第2話 使い魔のノグチ と 拾いもの
そんなわけで使い魔の猫パンチをお見舞いされることしばらく。
20代も過ぎて畳の上に正座させられるわたしは、使い魔のノグチからお説教を受けている真っ最中だった。
「ううっごめんよノグチ、家事の邪魔しちゃって」
そういって恐る恐る顔を上げて、使い魔の顔色を窺えば、せっかく畳んだ洗濯物を崩されてご立腹なのか、シターンシターンと畳を叩く尻尾の音がやけに凶悪だ。
器用に胸の前で組んだ前足。
猫に似合わぬ、大きな着ぐるみサイズのビックボディ。
ちょっと目つきの悪い無愛想な顔だけど、お気に入りなのかお手製のエプロン前掛けをしているこの二足歩行の三毛猫こそ、我が家の使い魔にしてわたしの最高の保護者ならぬ保護『猫』――ノグチだ。
掃除洗濯から料理まで、ありとあらゆるすべての雑事をおちゃのこさいさいとばかりに器用に片づけてくれる。
おかげでいつも部屋は新品同然で。
ほんっっっといつもお世話になっております。
まさに一家に一匹欲しいレベルの天才猫ちゃん。
ぶっちゃけ、この子がいなかったらわたしの一人暮らしは早々に破綻していたといっても過言ではない。
まぁだからこそ、このアパートには絶対的な格付けが存在するわけで――
(一刻もはやく機嫌を直してもらわねば、わたしの夢の不労所得ライフが終わる!)
そっと秘蔵の猫缶を献上すれば、フンとそっぽを向かれてしまった。
ゴ、ゴールデン猫缶でも機嫌が直らない、だと。
相当ご立腹らしい。取り付く島もなく、わたしはたまらずノグチに泣きついていた。
「うーごめんてぇノグチー、機嫌直してよぉ。家事邪魔したのは悪かったからさー」
「うんにゃ。なーう、なうなう?」
「はい。それはおっしゃる通り、わたしです。いい大人がみっともなく泣きわめいてごめんなさい」
使い魔に、飼い主の心得を説かれ、ガチで心が痛い。
どうやらノグチは、わたしの日頃のだらしなさにご立腹らしい。
使い魔なのに、人並みの生活をこんこんと説くあたり、この使い魔。テイマーのわたしより、真面目なんじゃない?
それでもやっぱり、今回ばかりはわたしは悪くない。
だって――
「ほら、みてよこれぇ、全世界にノグチの賢さを配信しようとしたのに、こんなデカい猫いるわけねぇだろ合成乙って、また信じてもらえなかったぁ。これじゃまた嘘つき配信者って炎上して、誰もアパートに来なくなっちゃうよー」
「にゃあ?」
「なに? だったら地上で働いて見返せばいいだって? ノグチまでそんなこと言うの?」
わたしだって好きで、ここに引きこもってるわけじゃないのに!
「わたしが働かずに幸せな老後資金を得るために、わざわざ借金までしてこのアパート買ったこと、ノグチだって知ってるでしょ!」
「うにゃ」
「だったらその借金を早く返せばいいって? それができたら苦労しないわよ」
というかよくよく考えたら、こんな最悪な物件、誰が入ってくれるってのよ!
ダンジョンに飲み込まれて三年が経ったけど、このアパートに誰かが来たことなんて一度もない。
もったいないし、地上に戻るのも面倒くさいからここにいるけど、このままじゃ借金の利息が増えていく一方だ。
「ううっ、このままじゃ4年前のブラック労働に逆戻りだよー」
借金が返せなきゃ、また労働の日々に逆戻りってでしょ?
ううっ、もう二度と働かずに済むようにわざわざ借金までしてアパートを買ったのにぃ。
「どうしよノグチぃいい。働きたくないよー!」
「ふにゃー」
「ううっ、ぞんなーみずでないでよノグチぃ」
「ふにゃあー」
ふわふわの毛並みをモフモフしながらストレス解消を計れば、鬱陶しいような鳴き声を上げるノグチがやれやれと首を振り、唐突に立ち上がった。
え、なに? どこいくの?
「にゃにゃあ」
「え、ご飯? 食べる食べるー」
先ほどの不安はどこへやら。
ポポーイとスマホを放り投げれば、ふわふわボディに縋りつくわたし。
ダンジョンの中はずっと明るいから忘れてたけど、そろそろ夜の九時を回る頃だ。
道理でお腹が減って情緒が不安定になってるわけだ。
「さーて今日の晩ご飯はなにかなぁーっと」
十畳一間の部屋の真ん中に置かれちゃちゃぶ台にお行儀よく座り、鼻歌交じりで料理を待つ。
「ふふーん。ノグチのご飯。今日のおかずはなんだろなー」
スンスンと鼻を慣らせば、キッチンからジュワッと気持ちのいい音が聞こえてくる。
この肉とタレの焼ける匂い。食欲を刺激するこの芳ばしい香りはまさか――ッ。
コトンとキッチンから戻ったノグチが持ってきた夕食は、予想通りノグチ特製のハンバーグステーキで
「わぁー! 今日はわたしの大好物ばっかりじゃん! え、なになに? 今日ナニカの記念日だっけ?」
「にゃーう」
「どうせこうなると思った? ありがとーノグチぃお前こそわたしの癒しだよぉ」
甘辛いハンバーグを頬張り、白米を掻き込む。
「うーん、やっぱりノグチの作るご飯は最高だね」
あーもう。今日はたくさん頑張ったし、ビールも開けちゃえ。
「不労所得にかんぱーい」
ごっきゅごっきゅと苦い液体を飲み干し、婚期前の女の子が上げちゃいけない声が勝手にこぼれた。
「くぅ~~ッ、このために生きてるのよ!」
働かずに食べるごちそうの、なんとおいしいことか。
さーて次は、おつまみおつまみ。
「お、これは私の大好きなタコワサじゃん。わざわざ獲ってきてくれたの? ノグチもわかってるねぇ」
するとドゴーンと物々しい音と一緒にアパートが横に揺れ、天井に固定した家具がギシギシ揺れ、棚から本が落ちた。
このくらいの地震はいつものことだけど、
「あーもううるさいなぁ、せっかく人がいい気分でよってるっていうのにぃ~」
だーれだ、わたしの至福の時間を邪魔するのはぁ。
ガラッと窓を開ければ、聞き覚えのあるモンスターの声が聞こえてきた。
この声、ヴェノムドラゴンだ。
あいつぅ、また性懲りもなくうちの野菜を狙ってきたなぁ。
この前、ケチョンケチョンになるまで追い払ってやったっていうのに。
「ノグチぃ、ちょっとうるさいのなんとかしてよ」
「にゃあ~」
「自分で行けばいいだろって? わたし、まいにちまいにち配信がんばってるんだよ? 今日くらいノグチが行ってきてよー」
酔った勢いでダルがらみすれば、仕方ないな、と言いたげにため息を吐く愛猫を送り出す。
するとあれだけうるさかった戦闘音も徐々に静かになっていく。
ふーやれやれ、これでようやく落ち着いて晩酌を再開できる。
「おっ、Dチューブ更新されてるじゃん」
そうしてふと、オススメに上がったダンジョン配信を見ながら、なけなしのビールのプルタブを開ければ、そこにはやけにキラキラした格好の女の子が果敢にモンスターと戦う配信が映っていた。
「へーいまはこんな高校生みたいな若い子でも、ダンジョン配信で活躍きるんだ」
登録者数70万人。
新星のダンジョン攻略系アイドル配信者――【音澄ハツカ】、ねぇ。
彼女は今。地上で最も勢いのあるダンジョン配信者らしい。
「うわ、すごい装備。やっぱ大手事務所のダンジョン配信者は違うなぁー」
いったいこの子は何を目的にダンジョンにもぐってるんだろ。
やっぱキラキラした夢とかあるのかな。
(それに比べてわたしは――)
不意に自分のジャージ姿を見下ろし、ダンジョン配信で作っていた自分の虚像の姿を思い出してなんだかおかしくなる。
「ふふっ、素敵なアパートの管理人をめざして配信してるんだから、視聴者にはこんなだらしない姿、誰にも見せられないよねぇ」
特に使い魔にお世話されてるなんてバレた日には、どうなっちゃうんだろ。
だけど大丈夫。ノグチさえついてくれれば、わたしの人生は安泰だ。
「ふふーん。めざせ、配信ランキングナンバーワン、つってね!」
そうしてケラケラと一人で笑いだし、酒の肴がなくなりかけた頃。
玄関のチャイムの音が鳴った。
あれから一時間たったみたいだし、終わったのかな。
それにしてはずいぶん時間がかかったみたいだけど、
「おっかえりノグチー。ずいぶんかかったねぇぇぇええええ?」
酔った勢いで扉を開ければ、その背中には隠れるように高校生らしき少女がいた。
何度目をこすっても、どうやら幻覚じゃないらしい。
このアパートにお客さんが来るなんて、初めてのことだけど
「えーと誰かな、その子?」
「にゃ」
「拾った? え、でもこの子ってあれ、だよね。超人気アイドル探索者の――」
そこには、先ほど見ていた超のつくほど有名なアイドル配信者――音澄ハツカの姿があった。
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