第25話 それゆけ! スライムパン!

 そんなわけで、チャラ男爆殺! なんて配信事故が起こるはずもなく。

 奇跡的に助かったチャラ男三人衆はというと、


「お、おお前らなんかに助けられなくても、俺たちで何とかできたんだからな!」

「でも一応お礼は言っとく、マジでありがとうございました!」

「この借りは必ず返す! 覚えておけよ!」


 そんな昭和の悪党のような捨て台詞を吐き、生まれたての小鹿のように足を震わせ、走り去っていくチャラ男三人衆。

 ノグチの実力を再確認したからか。

 そうそうにわたしに絡むのはやめてくれたみたいだけど。


「最後までなーんか憎めないんだよね、あいつ等」

「にゃう」

「あ、やっぱりノグチもそう思う?」


 なんで迷惑系なんてジャンル選んでるんだろ。

 

「ま、配信事故にならなくてほんと助かったかな」


 こんなところで変な情報流されて、炎上したら大変だもんね。


「まぁというわけで、いろいろイレギュラーはあったけど、このスライムの身体を使って、さっそく調合の準備に取り掛かろっか」


 そういって配信ドローンに笑いかければ、背後にある山のような半透明な球体――エンペラースライムを何度か叩いた。

 ノグチの猫パンチによって上空で爆散したけど、あれは漁業で言うところの『活〆』ってやつで、まだ完全に死んだわけじゃない。


 コメント欄を見る限る、これがどういう食材に変わるかみんな興味津々のようだ。


「それじゃあ視聴者にみんなの期待に応えるため、ノグチ、調合の下準備よろしくね」

「にゃう!」


 あ、もちろん、今回はわたしも手伝うよ?

 なにせエンペラーって名前だけに、かなり大きし。


「さーて、それじゃあまずスライムの核を除去するため、表面全体に塩をもみ込んでいきまーす」


 使うのはもちろん、このダンジョンでとれた岩塩!

 

(私物の塩を使うのもいいけど、やっぱり身近なものを使って調合できた方がいいもんね)


 そうしてブヨブヨしたスライムの身体に刷り込むように、岩塩をまぶしていく。

 このブヨブヨした触感。いつ触っても楽しいけど、


(さてさて、コメント欄の反応はっと)


”さらっと流してるけど、エンペラスライムやぞ。そんなもんで倒せんのか?”

”いや、ナメクジじゃないんだから無理だろ上皇”

”岩塩で危険度Aランクをあっさり倒せたら苦労しないってえええええ!?”

”魔石化しないだと!?”

”なんで体のこってるんだよ!”


 ドロッと形の崩れたスライムを見て、驚きの声を上げる視聴者たち。

 うん? みんな、なにそんな驚いてるの?


「スライムって塩で魔核が壊れるもんでしょ?」


”いやいや、そんな常識でしょって顔されても困るんだが”

”ふつう倒した瞬間、水になって、魔石に変わるんだぞ”

”だからスライムの素材は市場に出回らないわけで”


「へーそうなんだ」


 わたし、アパート探索のとき、よく食糧尽きてスライムに塩ぶっかけて、エナジーゼリーの代わりに食べてたから、これが普通だと思ってたんだけど。


 そういってキョトンと首を傾げれば、衝撃を受けたように一瞬フリーズするコメント欄。


”なん、だと”

”いやでも、海岸エリアでスライム見たことなかったような”


「そうそう、あそこは潮風が吹いてるからスライム取れなくてほんと苦労したんだよねぇ」 


 そうして雑談も交えて、エンペラースライムの脱水具合を確認すれば、あれだけネチョネチョした粘膜が取れ、つるりとかたい感触が指先に伝わってくる。


 うん。いい感じに脱水できたかな?


「こうしてよく塩をもみ込んでヌメリを取ったら、軽く水で洗い流して次にエンペラスライムの被膜を乾かすために、火の魔石で作った瞬間乾燥材を使って水分を抜いていくね」


 あ、ちなみにこのヌメリは、化粧水の材料になったりするんだけど、その調合はまた今度ってことで。


 ちなみに、この【瞬間乾燥剤】は大きすぎるエンペラースライムを手っ取り早く乾燥させるために使ってるけど、これはあってもなくても調合自体に問題はない。


「ただ後々の調理工程で、焼いたりするから、わたし的には入れた方がいいかな」


 そういって瞬間乾燥剤をドバーっとエンペラスライムに振りかければ、案の定、それを見た視聴者から即座にツッコミコメントが飛んできた。


”おいそれ、お菓子とかについてくる食べられない奴!”

”そっか、瞬間乾燥剤って食べ物だったんだ”

”俺ちょっと舐めてみよっかな”

”おい、マジで試すのやめとけよ! ガチで体の水分持ってかれるんだからな!”

”ひえ⁉ 水分たっぷりなスライムがマジで一瞬でミイラになった件について”

”瞬間乾燥剤、マジやべぇ”


 そそ、これはあくまでスライムに適した調合だからできることであって、干物とか作る以外で試すのはおすすめしないかなー。


「そして、最後に乾燥したこのカチカチなスライムの干物を粉みじんにするんだよね?」

「にゃう」


 そういって頷くノグチが、カピカピになったスライムの破片を、ゴリゴリと降ろし器でチーズを下ろすみたいに粉末状にしていく。


「これで小麦粉の代用品。スライム粉の完成!」


”は? もうできたの?”

”おおっ、この青い粉末が新しい食材か!”

”見た目は毒々しいけど、スライムの素材って初めて見た!”

”スライムって乾かすとこんな風になるんだな”


 うんうん。

 あとはパンを作る手順で、回復ポーション入れて、練って火にくべれば――


「じゃじゃーん。スライムパンの出来上がり!」


 そういってもわっと蒸気の上がる空色のパンを配信ドローンに掲げて見せれば、コメント欄が沸き立った。


「見た目はちょっと空色だけど、瞬間乾燥剤使ってるからあっという間に出来上がるんだよね」


 見てよこのモチフワ具合! 赤ちゃんのほっぺみたいでしょ。


”すげーーー!”

”マジであっという間にできた!”

”即席ラーメン並みのお手軽さじゃん”

”ダンジョン飯に今革命が起きた!”


 ふふーん、そうでしょうそうでしょ。

 スライム粉からパンが焼きあがるまで掛かった時間はなんと3分!

 

「ちなみにこれ、麺類にも応用可能なんだよ」


 しかも練り込む素材によっては、効果が変わるんだよね。


”マジ?”

”スライム粉、めちゃ万能じゃん”

”それがほんとなら確かにこれは歴史が変わるな!”

”いま後方支援スレがやべーことになってる!”


 当然でしょ、なんたってノグチのレシピなんだし。

 ポーションを使えば、即席だけどちょっとした怪我を治す回復薬にもなるし。

 具材を変えればスタミナが回復するパンになったりと、アレンジは無限大だ。


「どう、たかがスライムだなんて言えなくなったでしょ!」


”今回に関しては漏れらが悪かったな”

”スライムってめちゃ優秀なんだな”


 ふふ、わかればよろしい!


「そしてここにノグチが昨晩作ってくれたハンバーグがあるんだけど、これを合わせれば、じゃじゃーん! ハンバーガ―の出来上がりー!」


”うおおおおおお!”

”めっちゃうまそう!”

”味は、味はどうなのだ”


 味? そりゃもちろん舌の上でしゃっきりポンと肉汁が跳ねまわるみたいな感じ?


”おい配信者”

”漏れらの期待を返せ”

”もっとこうさ、いろいろ言い方あるでしょう”

”【悲報】ノグチさんの飼い主。語彙力も残念な件について”

”あんだけうまそうなもん毎日食ってるのに、ノグチさんに謝れ!”


 むー失礼な。

 せっかく人が食レポしてあげたっていうのに。


「あ、そうそう、ちなみにこれが今日の調合食の効果ね」


 端末を操作し、とりあえず【スライムパン】の鑑定結果を乗せれば、コメント欄では本日二度目のお祭り騒ぎが巻き起こった。


”うおおおお! このスラパン【相乗効果】ってのがついてるじゃん!”

”効果25%アップってマジか!”

”大家が言う通り、素材に合わせて効果が変わるとしたらやべぇぞこれ!”

”普通のレーションより、圧倒的に優秀なんだけど⁉”


 そそ、スライム一体で大体20人分くらいの量が取れるから、マジで便利なんだよねスライム粉。

 それに――


「アイテムボックスの容量もそこまで圧迫しないし、スライムなんて基本どこでも取れるから、実際に作って検討してみるといいよ」


”うおっしゃ!”

”これで携帯食だけの生活とおさらばできる!”

”スライム乱獲祭りの開催じゃあああ!”


 うんうん。みんな喜んでくれてなによりだよ。


「さてと、それじゃあ今日の配信はこの辺で――」


 すると調合の後片付けが終わったノグチがちょんちょんとわたしの肩を叩いてきた。


「どうしたのノグチ、視聴者に何か伝えたいことでもあるの?」

「にゃう」


 うん? これ読めって?

 唐突に渡されたカンペに視線を落とし、読み上げる。


「ええーっと、突然だけどここでノグチからお知らせです。今日からノグチ配信事務所ではメンバーシップを解禁しました? 現在、メンバーシップに加入してくれた方に優先で、配信で使用したレシピ本を優先的に販売いたしますぅうう⁉」


 え、なにこれ、いつの間にそんなの作ったの⁉

 するとノグチが掲げるスマホから、瞬く間に電子音が鳴りまくり、チャンネルを更新するたびに【メンバーシップ登録】の数字がすごい勢いで伸びだしていった。


「ちょ、さっそくメンバーシップの数がすごい勢いで増えてるんだけど!?」


 一、十、百、千、万~っ⁉

 ま、まだまだ増えてる!


「え、え? ほんとにこんなことして大丈夫なのノグチ!」


 メンバーシップってあれだよ? いわゆる特典配布だよ?

 100万人以上の人に特典配れるほどのお金、うちにないんだけど!?


 そういってノグチに抱き着けば、自信ありげな声と共に親指を立てるノグチ。

 どうやら予めタマエと相談していたらしいけど、


「聞いてない! わたし聞いてないんですけど⁉」


 またわたしだけののけ者か!!

 慌ててコメント欄を見れば、視聴者たちがコメント欄で狂喜乱舞していた。


”ひゃっふーこれでようやく俺もお隣さんだぜ~”

”この時を待っていた!”

”全力で応援できる!”

”それにしてもノグチさんが社長か、期待しかないな”

”こんなハチャメチャ情報が1000円で見放題、だと?”

”神過ぎるだろ上皇!”


 ど、どうしよう。 コメント欄を見る限り、もう引き返せる雰囲気じゃないよ。

 とにかくノグチとは後でじっくり話を聞くとして!


 いまはこの配信をどう終わらせるかで――


「と、りあえずスライムを使ったアレンジレシピは概要欄に貼っておくんで、確認よろしくお願いします! というわけでウチネコチャンネル。スライム粉の調合配信でしたー」


 そういって早口に配信終了ボタンを押すと『乙~』という文字が配信画面を埋め尽くされ、ハプニングにハプニングを重ねた調合配信は大盛況のうちに終わり。


 気づけば夏目シオリのウチネコチャンネルは、ついにチャンネル登録者数500万人という大台を突破したのであった。

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