第4話 初音カスミの災難(下)
順調にダンジョン中層まで進んでいく攻略配信。
今日のところはこのまま終わるのかに思えたダンジョン配信の最中にアクシデントが起こった。
余裕とばかりにダンジョンで別企画を始めだした先輩リーダーのパーティーが、転移トラップを踏みぬいたのだ。
転移陣から光が上がり、避けようと思った頃には、初音たち攻略組は気づけば、濃い瘴気の漂うエリアにいた。
「ここはもしかして未発見の下層エリア!?」
『下層エリア】
そこは、現在では攻略不可能とされている場所だ。
今回の【攻略配信】は元々下層エリア攻略に向けた配信だが、当初の予定では【上層エリア】から【中層エリア】へと段階を踏んで配信していくはずだった。
(いきなり下層エリアは、完全に予定外だよ!!)
初音もダンジョン配信者だ。
これまでに危険なエリアを探索してきたが、まだ下層にもぐったことはない
案の定、コメント欄は混乱に満ちていた。
”あれ、ここ中層じゃなくね?”
”もしかして最前線に転移?”
”おい補給組はどうした”
”地上からの合流でも戻るのに二週間はかかるぞ!?”
滝のように荒れるコメント欄。
これは対処不可能と判断し、「ちょ、ちょっと待ててくださいね」と視聴者に断りを入れると、初音はいったん配信をミュートにして、一か所に固まる先輩パーティーに合流する。
「やっぱり後方支援のパーティーとはぐれたみたいです。配信は一時中断して撤退しましょう」
ダンジョン配信にアクシデントはつきものだが、限度はある。
なにせ【攻略配信】は、遠征と言われるほど過酷なものだ。
前衛となる攻略組と後方支援組の二組に分かれて行動するのが常識で、下層にたどり着くだけでも長い間ダンジョンに潜り続けることになる。
物資の補給や支援を行う後方支援組とはぐれた今、攻略成功率はほぼないに等しい。
「ここは無理せず撤退しましょう。ここで無理してもいいことありません」
「ふざけるな! ここまで来るのにどれだけの装備と金をかけたと思ってんだ! 誰が何と言おうと後方支援組が到着するまで攻略を続けるぞ!」
「で、でも、補給物資がないんですよ? このまま攻略したところで失敗するだけじゃ――」
「俺たち『チームタソガレ』はお前と違って後がないんだよ。結果を納めたら事務所が全面的に俺たちを攻略組として認めてくれるんだ! そう簡単に諦められるか!」
「そうだ! このチャンスを逃してたまるか」
そんな無茶苦茶な。
「絶対に撤退しないからな。ひとりで帰ったら契約違反で事務所に訴えてやるぞ」
「そんな――」
配信外で見せる横暴な態度に、たまらず絶句する。
でもコラボである以上は、チームの方針に従うしかない。
アカデミーを卒業したばかりの新人配信者である初音は、戦闘面ではまだ彼らに守ってもらわなければまだ活躍できないのだ。
しかし、後方支援組の手厚い支援のない探索がうまくいくはずもなく。
結果、思うように取れ高が取れず、しびれを切らした先輩たちが、無理に攻略を進めたせいで、エリアボスの縄張りに踏み込み、戦闘になった。
「べ、ベノムドラゴンだと。なんで深層にいるはずの化け物がこんな場所にいるなんて聞いてねぇぞ!」
「くそ! 強すぎる」
「おい、解毒ポーションはもうないのか⁉」
「GYASYAAAAAAAAAッ」
巨大な魔力が威圧感となって全身を襲い、吹き飛ばされる。
なんとか戦ってみたけど急増のパーティーじゃ勝てない。
このままじゃ全滅だ。
「みなさん。ダメですここはいったん撤退しましょう!」
後方支援組が作った【脱出ラクリマ】をアイテムポーチから取り出す。
これ一つ100万とかなり高価だが、命には代えられない。
このことを事務所に報告して、深層への挑戦はまた今度にすればいい。
そうして【脱出ラクリマ】を起動しようとしたとき、不意に初音の背中に冷たい衝撃が走り、
「へっ、悪ぃな」
袈裟懸けに後ろから初音を切りつけるリーダー先輩の姿があった。
「え――?」
武器の刀を振りぬいたリーダー先輩が見え、背中から切られたとわかった頃には、【脱出ラクリマ】は先輩たちの手の中にあった。
「どう、して――」
「悪いなハツカ。俺たち【脱出ラクリマ】持ってないんだよ」
「大型新人のために俺たちベテランが死ぬのはちょっとな」
「配信ドローンがぶっ壊されれてほんと助かったぜ。まぁ予定通りだけどな」
下卑た笑みを浮かべる先輩たちの言葉に、ハッと気づく。
もしかして悲劇を作るために、わざと無理な攻略をしたの!?
「おいおいそんな目で見るなよ。言ったろ? 取れ高が必要だって」
「そうそう。俺たちは悲劇の英雄になってやるから、俺たちが迎えに来るまでせいぜい生き残ってくれよ」
「まぁその時まで生きていたらだけどな」
「待って――!」
まさかの同じ事務所の配信者が裏切り。
【脱出ラクリマ】を取り返そうとしたときには、先輩たちの姿が消えた。
「そんな……」
【脱出ラクリマ】どころか【アイテムポーチ】まで奪われ、生存は絶望的。
証拠となる配信ドローンは壊れて使えない。
「……ここまでなの」
長い身体をくねらせ、初音を見下ろすを見つめるヴェノムドラゴン。
その牙がシャッと空気を切り、もうダメだと諦めかけたとき。
ヴェノムドラゴンの動きがとまり、ダンジョンの奥からどこかで聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。
ドドドドドドドドドッと土埃を上げて『何か』がこちらに近づいてくる。
そして、何事かと目を見開けば――
「にゃーっ!」
「GYA GYASYAAAAAAAAAAAAAAAッッ!?」
「え? 猫ちゃん?」
はじめは恐怖をごまかすために癒しを求めたが初音の見せた幻覚かと思った。
しかし、ズキズキ痛む額が、これは幻覚じゃないことを教えてくれる。
それもただの猫じゃない。
エプロンをつけた大きな猫がヴェノムドラゴンに飛びついたかと思えば、器用に前足を使ってボコボコにし始めたのだ。
相手は邪毒竜ヴェノムドラゴン。
アカデミーで習う深層に住むとされている伝説の怪物のはずだ。
それなのに、エプロンをつけた猫が現れた瞬間、ヴェノムドラゴンは猫が来た方向とは逆の方へ、鳴いて逃げていった。
「な、なんだったのいったい」
Sランクパーティーでも死を覚悟するヴェノムドラゴンをあんな簡単に追い払うなんて。
「すごすぎる」
ポツリとつぶやけば、二足歩行で起立する『猫さん』がこっちを見た。
しまった。油断した。
ここはまだ解明されていないダンジョンの深部。
毒で武器が溶かされてしまった今、初音に戦うすべはない。
今度こそ、終わりか。
そう諦めかけたとき――
「にゃう」
エプロンからポーションらしきものを差し出された。
「あ、あのこれ、わたしに?」
「にゃう」
肯定らしき頷きが返ってくる。
恐る恐る、赤色のポーションを飲んでみると見る見るうちに傷が治り、体を蝕んでいた毒が消えていくのがわかった。
ハイポーションじゃない?
「これ、もしかしてエリクサーじゃ」
「にゃうう」
「わ、ちょ――あ、あのいったいなにを」
「にゃ?」
突然おんぶさせられ、初音は驚きの声を上げた。
敵意がないのは見ていてわかる。
どうやらどこかに案内してくれるらしい。
どこに連れていかれるんだろうと不思議に思っていると、初音の目に信じられない光景があった。
「うそ」
それはサッカーグランド一つ入りそうなほど大きいエリアがあった。
モンスターはいないのか、ダンジョン特有の殺気じみた緊張感がここにはない。
いままで見たこともないほどゆとりある空間がそこにはあった。
しかもそれだけじゃない。
(なななな、なんでこんなところにアパートがっ⁉)
まるでこのエリアの核とでも言いたげに、堂々とエリアの中央に鎮座する新築アパート。
どうやらこの猫さんは、このアパートの住人らしいけど、もしかしてここは――
「セーフティエリア」
聞いたことがある。
ダンジョンには、稀にモンスターの生息しない安全地帯があるって。
(まさかこんな攻略最前線にセーフティエリアがあるなんて)
カンカンとアパートの階段を上がっていけば、おもむろに猫さんがインターホンを鳴らす。
すると中からドタドタと慌ただしい足音が聞こえ――、
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