第5話 ストレス解放

◆◆◆――夏目シオリ視点


「――というわけで、置き去りにされたんですよ! どう思います? ありえませんよね!」

「なるほどー、たしかにそれは災難だったね」


 ノグチが初音ちゃんを連れてきた経緯を聞けば、わたしは同情しつつ、内心ほっと胸を撫でおろしていた。


(よかったー‼ わたしのお願いのせいで人攫いとかにならずに済んでほんとよかったー‼)


 けどそれはそれとして――


「それにしてもひどい奴らがいたもんだね。いくら人気のためとはいえ、仲間を後ろからバッサリなんて」

「夏目さんもそう思いますよね? 事務所とどんな契約してるか知りませんけど、猫さんが現れなかったら本当に死んじゃってたところなんですよ!」


「一緒に帰ろうでいいじゃないですか、ほんと最低です!」とプンプンと分かりやすく怒る初音ちゃん。

 まぁ正当ギレね。

 それこそ【探索者】は、信頼の上で成り立つお仕事だ。

 たとえそれがダンジョンの中であろうと、仲間を後ろから襲えば犯罪になる。


(しかも配信で成り上がるために同業者を人気取りの道具にするためにわざと置き去りにするなんて、ほんと世も末だっての)


 ほんとノグチを行かせて正解だったよわたし!


「それに失血死しかけたところに、貴重なポーションまで分けてもらえて。……改めて助けてくれてありがとうございました」


 深々と畳に手をついて頭を下げる初音ちゃん。

 うわ、なにこのいい子。すごくヨシヨシしたい。


 ほんと、人気取りのためだけに裏切った奴らは何を考えて、この子に切りかかったんだが。


「夏目さんもありがとうございます。突然お邪魔したばかりか、こんなに温かく迎えてくださって」

「いやいや、わたしは何もやってないよ。ノグチが勝手にやっただけし」

「そんなことありません! 経緯はどうあれ、夏目さんが猫さんを遣わしてくれなかったら今頃私は食べられちゃってたんです。お二人には本当に感謝してもしきれません」

「ふーん。だってさノグチ」


 ヒーローみたいでかっこよかったって。


「にゃう!」

「またまたー照れちゃって。助けられてうれしいくせにー」


 ツンツンとわき腹を突いてやれば、べシッと軽く頭をはたかれた。

 

「いったー⁉ なによ! 人がせっかくほめてあげてるのに!」

「にゃう」


 余計なお世話ですって?


 すると居心地が悪いのか。

 いきなり立ち上がったノグチがキッチンの奥に引っ込んでいく。


「まったくノグチったら、素直じゃないんだから」

「あの、私、なにか余計なこと言ってしまったんでしょうか?」

「うん? あーいやいや、そんな泣きそうな顔しないで大丈夫だから。あれはノグチの照れ隠しだから、気にしないで」

「照れ隠し、ですか?」


 そう。あの子、感情を表に出すのが苦手なのか。

 褒められるとすーぐ不機嫌なふりをするのよね。

 

「ほんと困った使い魔なんだから」

「えっと、それじゃあ、やっぱりノグチさんは夏目さんの使い魔なんですね」

「そうよ、わたしの自慢の家族。見ての通りすっごく賢くてね。飼い主のわたしがこんなんだからいろいろと介護してくれてるの」


 周りのみんなには内緒だけど。


「そ、それじゃあ、あの! このアパートの管理人はやっぱりノグチさんでなく夏目さんということなのでしょうか」

「そだよー。去年くらいに助けたどっかの有名なおじさんの遺産が入ってね。それを元手に探索者アパートを買い取ったらダンジョンフラクションで飲み込まれちゃって」


 いやーほんとまいったよねー。

 おかげで滅多にお客さん来ない上に、生活なんだから。


「それじゃあ、あの迷惑じゃなかったら、一つご相談があるんですけど――」


 そう言いかけて初音ちゃんが、身を乗り出そうとすると、ちょうどそのタイミングで、キッチンに引っ込んでいたノグチが何やらいい匂いのする料理を持ってきた。


 コトンとわたし達の前に置かれたのは、ホカホカと出来立ての湯気を上げるロールキャベツ。

 

「え、あの、夏目さん? これは――」

「あーたぶん、ノグチ流の歓迎の証かな」


 このアパートに誰かが来たことなどないから、おもてなしのつもりなのだろう。

 だけどノグチ!

 黙って渡すだけじゃ伝わらないって!


「まぁとにかく食べて食べて。うちのノグチの料理。すっごくおいしいんだから」

「え⁉ でも助けていただいた上に貴重な食糧までいただくわけには――」


 すると、いい匂いに釣られたのか初音ちゃんのお腹から盛大にお腹が鳴った。


「あ、いや、これはその――」


 以前と可愛らしく鳴るお腹を押さえて赤面する初音ちゃん。

 そういえば後方支援組とはぐれたといってたっけ。


(もしかして攻略配信をどうにかするので精一杯でご飯食べる暇もなかったのかな)

 

 仕方ない。

 ここは申し訳なさを消す意味でも、このアパートの管理人であるわたしが率先して食べてあげますか。


「というわけでお先にいただき!」

「あ――」

「うーん、相変わらずしっとりジューシーでさいっこーだよノグチ!」


 そういってもう一つ皿から取ってロールキャベツを食べて見せれば、初音ちゃんの喉が小さく鳴った。


「食べないの?」

「そ、そうですよね。せっかくノグチさんが作ってくださんですもの。せめて一つくらいはいただかないと失礼ですよね」


 そういって、ついに我慢しきれなくなったのか。

 恐る恐るといった様子でロールキャベツを口に運んでいく初音ちゃんは、ゆっくりと咀嚼して大きく目を見開くと、手をパタパタ振りながらわたしを見た。


「なんですかこのロールキャベツ⁉ めちゃくちゃおいしいじゃないですか‼」

「でしょー。これはねぇ、ノグチの一番の得意料理でブラッディブルを使った料理なんだ」

「ブラッディブル!? それって危険度Aランク相当のモンスターですよね⁉」

「うん。そうだけどそんな驚くこと?」


 ガシャンとテーブルを揺らし驚く初音ちゃん。

 このダンジョンでは基本、食材は取り放題だし、そんな珍しい食材でもないんだけど――


「そんなにおいしかった?」

「はい! わたし、こんなおいしい料理生まれて初めて食べました!」


 そう言うなり感激したように一つ。また一つとノグチ特製ロールキャベツを幸せそうに食べる初音ちゃん。

 うーん。もしかして地上であんまり取れない素材なのかな?


(まぁ地上には地上の事情があるんだろうし、おいしければそれでいいよね)


 それに――、

 素直に得意料理を褒められてうれしかったのか。

 すました顔の代わりに、激しく左右に動く尻尾がペシペシとわたしを叩く。


 うん。嬉しかったのはわかるからちょっと落ちつこっか。

 尻尾が動きすぎて、すんごく食べにくいよノグチ。


 そして初音ちゃんにもっと食べさせたいとばかりに、珍しく冷蔵庫の備蓄も気にせず次々と酒の肴ならぬノグチの得意料理が追加されていく。

 そして宴会ともなれば当然、お酒も増えていくわけだけど――


「ありゃ? もうビールがないや」


 空になったビール缶をのぞき込み、キッチンで使いの料理を作っているノグチに呼びかける。

 

「ノグチぃ。もう他にお酒なかったっけ?」

「うんにゃ」

「あちゃーもう品切れかぁ。仕方ない。ノグチ、いつものカクテルでも作って――って、え、だめぇ? なんで⁉」

「にゃう」

「少し飲みすぎ? でもこんなおいしいごちそうを前にお酒なしなんていくらなんでもひどすぎるでしょ⁉」


 世の中の理不尽を訴えても、どうやらノグチは作ってくれる気はないらしい。

 うー、このごちそうにはおいしいお酒が合うのにぃ。

 とここで、わたしは幸せそうに料理を食べている初音ちゃんのコップが空になっていることに気が付いた。


「あ、そうだ! 初音ちゃんもお酒飲みたいよね? ねッ!」

「あ、いえ、あの私まだ19なので、お酒はちょっと」

「えーそうなの? でもここはダンジョンなんだし、地上の法律とか気にしないでよくない?」

「いえ、さすがにそういうわけには――」

「はぁ、そっか。ざんねんだなぁ。あと一年早く生まれてれば、このおいしさを一緒に共有できたのに」


 うん? いやでも待てよ。お酒じゃなかったらいいんだよね。


「それならいいのがあった!」

「え、ちょ――畳をひっくり返して何してるんですか⁉」 

「ちょっと待っててねぇ、たしかこの辺に仕舞っておいたはず~っと」


 ガサゴソと秘密の隠し場所を漁れば、紫色の液体が入ったガラス瓶が出てきた。

 いやーあったあった。

 前にノグチが作って、おいしすぎて飲みすぎるから封印された秘密兵器。


「じゃじゃーん。ヴェノカムドリンク~」

「ヴぇノカム? あの聞かない名前ですけど、これもノグチさんが?」

「そそ、正確にはノグチが作ったポーションでね。状態異常を治す万能薬と同じ効果があって耐毒、耐麻痺まで獲得できちゃう酔っぱらえるジュースなの」

「な、なんでそんなものがあるんですか⁉」

「いやー、ここから外に買いに行くのが面倒で――」


 お酒が飲みたいと駄々をこねたらノグチが作ってくれたのだ。

 というわけで――


「はい。これ、初音ちゃんのぶん」

「え、いやでも私お酒は――」

「いい、初音ちゃん。これはお酒じゃないの。これはジュース。ジュースなの。だから未成年の初音ちゃんが飲んでもだーれも責めないよ」


 さぁ、一息に飲んじゃって。

 そういって並々注いだコップを勧めれば、「ううっ、わかりました!」と何かの覚悟を決めて一息にコップを傾ける初音ちゃん。

 ゴクゴクとコップの中にある液体が消えていき、


「あ、意外とおいしいですねこれ」

「おっ、いける口だねぇ。いいじゃんもっとじゃんじゃん飲もう」

 

 どうやらお気に召したらしい。

 新しく注ぐたびにグイグイとコップの中身が減っていく。

 次第に、気分がよくなったのか。

 やや口調が砕け始めた初音ちゃんと打ち解けはじめ、同じ配信者としての身の上話に花が咲くようになり――


「ぞっが―初音ちゃんもぐろうしてきだんだね」

「はい! 地上に帰ったらあいちゅらケチョンケチョンにしてやりましゅ!」


 何度目かの乾杯の後。

 その二人の酔っぱらいの姿をレンズのひび割れた配信ドローンがじっと見ているのだった。

 

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