第3話 初音カスミの災難(上)


 使い魔が知らない人を連れてきたとき、飼い主はどうしたらいいだろう。


 誘拐の二文字が頭をよぎり、慌てて思考を振り払う。


 いやいやうちのノグチに限ってそんなこと、

 と思いたいけど、さっき配信やアパートのことでいろいろ愚痴っちゃったからなー。


(まさか、アパートのお客さんになると思って連れてきちゃったとか?)


 ちらっとノグチを一瞥し、その表情を見て黄昏る。

 この顔、してやったりの顔だわ。

 するとどこか緊張気味に正座していた女の子が、震えた声を上げて、唐突に頭を下げてきた。


「あの! 初めまして初音カスミと言います。急にお邪魔してごめんなさい」

「あ、これはご丁寧にどうも、このアパートの管理人の夏目シオリです」


 つられて頭を下げ、自己紹介を返す。

 たぶんわたしより年下なんだろうけど、久しぶりに人に会ったからか。どう対応していいかわからない。


 とりあえず――


「えーとまず落ち着いて、そう落ちついて状況を確認したいんだけど、初音ちゃんはあの攻略系アイドルチャンネルの音澄ハツカちゃんでいいんだよね」

「はい! クズクラ事務所で配信活動させてもらってます」


 はい確定ー。

 これ絶対ちょうどお客さんになりそうな配信者見つけて連れてきた流れじゃないですかヤダー。


 誘拐、拉致監禁の文字が頭に脳裏によぎり、酔った頭が冷えていくよ。


 うう、ノグチよ。たしかに一刻も早くアパートに入居者を入れたいとは言ったけど、配信者を拉致ってまで連れて来いとは言ってない。

 まさかわたしのお願いで、ノグチが犯罪に手を染めるなんて――


「ほんっっと―にごめんなさい!!」

「え、え? あのどうしたんですか?」

「いや、どうしたって、うちのノグチに無理やり拉致られたんじゃ――」

「いえいえ、そんなことないです。むしろ危ないところをこちらの猫さんに助けてもらったくらいで」

「ノグチに?」


 フンスと鼻を鳴らすノグチを見てから、初音ちゃんを見る。

 そういえば、やけにボロボロだ。

 というか、助けてもらうって状況か全く見えてこないんだけど、


「えーと初音ちゃんだっけ。とりあえずいろいろあったんだろうけど一応、なんでノグチに助けられたか聞いてもいいかな?」

「ええっと、実はですね――」



◆◆◆――【初音カスミ】視点



 ダンジョン配信者といえば、大手の事務所と契約している探索者がこれに当たるだろう。

 略して【Dチューバ―】。

 私――初音カスミもクズクラ事務所にスカウトされ、活動する【所属配信者】の一人だ。


 現在は【音澄ハツカ】という名前で活動しており、いまは事務所の社長の命令を受けて最近出現したとされる【第二・東京ダンジョン】の入り口の前に立っていた。


 最近クズクラ事務所は結果を出せていないのか、無茶な配信が多くなってる気がする。

 今回の配信企画もそのうちの一つだが――


(ううっ、事務所に拾ってもらった恩があるとはいえ、まさか新人の私が長期のダンジョン攻略に駆り出されるなんて)


 昔は、ダンジョン配信者は自由だった。

 だけどダンジョン探索が進むにつれ、ダンジョンの重要さが国益になるとわかると、政府から認められた大手事務所はこぞって配信者に成果を求めるようになった。


 結果、配信で得た撮れ高=探索者としての実力、という風潮が出来上がり、今では【配信ランキング】を求めて過激な配信をする人たちが増えるようになっていた。


「それじゃあハツカちゃん、今日も共演よろしく」

「は、はいよろしくお願いします」


 今日はクズクラ事務所で初めてとなる、超規模のダンジョン攻略配信。

 これに成功すればランキングもトレンドも上がること間違いないだろう。


「だけど新人の私がいきなり攻略配信なんて」

「大丈夫大丈夫。俺たちベテランだから、絶対攻略できるって」

「そうそう。なんたってハツカちゃんは探索者の幸運の女神なんだからな」


 同じ事務所の先輩配信者たちの言葉に、初音は愛想笑いを返す。

 大丈夫と言っても、彼らは初音のスキルを期待しているのだろう。


(はぁ、幸運の女神、ねぇ)


 あまりにも重い二つ名だ。

 クズクラ事務所に勧誘され、数々の伝説を打ち出してきたからか、最近事務所でのコラボ配信が増えてきた。

 理由はもちろん、初音がダンジョンで得たスキルが原因だ。


【固有スキル:幸運】


 主に所有者の運がよくなるというスキルで、読んで字のごとくダンジョンにいる間、運がよくなるだけだ。

 もちろんデメリットもそれなりにある。

 だけどダンジョン配信者にとって、これほど取れ高が期待できるスキルはない。


 実際、新人の初音のチャンネルが登録者数70万と成長できたのも、このスキルで貴重な場面を配信でいくつも流せたおかげだ。

 だけど初音はあまりうれしくない。

 

「あーあー、ほんとなんでこんなスキルとっちゃったんだろ」


 偶然宝箱の中にあった【スクロール】で取れたスキルとはいえ、どうせならもっと地味なスキルがよかった。

 私はただ純粋にダンジョン配信を楽しめればそれでよかったのに。

 

(幸運ってだけで、全部アタリなんてつまらないよ)


 初音は、未知の楽しみを求めて、それをみんなと共有したくてダンジョン配信者を志したのに。


 だけどこれもお仕事。

 クズクラ社長にやれと言われれば、やるしかないのだ。


「よーし、それじゃあ配信スタートするぞ」


 そういってリーダー先輩の掛け声で、高らかに攻略配信が始まり、意気揚々とダンジョンに潜れば、固有スキルのおかげか。

 さっそく予定にはない隠し通路を見つけることができた。

 

「先輩! この仕掛けって」

「ああ、隠し扉だ。どうやら最近まで使われた形跡があるな」

「もしかして中層までショートカットで行けるのか?」

「たぶんな。よしハツカ。この調子で頼むぞ」


 そういって、配信を意識してリーダーぶる先輩の言葉に、他の先輩配信者たちがわっと盛り上がる。

 配信者として取れ高を期待するのは正しい。


 初音としては、ダンジョン配信というのは、サクサク攻略すればいいというものじゃないと思っているのだが、


「でもリスナーの期待は裏切れないよね」


 コメント欄を見れば世紀の大発見とばかりにリスナーたちが盛り上がっていた。


”さすが我らの幸運の女神”

”俺たちにできないことを平然とやってのけるー”


 チャンネルも大きくなり、応援してくれる人も増えた。

 自分の思い通りの配信ができなくなったのなら、せめて配信を見て、楽しかったと思えるような攻略配信にしよう。


「うん。私だって配信ランカーだもん。幸運なんかに頼らず、みんなをあっと言わせるような現場をおさえて見せるんだから」


 しかし、初音の願いは叶うことなく――

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