第38話 神話騒動の【おわり】と【はじまり】


 そんなわけで――神話大戦を終えた数日後。


 幻覚どころか本当に角生やしてそうなタマエに『突撃となりの晩ご飯』をされたわたしは、再開早々ドデカい雷を受け、説教を受けてる真っ最中だった。


「ねぇシオリ、私、くれぐれも大人しくしてなさいって言ったわよね」

「ごめんなさい」


 仁王立ちする親友の顔が般若を通り越して仏顔で、めっちゃ怖い。

 無事、事件を解決できたけど、魔族との殴り合いに発展するまでの過程を報告するのを忘れたのがいけなかったらしい。


 たしかにあのクソメガネをぶっ飛ばして満足しちゃったわたしがいるのは事実だけど、


「で、でもさタマエ。黒幕もやっつけてみんな無事だったからもういいじゃん」

「ふーん、これを見ても無事だって言えるの」


 カシャンと、なにかをカウントするような幻聴が聞こえ、タマエのスマホを受け取れば、そこにはいくつも切り取ったようなトレンド記事が張り付けてあった。


”ダンジョン崩落事件の真相はいかに⁉”

”企業の悲鳴! アイテム経済崩壊の兆しか‼”

”やってくれたなあの魔王”


 最後の方は、ほんと経済界の誰かの叫びを代弁したような、タイトルだけど


「え、なにこれめちゃくちゃ炎上してない⁉」


 わたし、これでも魔族の手から世界を救う偉業を成し遂げたんだよ?

 なんでこんなに燃えてんのよ!


 戦いの余波でスマホが壊れ、ここ最近、掲示板にアクセスできなかったが、あの戦い以降、SNSでは連日お祭り騒ぎ。

 素材が取れなくて各企業も悲鳴を上げているみたいだけど――


「ふふ、シオリ? どうやら私と貴方の間で、平穏という言葉の意味をもう一度、確認しなおさなきゃならないみたいね」


 い、いやー、でもさ。

 ダンジョンを全部吹っ飛ばしたのはわたしだけのせいじゃないし! 

 地上にはほとんど影響がなかったって書いてあるから、一応、平穏って意味じゃ間違ってないと思うけど――


「せっかく固めていた勢力図が貴女の暴走でめちゃくちゃ。逃げ場のないマスコミを巻きながら今日まで私がどんな思いで関係各所に謝罪行脚してきたかわかってるわけ? ああん?」

「いひゃいいひゃい! しゅが、しゅがでてるかりゃ!」


 最後の仏カウンターが降り切れ、鬼の形相で頬を引っ張るタマエ。

 いま筋肉痛で腕上がんないんだから! ちょっとは手加減してってば!


「ううっ、でもわたし達の目標は達成できたんだし、面倒な風当たりもなくなったんだからよかったじゃん!」


 そう、わたしたち【ウチネコチャンネル】はついに念願の配信ランキング100位を達成することができたのだ。


 あの魔族との闘いがニュースになっていることからわかるように、あの激しい八つ当たりは配信ドローンによって世界の知るところになったらしく。

 日本だけでなく、海外からの登録者がめちゃくちゃ増えたのだ。


 いまや【ウチネコチャンネル】は国境を越え、世界デビューを果たしたようで。

 その輝かしい目標達成をあの忌々しいヘンタイに伝えたところ――


『ああ、あれは先輩を焚きつけるための嘘だったんですけど、ほんとに達成したんですね。さすが夏目先輩です。おかげでテイマーと使い魔の在り方が見直されてほんと助かりました』


 と生意気にも笑顔で流しやがった次第だ。

 腹が立ったので、「今度、みんなでノグチさんと食事でも」と性懲りもなく食い下がってきたので即切りしてやったけど。


「ねぇ、タマエはあのヘンタイの言葉を聞いてどう思う」

「ヘンタイの思考が常識人の私にわかるはずないでしょ。体のいい条件でノグチを奪おうとしたかと思えば、あの事件以降、ノグチを擁護するために会見を開いて記者団どころか世界政府を黙らせたのよ? ランカーの条件が嘘じゃないとしても、使い魔好きの度を越えてるでしょ」


 だよねー

 背後関係は不気味だけど、あの記者会見のおかげで、ノグチが討伐対象にならずにすんだのは確かなんだよね。


 まぁ、あの戦いを見てこれ以上のグチにちょっかいを出すバカはいないと思うけど――


「まぁノグチの生出演と活躍のおかげで、使い魔とテイマーの在り方が見直されたんだし、向こうは満足なんじゃない?」


 クズクラの悪行が明るみになった以上、これ以上ノグチ争奪戦は起こらないというのがタマエの見解だった。


 魔族の出現に政府公認の大手配信事務所――暗部の露見。

 それに伴い、クズクラ社長が精神的に操られていたことが発覚し、世間は大騒ぎになり、ノグチの秘密どころではなくなったらしい。


 有名になることを引き換えに後ろ暗いことをやっていた配信者も多かったようで、クズクラ事務所は事実上の廃業が決定したそうだ。


「それにしても配信ドローンにはホント感謝だよね。まさか本当に配信してたなんて思わなかったよ」

「ほんと、あの子には感謝しなさいよ。初音ちゃんが機転を利かせてくれなかったら、貴女、幼女誘拐で今度こそ終わっていたんだからね」

「はーいわかってるって、『二人』には感謝してるよ」


 どうやら、配信者としての心構えの違いか。

 わたしが連行されている間に初音ちゃんが配信ドローンを起動していたみたいで、事件の一部始終が全世界に公開されていたらしい。


 下手をすれば、公務執行妨害で逮捕案件だ。


 でもそのおかげで根岸が黒幕だということもわかったし、チャンネルもアカバンされずに済んだ。


「だからさ。ぜんぶうまくいったし、めでたしめでたしでいいじゃん」

「アンタは好き勝手暴れて満足でしょうけどね! ヘンタイの会見以降こっちは後処理やらマスコミの対応やらで寝不足よ!」

「だから悪いと思って、こうしてノグチに頼んで避難場所に呼んだんじゃん」


 それなのに再開早々、お見舞いと称して説教するなんてタマエは少しやさしさが足りないと思う。


 そうやってタマエとじゃれあってると、キッチンに引っ込んでいたノグチがご飯を持ってきてくれた。

 食卓に並ぶのは、ぜんぶノグチ特製の回復料理。

 さっさと復活しろと言わんばかりに、栄養満点の食材や激烈に消化のいいおかずが並んでるけど――


「え、えーとノグチさん? なんかここ最近やけに豪華というか、ハイカロリーなおかずが多いような気がするだけど」

「それは仕方ないんじゃない? この子、戦いが終わって貴女を介護するのがすごく楽しみにしてたみたいだし」

「いやでも多すぎるって! これ絶対、二十人前くらいあるって!」


 絶対『一食』にカウントしちゃいけない量だよッ⁉


「あんだけ派手に暴れて、最終兵器のお酒まで飲んで本調子じゃないんでしょ? 文句言わず食べなさいよ。それともまずくて食べられないっていうの?」


 いやおいしいよ?

 おいしいけどさ。こんなに食べたら体重が――


「配信者になる前から、グータラ怠惰な生活送ってきたんだし、体重の増減なんていまさらでしょ。迷惑をかけたお詫びとして、ノグチの介護に甘んじておきなさい」

「にゃう!」


 こ、肥やされるッッ!


「いやーっ! 体重は乙女の命なんだよ! 太るってわかってて食べなきゃいけないなんて絶対嫌ッッ!」


 悪い笑みを浮かべるタマエに便乗して顎をしゃくれば、使命感を持ったノグチが深々とうなづく。

 だけどはしゃぎすぎた反動で、筋肉痛で体が動かず、問答無用で料理を口に突っ込まれた。


「ううっ、お相撲さんになっちゃう」

「ふっ、いい気味ね。それで、ここからが本題なんだけど、本当に逃がしてよかったの?」

「なにが」

「初音ちゃんのこと。せっかく契約者一号になったのに、契約を一度白紙にするなんて」


 ああ、そのことか。

 クズクラ事件解決の後。

 初音ちゃんがアパートの仮契約を解除してほしいと申し出てきたのだ。

 わたしとしてはアパートの所有をめぐるイザコザも解決したし、晴れて初音ちゃんをお隣さんとして向かい入れられると思ったんだけど――


「まぁあんな事件が多発するようじゃ、誰だって考えちゃうわよね」

「うぐぅ」


 そう、要はこの短期間で事件を起こしすぎてしまったのだ。

 例のオトリ事件から、大炎上。催眠騒ぎ。とここ一か月だけでも事件を上げればきりがない。


 しかもこれらの事件のほとんどに初音ちゃんが関わってるからたちが悪い。


 なにより――


「催眠状態とはいえ、ナイフでシオリを刺したのが配信で流れたのはやっぱりまずかったみたいね」

「うん」


 何度も言うがよほどの正当防衛でない限り、探索者同士の刀傷沙汰はご法度だ。

 被害者とはいえ、いまも病院で検査入院中のさなか、取り調べが続いているそうだ。


 わたしだって話題に上がるたびに、お隣さんが面倒ごとに巻き込まれるアパートなんて住みたくないよ。

 そのうえ掲示板ではわたしがすべての黒幕だって騒ぎ出すし、


「わたし、ただのんびりと過ごしたいだけなのに、呪われてるのかなー」

「まぁ、その気持ちはわかるけど、あんだけ執着してたのに初音ちゃんとの契約をあっさり手放すなんてどういう風の吹きまわし? シオリのことだから、不労所得がーとか言って、誘拐くらいしそうなものだと思ってたけど」

「いやー、だってあんな必死な目で言われちゃさー」


 どうやら今回の事件を経て、どうしても自分のチカラでやりたいことができたらしい。

 いつになるかわからないけど、それまで、契約は待ってほしい言われてしまったのだ。


 健気だけど、今までクズクラの詐欺契約に縛られてやりたいことができなかった初音ちゃんだ。

 そんなふうに言われたら、お姉さん、応援するしかないじゃんッッ!


「ううっ、でもタマエの言う通り警察のメンツなんて放っておいてすぐさま助けに行けばよかったかな。でも若者の決意を邪魔するのも気が引けるし」

「そんなに手放したくないのなら、無理やり自分のものにしちゃえばよかったじゃない」

「ほぼ涙目で言われたんなだんだよ! いくらわたしが守銭奴でも、んなことできるわけないでしょうが!」


 それに――


「あの子が自分で選んだったならわたしは待つよ。何年かかるかわかんないけど」


 そう、最後にこのわたしのお隣さんになってくれればよいのだッッ!


「はぁ、初音ちゃんも初音ちゃんなら、貴女も貴女ね。律儀が過ぎるというか、失うのが怖いなら、大人のメンツなんて投げ捨てて、いつも通りいかないでって泣きつけばいいのに無理しちゃって」


「――まぁ、今回はその心配はなさそうだけど」というタマエの言葉に、わたしはたまらず首を傾げた。


 うん? それってどゆこと?


 すると、まるでタイミングを見計らったかのように、玄関のインターホンがピンコーンと鳴り、わたしとノグチたまらず顔を見合わせた。


 え、もしかして――。


 筋肉痛も忘れて、慌てて布団をひっぺ返し、ドタドタと玄関の扉を開け放つ。

 するとそこには出会った頃と、打って変ってどこか安堵したようにわたし達を見上げる少女がいて――、


「初音ちゃん? どうしてここに?」

「どうしてって、そんなのちゃんと契約しに来たからに決まってるじゃないですか」


 へ? 契約?

 事件の捜査協力で長引くんじゃないの?

 

「わたしてっきり数年単位で会えないこと覚悟してたんだけど――」

「あ、そうです。それが聞いてください! 私が退院した瞬間、事件の全容がまとめられた証拠が警察に送られて、私の無罪が証明されたんです!」


 捜査が終わった? あれだけ盛大な悪事が暴かれたのに?

 絶対何らかの介入があったのはわかり切ってるけど


「それならそうと、わたしに一言連絡してくれればノグチを迎えにやったのに」

「もう! 夏目さんったら。そのお気遣いはうれしいですけど、私、このアパートのお隣さんになるんですよ? アパートの行き来くらい自分で来れるようにならなきゃダメに決まってるじゃないですか」


 え、それじゃしたいことって――


「自分の足でタイヘイ莊に来ることに決まってるじゃないですか。約束通り、ハンコも持ってきましたよ! これで今度こそ正式にタイヘイ莊のお隣さんになれるんですよね?」


 そういってハンコを誇らしげに見せ、どんな契約書に堂々とハンコを押す初音ちゃん。

 改めて赤い判で押された契約書を見つめ、こみ上げる思いで少しばかり大人びた少女を見れば、初めてであった頃より親しげな笑みを浮かべて初音ちゃんがこういった。


「今日からよろしくお願いしますね夏目さん! ノグチさん!」


◆◆◆


これにて『ノグチさんと夏目さん』の物語、第一部ひとまず完結しました!

ここまで応援してくださった読者の皆様、温かい応援コメント本当にありがとうございました。


本作は三部構成で完結する予定で

第二部の現在執筆中なので、更新はもう少しお待ちいただけると嬉しいです!


また、新しく執筆中の『宝くじに当たった少年、配信事故をやらかし、これまで馬鹿にしてきた配信仲間をお金と亜人っ娘のチカラでざまぁする配信もの』

https://kakuyomu.jp/works/16817330667273238677

も連載中なので、本作とは違った配信ざまぁに興味があれば

本作の更新の間に楽しんでいただけると嬉しいです!

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【悲報】配信切り忘れで、使い魔にお世話されてるダメ人間だと視聴者バレして大炎上したアパート管理者、飼い主じゃなく使い魔がめっちゃバズりしてる件について 川乃こはく@【新ジャンル】開拓者 @kawanoue

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