれでしょ? 一部のエリートしかいないんでしょ?

 そんな選ばれし労働者たちの充実してますオーラなんて浴びたら間違いなく、わたし死んじゃうって!


「はぁ、普段は図太い癖に、ほんと権力には弱いわよね貴女」

「当然でしょ! だって、ここテイマー協会の総本山なんだよ。逆らったらなにされるかわからないでしょうが!」


 ここは、探索者の日々の活動やダンジョンから発掘され、市場に流れたアイテムの動向を把握し、経済的にクエストを発注するだけでなく、テイマー協会本部としても機能しているのだ。


 そんな機密満載な場所に、わたし一人だけ呼び出しとか。

 

(考えただけでも悪い予感しかしないって!)


 そうしてやけに高価なソファーに腰かけ、タマエに縋り付くようにガタガタ震えていると、先ほどの着ぐるみ姿はどこへやら。

 扉の外から爽やかなイケメンが笑顔で入ってきた。


「お待たせしてすみません。公務のテイマー交流会の途中に抜け出してきたもので、着替えに手間取ってしまいました」


 そういって正面のソファーに腰かけるや否や、深々と頭を下げくる爽やかイケメンが軽い世間話の後、自己紹介を始めた。


「それでは改めて、テイマー協会会長の物部モリヤです」

「あ、これはご丁寧にどうもはじめまして。ダンジョン配信者の夏目シオリです。こっちは私の親友の獄堂タマエで――」

「はい。先日いろいろとご相談に乗っていただいたので、存じております」


 ああ、そうか。

 そういえばテイマー協会の会長と交渉したって言ってたっけ。


「ふふっ、それにしてもはじめまして、ですか。ボクと先輩は何度も会っているはずなんだけどな」


 え? どこかであったっけ?

 というか先輩?


(こんな爽やかイケメンと面識なんてなかったはずだけど)


 じっくり爽やかイケメンの顔を凝視する。

 うん、何度見てもこんな黒髪のイケメンと知り合いだったなんて記憶はない。

 いや、でも待てよ。このどことなくナヨナヨした感じ、どこかで――


「アンタ。もしかしてジミー⁉」

「ああ、ようやく思い出してくれたみたいですね。そうです。舎弟のジミーです」


 アカデミー時代の地味男⁉

 金持ちで、しょっちゅう同級生の女子たちに焼きそばパン買いに行かされていたあの⁉

 いや、風の噂で出世したことは聞いてたけど、


「まさかジミーがテイマー会長になってるなんて」

「先輩が研修でしょっちゅうダンジョンに連れまわしてくださったおかげで、モンスターに詳しくなりまして、おかげで何とかなってます」


 そっかそっかー。

 あのアカデミーで、ナヨナヨした優男がテイマー協会の会長ねぇ。

 あ、というか――


「アンタがまとめる協会から変な噂が漏れたせいで、こっちはダンジョンでひどい目に合ったんだけど!」

「はい。今日はそのことで話があったんです」


 どうやら今回の探索者暴動の原因は、機密を知るなに者かが掲示板に情報を掻き込んだことが原因らしい。

 まだ犯人を特定できていないようだが、


「先輩、この度は本当に申し訳ありませんでした」


 おや? 意外に殊勝な態度だ。

 てっきりわたしの日頃の行いでも言われると思ったのに。


「そのうえで、先輩に頼みたいことがあるです。ボクら協会に力を貸してはくれませんか」


 力を貸す? なんのこと?


「先輩たちは今の使い魔配信の現状をどう思いますか?」

「そりゃダンジョンのモンスターを好きに連れられるっていうんで爆発的に人気になってるけど」


 わたしが言うのはアレだけど、ぶっちゃけあまりいい傾向だとは思えないよね。

 

「そうです! ダンジョンの出現で経済が爆発的に活発になったのはいいことなんですけど、使い魔が配信の道具として人気取りに利用させられているのが現状なんです」


 使い魔とテイマーの共生こそが、テイマー協会だ。

 どうやらテイマー協会の会長としてその状況が許せないらしい。


 だけど、テイマー協会が望む正しい共生関係を伝えるには、今のテイマーでは力不足らしい。


「なるほどそこでわたしの出番ってわけね」

「はい。ですのでボクと一緒に輝かしい未来を築いてみませんか」


 は、はぁ⁉ 輝かしい未来⁉

 会っていきなりお前は何言ってるんだ。


「先輩、ボクはこの数か月、ずっとあなた達のことを見てきました。普段のんびり屋さんなところも、配信ではなんだかんだ冷たい物言いでも、きちんと相手を思いやれる優しい心の持ち主だということも」

「ちょ、どうしたジミー。ちょっとおかしいぞ!」

「いえなにもおかしくありません。こうして改めて、会えたことで確信できました。ボクはあなた達を幸せにできます。いえ必ず幸せにします。だからどうか一緒になってくれませんか」


 そういって真摯な顔で立ち上がるジミー。

 うえ⁉ まさかの告白、だと⁉


「この思いはもう我慢できないんです。どうかボクと一緒になってくれませんか」

「ううっそれは、もうちょっとお互いのことを知ってからでもいいんじゃないかなー」

「いいえ、もう待てません。ボクの心はあなたを求めて今にも張り裂けそうなんです」


 近い近い近いって!

 そして一歩一歩距離を近づけてくるモリヤは、やがてわたしの横を素通りしていき、


「ぜひ、ボクと一緒になってくれませんかノグチさん!」

「はいぃ⁉」

 




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