第31話 現れたる黒幕

 そうして警官に連れられた先は、海岸沿いにある廃墟だった。


「それでうら若き女をこんな場所に連れ込んでいいったい何する気なわけ」

「いいから黙って進め化け物が、抵抗したらこの娘の命はないぞ」

「はいはい。大人しくしますよ」


 初音ちゃんのこめかみに拳銃を当て、わたしの背後から指示を飛ばす警官。


 唯一洗脳されていなかったコワモテは、足を撃たれて護送車の中。

 あの様子だと死ぬほどの怪我ではなかったけど、別れ際に麻痺毒を食らっていたから長く放っておいたら死んでしまうだろう。


(その前に、奴の隙を窺って初音ちゃんを助けられればいいんだけど)


 どうやらさっきのひと悶着で相当警戒されているみたいだ。

 自分の身を挺しても、初音ちゃんだけは捕まえると言いたげ必死さが震えた声の様子から伝わってくる。


 そうしてしばらく歩かされたと思ったら、警官が唐突に声を上げた。

 パッとコンテナエリアにまばゆい明かりが灯る。

 思わず目を細めれば、正面の光源から男のものと思われる声が聞こえてきた。


「ようやく捕まえたか。まったく小娘一人手こずらせてくれる」


 そういって一台の高級車から男が出てくるなり、初音ちゃんから驚いたような声が。


「根岸マネージャー⁉」

「知り合いなの?」

「はい、クズクラ事務所でわたしのデビューの手伝いをしてくれた人です。私がクズクラをやめる際にも最後まで良くしてくれて、それがなんでここに――」

「そんなのアイツがすべての黒幕だからに決まってるでしょ」

「え――⁉」


 わたしの指摘に、息をのむように声を詰まらせる初音ちゃん。

 でも、このタイミングに出てくるってことは、そうだとしか考えられないんだよね。

 それに――


「タマエが最後までわたしらにちょっかい出してきたマネージャーがいるってボヤいてたし、初音ちゃんの動向を一番理解してる身近な人物って言ったらクズクラくらいしか思い浮かばないからね」


 これまでの一連の出来事がクズクラの復讐だとすれば、地味につじつまが合っちゃうんだよね。


 そういって、メガネを掛けたやせ型の七三頭を睨みつければ、根岸と呼ばれた男が高らかに笑いだした。


「配信では無能をさらしているくせにずいぶんと勘が鋭いですね。驚きましたよ」


 そして余裕綽々と言った様子で笑い終えると根岸がわたしに向かって恭しくお辞儀をしてきた。


「初めまして夏目シオリさん。私、クズクラ事務所のダンジョン統括マネジメントをしております根岸と申します。あなた方のご活躍は常々拝見させてもらってますよ」

「ええ、こうして会うのは初めてかもね」


 できれば一度も会いたくなかったけど!


「それでクズクラのお偉いさんがわたしと初音ちゃんを誘拐して何のつもり? いい加減、ちょっかい出されるのも面倒になってきたんだけど」

「誘拐だなんてとんでもない。ただ相談するために来てもらった。敵意はありませんよ」

「自分ところの配信者を警官に変装させといてよくいえるね」

「ふふふ、やはりバレましたか」


 バレるよ。

 だってこいつらの装備、明らかに配信向けの装備なんだし。

 それに――


「クズクラってランカーの装備は事務所で特注に作ってるんでしょ? ランクに応じた特典制度も採用してるみたいだし、特典を与える際に何らかの契約でも結んでんじゃないの?」

「ほう、よくご存じで」

「初音ちゃんを今頃になって誘拐しなきゃいけないのも、元々、ダンジョンで悲劇のヒロインをやってもらうから契約する必要がなかったからでしょ」


 違う?


「それじゃあ、私たちを守ろうとしてくれていた警官さんが言ってたのは――」

「おおかた警察庁かその上に顔でも聞くんでしょ」


 なんたって大手のクズクラっていえば結構あくどいことやってるみたいだし。暗部組織の一つや二つあってもおかしくない。

 それこそはじめは、そのまま捨ておいても何の問題もなかったんだろうけど、

 

「わたしのチャンネルが有名になってノグチを奪う口実に必要になったんでしょ」

 なにせコラボの依頼はタマエが全部シャットアウトしてたからね。


「だから、今頃になって強引な手を使ってでも早々に回収せざる終えなかったんでしょ」

「すばらしい! よくそこまでわかりますね。今回の計画はかなり慎重に事を運んだつもりなんですけど」

「むかし契約でブラック労働させられてきたから、アンタらみたいな人を人とも思わないブラック企業が考えそうなやり方や知識は頭に入ってんのよ!」


 その様子だとわたしの大事なノグチを奪おうと周りに働きかけたのも、アンタなんでしょうけど、


「いい加減ムカムカしてたし、相手がわからなかったから大人しくしてたけど、アンタが文字通りの黒幕なら十発くらい多めにぶん殴っても正当防衛よね!」


 体内で練り込んだ魔力を一気に爆発させ、わたしは勢いよく地面を蹴りつけた。

 ノグチご飯のチカラで底上げされたチカラはやすやすとアスファルトを砕き、コンテナエリアに爆音をとどろかせる。


(いまだ!)


 そして衝撃波でひるんだ一瞬を見計らい、初音ちゃんに銃を向ける警官をぶん殴れば、初音ちゃんを取り返す。

 そして、そのまま初音ちゃんを抱え、ノグチと合流しようと走り出した時、抱えていたはずの初音ちゃんの身体が一瞬で消え失せた。


(この魔法陣。まさか転移トラップっ⁉)


 すると遅れて衝撃が背中を叩き、空中から地面に落とされた。

 咄嗟に態勢を立て直し、攻撃のした方を睨みつければ、そこには苦しげにうめく初音の首を掴み上げる根岸の姿が。


「まったく油断も好きもありませんね。まさか、あの答え合わせに乗じて初音さんを助ける算段を組み立てていたとは」

「ぐっ、まだ、まだぁ~」

「おっと暴れないでくださいこの子がどうなってもいいんですか。貴女の大切な大切なお隣さんは私の手の中にあるんですよ?」

「くっ――、夏目さん! 私にかまわず逃げてください!」

「おおっと初音さんも。君に今死なれては困るんですよ。君にはこの後やってもらわなければならないことがあるんですから」


 そういって根岸が後ろから抱き着くように初音ちゃんの目元に手をかざした。

 手のひらから魔法陣のような光が瞬き、彼女の身体が大きく震え、うつろな顔になった。


「……催眠魔法。やっぱアンタ、人間じゃないわね」


 転移トラップなんて高等魔法、探索者でもない人間に使えるはずがない。

 しかもこの重力魔法と禍々しい魔力とくれば、答えは一つしかない。


「……魔族。それも上級レベルの」

「正解! さすがあの猫を従えている探索者なだけのことはありますね!」


 そういって得意げに笑う根岸。

 その姿が膨れ上がったかと思えば、メガネを掛けた気骨隆々な上級悪魔に姿が変わった。


「どうです恐ろしいでしょう? これが私の、いや――俺様の真の姿だ!」

「催眠魔法を使って、人間になり替わっていたか」

「ふっ、まぁ俺様のチカラはこれだけじゃねぇが、人間は実に操りやすくて助かるぜ。少し心の中をいじってやるだけで、簡単に従順なコマに成り下がってくれるんだからな」

「くっ、その子をどうするつもりだ!」

「安心しな、殺しはしねぇよ。土地の所有者がいなくなれば、自動的にその土地に住む契約者に所有権がスライドするようにするよう迷宮理事会に取り計らってもらったんでね、それまでは生かしてやるよ」


 つまり、初音ちゃんをダシに使ってわたしの楽園を奪おうっていうのね。


 ほんと魔族ってクズだ。

 こんな厄介な重力魔法がなければめちゃくちゃにぶん殴ってやるのに。


 するとわたしにぶん殴られた警官が悪魔に縋り付くように泣きついた。


「ね、根岸さん。約束通り娘は連れてきた。これで俺は解放してもらえるんですよね?」

「ああ、よくやった。これでお前は自由だ」

「ほ、本当ですか」

「ああ、悪魔は契約を守る。約束通り解放してやるよ。――永遠にな」

「――ッ、逃げなさい!」

「え、う、うわああああああああああああああああ!!」


 警官の足元に魔方陣が泡われたと思ったら、突如現れた紫色の粘液が警官の身体を包み込んで跡形もなく溶かしていった。

 悲鳴を上げて、ドロドロに溶けていく警官。

 その哀れな姿を見下ろし上級悪魔は、あざけるように鼻で笑って見せた。

 

「この、アンタ。あの男の仲間じゃないの!」

「所詮はクズクラにいられなくなった弱者。いくらでも補充はきく駒だ。使えないコマの一つや二つ壊したところで騒ぐんじゃねぇよ」


 そういって下卑た笑みを浮かべ、膨らんだ魔族の体のまま丁寧な口調に戻った。


「さて手荒な真似はしたくありません。あなたも洗脳下に置いてさっさとこの場から――」


 そうしてわたしの目の前に手のひらをかざすと、誰もいないはずの海岸にサイレンが高らかになった。

 この数。もしかしてあのコワモテが応援をよこしてくれたのか。

 

「チッ、これだから役立たずは使えませんね――ここは少々目立ちますし。騒ぎを起こしてあの猫を相手するのも面倒だ。少し場所を移動するとしましょうか」


 そういって忌々しそうに顔をしかめ、指を鳴らす悪魔。

 するとわたしの足元の下にまばゆい魔法陣の光があたり一面を照らし、


 ――次に目が覚めた場所は、見覚えのあるダンジョンの中だった。

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