第6話 思わぬ悲劇と仮契約
そして酔いに任せてお互いの苦労話に花を咲かせることしばらく。
これまでのストレスを発散するように騒いでいた初音ちゃんが、空になったコップを見ながら、初めて自分の本心を呟いた。
「今までは我慢できましたけど、正直、事務所辞めたいです」
状態異常【酩酊】の効果なのか。ぽつりぽつりと眠たげに事務所の裏事情を話し始める初音ちゃん。
話をまとめると、どうやらここ最近の彼女の運任せなダンジョン配信は事務所の指示で強制されていたらしく。元々、戦いがメインの攻略配信は好きじゃないようだ。
「もっと地味な配信でもいいから、みんなとわいわい新しいものを探して、楽しみを共有できればそれでよかったんです」
でも固有スキル【女神の幸運】を得てしまったことで、初音ちゃんの配信人生は大きく変わってしまったらしい。
「えっと、わたしは個人だからわかんないけど、事務所の配信ノルマってそんなにきついの?」
「それもあるんですけど、一番はプライベートの時間が少なくなってきて」
あーそうか。
人気配信者ともなれば、私的な時間なんてほとんどないか。
「配信は楽しいですし、なんだかんだリスナーのみんなも応援してくれるから頑張れてますけど、やりたくもないダンジョン攻略で往復するのがつらくて」
どうやら今のアパートはほとんど寝るだけの場所になっているらしい。
わたしもブラック企業で働いてたからわかる!
やりたくないことやらされるのって辛いよね。
「せめてこのアパートみたくダンジョンの中に拠点とか作れたらいいんですけど……」
「うーん、だったらさ。初音ちゃんもここに住んじゃうとかいいんじゃない?」
「え⁉ いいんですか!」
酔っ払いの戯言で片づけるつもりが、目を輝かせて、本気で詰め寄られた。
あんまりにも反応が良くて、何度も頷けば、なぜか逆に初音ちゃんが慌てている。
「え、でも、この場所を秘密にするため配信者には貸し出せないとかあるんじゃないですか」
いや普通に配信してるから別に、秘密にしてるとかそういうのはないね。
むしろ住んでくれるのなら、こっちがありがたいくらいなんだけど。
「ならお願いします! わたしに部屋を貸してください!」
えーっと本気?
ここダンジョンの中だし、結構不便だよ?
だけどさっきの事務所のやり方を聞く限り、このままってのもかわいそうだし
「よし、そこまでいうんだったらお姉さん、はりきって案内しちゃうぞー」
「それじゃあさっそく内装見てみよっか?」といえば、酔っているのか「はい!」と元気のいい返事が返ってきた。
そうしてノグチに介抱してもらいつつ、隣の『202号室』を案内すれば、初音ちゃんの口から歓喜の声が上がった。
「うわぁ、思った以上に広いんですね!」
「間取りはだいたいわたしの部屋と同じで、ここがキッチンで、ここが配信用の部屋。で、ここがお風呂ね。そしてこれが――」
「大容量型のアイテムボックスじゃないですか⁉ こんなものまであるんですか⁉」
「そうだよぉ。ダンジョン配信者のために高いお金かけてリフォームしたからね。配信環境は完璧だよ」
配信のために自分の工房を作るもよし。
のんびり過ごすための第二の拠点にするもよし。
入居者の探索者が、長くわたしの懐にお金を落として、好きなことができるようにあらゆるオプションをつけてもらった特別仕様だ。
「それにすごく片付いてますね」
「ふふーん当然だよ! なにせ全部屋ノグチが掃除してくれるからね」
「え、夏目さんが管理してるんじゃないんですか?」
「わたしがぁ~? いやーないない。そんな面倒くさいことできないもん。こういうのはぜんぶノグチに任せるのが一番なの」
そういって同意を求めれば、ヤレヤレとばかりに首を振るノグチ。
まぁわたしも最近、何か手伝った方がいいかなーとは思い始めてるけど、やる気が起きないんだよね。
「とにかく! わたしとしては入居者大歓迎だけど、初音ちゃんがここに住むつもりならいくつか条件があります」
「条件、ですか」
「そんなに難しいことじゃないよ。これさえ守ってもらえたらいいから」
そういってノグチがエプロンポケットから【タイヘイ莊ぐらし三か条】と書かれた紙を初音ちゃんに手渡した。
一つ。アパート暮らしはみんな仲良く。
二つ。周りに迷惑を掛けない。
三つ。困ったらみんなで助け合う。
「え? これだけですか⁉」
「うんいまのとこそれだけだねー、家賃はそうだなーこのくらいかな」
そういって少し吹っ掛けるつもりで10本の指を立てれば、その金額に、初音ちゃんから愕然の声が上がった。
あ、やっぱり高かった?
「逆です! このセキュリティーで、この価格は安すぎますよ!」
「え、そうかな?」
電気ガス水道はダンジョンの魔力で補充されるから、経費かからないし、場所が場所だからこれでも吹っ掛けた方なんだけど。
「それと入居者特典としてねー、いまならおまけにノグチを触り放題もつけちゃおうかなーって考えてるんだけど」
「はい、入ります! 入居させてください!」
「はいはーい、入居者第一号ごあんなーい。それじゃあこちらが契約書になりまーす」
ノグチのエプロンから取り出した契約書を出せば、初音ちゃんがきれいな字でさらさらサインする。
そして、ある項目を見て手が止まった。
「あの、夏目さん。ここまで来て申し訳ないんですけど、その――いまハンコ持ってなくて」
あー、そうだよね。ダンジョン攻略にハンコはいらないよね。
「それじゃあこの部屋は初音ちゃんの名前で登録しておくから、ハンコは後でいいよ」
「え、いいんですか?」
うん。どうせこのエリアに来る人少ないし。
とりあえずお試し期間ってことでハンコはまた今度持ってきてよ。
「はい! やめたときに持っています!」
そういって力強く宣言する初音ちゃん。
どうやら人気配信者が事務所を辞めることを決意するほど、うちのアパートは魅力的らしい。
(この分ならあっという間にうちのアパートも埋まりそう)
「ふへへへそっか。それじゃあ善は急げだね。今日はもう遅いし、ここで休んで明日ノグチに送ってもらいなよ」
「え、いえいえいえ、そんなそこまでご迷惑になるわけは」
そんなボロボロの状態じゃ帰れないでしょー。
初音ちゃんはもう私の大事なお隣さんなんだから遠慮は無用だって。
「いや、でも地上まで二週間くらいかかるんじゃ――」
「大丈夫だいじょぶ。ノグチならあっという間に送って、くれる、かりゃ――」
あれ? なんだか目蓋が重くなってきたぞ?
ふらふらとしたかと思えば、わたしの視界がゆっくりと暗転し――
◆◆◆――初音カスミ視点
「夏目さん⁉ ちょ、だいじょうぶですか!?」
「にゃう」
急にふらついたかと思えば、夏目がフローリングの上に倒れ伏した。
スース―気持ちよさそうに寝息を立てているあたり、どうやら限界だったらしい。
すると、いきなり爆睡し始めた主を見下ろすノグチさんの口から大きなため息が漏れたかと思えば、てきぱきと手際のいい介護が始まった。
やぱりノグチさんって普通の使い魔じゃないよね。
相当知能が高いのか。お布団まで敷き始めた。
「て、手慣れてますね」
『ご主人は酔うといつもこんな感じ』
どうやら筆談もできるらしい。
本当にいったい何者の?
でも――
「あ、あの、本当に送ってもらって大丈夫なのですか?」
「にゃう!」
任せろとでも言いたげに胸を叩くノグチさん。
そしてふっかふかの布団に寝かせてもらい、後日、わたしはノグチさんのふわふわの背中にのせて送り届けてもらった。
地上まで二週間以上かかる道のりを一時間足らずってどんな魔法だろう。
いま思うとぜんぶ夢だったんじゃないかと思うけど、お土産とばかりに新品のアイテムポーチに持たされたご馳走の数々が、これが現実であることを証明していて、
「あ、そうだ。事務所に連絡しなきゃ!」
ふと真っ先にやるべきことを思い出し、スマホを使って事務所に連絡を取ろうとしたところで充電が切れているのに気が付いた。
(あれ? 配信ドローンが壊れただけでスマホのバッテリーはまだ半分くらい残ってると思ってたんだけど?)
まぁ、ダンジョンにいたんだ。こんなこともあるか。
リスナーのみんなにいろいろ話さないといけないこともあるし、新しい報告もある。
とにかく今は一刻も早くすべての問題を片付けて、またあの二人に会いたいという思いだけが初音の心を占めていて、
(ふふっ、なんだかアカデミー時代に戻ったみたい)
いまなら何でもできそうな気分だ。
「とりあえず、もろもろの報告が終わったら、壊れた配信ドローンを新調かな」
そして今後の予定を決めた初音は、事務所が契約している探索者寮に帰宅するなり、生存報告も兼ねてPCを立ち上げたところ。
「え、うそ、なにこの切り抜き⁉ まさか配信ドローン壊れてなかったの⁉」
配信ドローンは壊れていたのではなく動作不良を起こしていただけだった。
その事実に気づいたときにはすべてが遅く。
その配信にバッチリのってしまった恩ある管理人さんに対する書き込みの数々を見て、初音は声にならない悲鳴を上げ、慌ただしくPCを操作すると、
「釈明、いそいで釈明しなきゃっ!」
だけどその配信はさらなる炎上騒ぎを招くこととなり。
結果。その配信はのちに『使い魔伝説の始まり』として配信界隈で語り継がれ。
奇しくも【音澄ハツカ】が掲げていた『幸運に頼らず自力ですっぱ抜いた配信』という目標は、過去一でバズった炎上暴露動画となって、配信ランキングのトレンドを総なめにするのであった。
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