第34話 神話☆爆誕の前触れ――

◆◆◆


 そこから先ははほぼ蹂躙だった。


【極小・空間断裂玉】を使えば、壊れるはずのないダンジョン空間がねじ曲がり、

【連鎖・大爆符】を使った絶え間ない爆発が周囲の地形どころか、上級魔族の魔力に群がる魔獣ごと森全体を焦土に変える。


 いや―ノグチの本気調合はすごいね! もうこれ兵器だよ兵器!


 それでも回避に全力を注いだいたのか。

 おおよそ戦いにすらならない一方的な制圧戦に、ついに傷だらけのネギスが悲鳴を上げた。


「ぐっ、めちゃくちゃが過ぎるだろう人間! 貴様それでも本当に人間か!」

「だからアンタじゃわたしに勝てないって言ってるでしょうが!」


 アイテムポーチから取り出した調合器具【万能バット】でネギスをぶっ飛ばし、数少ない岩壁にめり込ませた。


「かはぁっ」


 血反吐を吐き、ふらつくネギス。

 頑丈が取り柄の魔族でも、やはりノグチお手製の武器は堪えたらしい。


 さていい感じにお仕置きは終わったし、そろそろおしまいにしようかな。


 そうして万能バットを構えると、わたしの足元で気絶していた初音ちゃんがわずかにうめくように身じろいだ。

 

「ううっ、ここはいったい――」


 あ、目を覚ました?


「夏目さん、わたしはいったい――」


 催眠魔法を掛けられて操られてたんだけど覚えてない?


「催眠、そうだ私、夏目さんを――!」

「あーだいじょぶだいじょぶ。傷はほら、この通りふさがったから」


 ノグチのお守りがあるから大丈夫だと思うけど、もうすぐ終わるからもう少し待ってってね。


「あ、はい。――って、どういうことですかこれ⁉」


 そういって状況の変化についていけない初音ちゃんが頷くと、可愛らしい悲鳴がこだまする。

 まぁ驚いて当然かな?

 切っても切っても無限に生えてくる森林エリアは文字通り跡形もなく消え去り、生態系は全滅。

 ダンジョンのエリアを形成する空間が亜空間化してるわけだし。


「どうしてこんなことに、まさかこれも根岸さんが――」

「あーちょっと暴れすぎたかな」

「ちょっとどころじゃないですよ! なんか宇宙みたいになってるじゃないですか⁉」


 だってしょうがないじゃん。

 アイツ、ノグチの攻略兵器使っても死なないくらいしぶといんだもん。


 すると、目の前の現実に耐えきれなくなったのか、満身創痍なネギスが狂ったように笑い始めた。


「ふはははは、なるほど。やはり私の判断は間違っていなかった。あの猫はとんでもない化け物だ。我らの地上侵略にあの猫は邪魔だ! 早々に始末せねば」

「できると思う?」


 魔界の門は壊した。

 災害レベルの魔獣も全滅。

 肝心の人質だった初音ちゃんもこの通り無事だ。

 

「アイテム頼りのわたしにも勝てないアンタに、ノグチは勝てないよ」


 人間だったらこれくらいで勘弁してあげるけど、相手は魔族。容赦の必要がない。


「これでおしまいだよ」

「そうだな、相手が魔族であればな」


 そのまま周囲一帯を消し飛ばす勢いで万能バットを振れば、不意に聞こえてきたうめき声に、ネギスの手前で動きを制止させる。

 この声、もしかして


「根岸さん」

「たす、けてくれ」

「ちっ――、まさかこうなることを見こしてわざと」

「はは、やはり人間は甘いな! そのまま振りぬけば決着だったものを、神は俺様を見捨ててはいなかった!」


 ゾクリと背中が不自然に震え、倒れた初音ちゃんを抱え、その場から飛び出した。

 ダンジョン内にまき散らされた強大で邪悪な瘴気が渦を巻き、ネギスのてのひらに集約されていく。


「初音ちゃん! 息止めて! いますぐ!」

「え――」

「これだけは使いたくなかったんだがな。お前たち、アレを使え」

「ダメ! それを使ったら人間に戻れなくなる!」


 だけどわたしの忠告はむなしく。

 禍々しい光と共に、瘴気の塊を飲み込んだタソガレたちの身体が不気味な魔族のものに変化していった。


「ははははははっ、素晴らしいぞ! 力がみなぎってくる!」

「これが魔族のチカラか!」

「適合したぞ! 根岸マネージャー。これで俺たちも上級魔族だ!」

「これで魔族として永遠の命が約束されるんですよね」

「ああ、よくやったお前たち。お前たちは永遠に生き続けるだろう。――俺様の中でな」

「は?」


 すると、彼らの背後にのっそりと巨大な影が現れた。


「ヴェノムドラゴン⁉ なんでこんな浅い階層に⁉」

「根岸さん。これはいったい――」

「おい! こっちを見ていないか!」


 そして一口で丸のみされたかと思ったら、大気を震わせる悲痛な叫びが上がった。

 メシメシと軋みを上げ、のたうち回るヴェノムドラゴン。

 一本。また一本と首が増え、最終的に二倍ほど膨れ上がった巨体を見上げ、


「嘘……」


 小さく震えた声を漏らした初音ちゃんが尻もちをついた。

 おそらく探索者として反射的に鑑定スキルを使ってしまったのだろう。


(確かにあれをノグチ抜きで相手するのはちょっとヤバいかもね)


 そうして鑑定眼を通して見えた総ステータスに、顔をしかめる。

 モンスターの危険度は、モンスターの合計値で概算されるっていうけど、


「よりにもよってステータスカンストとか化け物すぎるでしょ!」

 

≪個体名≫――幻魔龍ヒュドラ

≪等級≫――神話級

≪合計ステータス≫――◆◆◆◆◆◆◆◆◆?


 九本のヴェノムスネークの首を持つ、トカゲ。

 簡単に表現すればそれだけだが、神話級にふさわしい神々しさと重圧がビリビリと肌に突き刺さる。


 先ほどまで戦っていた上級魔族とは明らかに存在の質の違う。


 するとヒュドラの咆哮に呼応するかのように、ダンジョンを形成する亜空間がねじれ始めた。

 ダンジョン全体がモンスターの理想の環境に適応しようとするこの現象はまさか――


「ダンジョンフラクション⁉ まさかダンジョンのエリア主としてダンジョンに認められたわけ⁉」

「ははははッ、これがダンジョンのチカラか! 素晴らしい力がみなぎってくるようだぞ!」


 完全同化を果たしたのか、中央のヒュドラの額から上半身を生やしたネギスが九つの口から、やたらめったら毒液を吐きまくる。

 くっ、さすがのノグチ特製のアイテムでも、神話級の毒は防ぎきれないか。


「テイマーを少々生贄にする必要があったが、絆の力を変容させれば神話級の魔獣すら意のままとは! テイマーとは便利なものだな」


 ジュワッと虫食いのように服が解け、上げ切った毒耐性を越えてヒュドラの毒が侵食していく。


 稀にダンジョンから認められることによって、制約を受ける代わりに、主のいないエリアに新たなボスモンスターが生まれるって聞くけど、


「この規模、上層にいていいモンスターじゃないでしょ!」


 すると九つの口からまばゆい輝きが視界を焼き、一直線に放たれる熱線が時空を貫いた。

 上空にダンジョンではない現代的な建物たちが見えるけどアレは


「初音さん、あれ東京都です! 地上にモンスターがあふれ出してます!」

「ちょ、それって地上がダンジョンに飲まれはじめてるってこと⁉」


 眷属が地上に出現するって、もう第三のダンジョンフラクションが始まってる証拠なんじゃ――


「はははははは我が野望のために死ね。あっけなく滅びろ! この偉大なる俺様に散々屈辱を与えてきたことを後悔するがいい人間ども! 聖域を確保して戦力を整える必要などない! この俺様が地上を支配してやるぞ!」


 既にダンジョンの機構に意識を半分のまれているのか。

 支離滅裂な文句を虚空に叫び、照準を定めず、適当に熱線を吐きまくるヒュドラ。

 ダンジョンが新たに形成されていく端から、神話級の一撃で亜空間が広がっていく。


「夏目さん! 残念ですけどもう、アレには勝てない! これを使ってみんなを呼んでくるしか――」


 これは脱出ラクリマ?

 いったいこんなものどこで


「タソガレのポーチにしまってありました。これを使って逃げてください!」

「いや逃げろって言ったってねぇ」


 無差別に吐き出される熱線を、ノグチのアイテムで相殺し、飛び回るようにして回避する。

 すでに目の敵にされているのか。

 ダンジョンに意識を乗っ取られそうになっても、九つの首がわたしを確実に捉えているのは、わたしを殺すというネギスの意地だろう。

 

 憂さ晴らしに自分でも自覚するほどひどい追い詰め方したし。

 万が一、地上に逃げようものなら本格的に追ってくるよね、アイツ。


 それに――


「初音ちゃんはわたしが守るって決めてるから、その役目はどう見ても初音ちゃんの仕事かな」

「え?」


 手のひらで脱出ラクリマを砕き、光の魔法陣の中に初音ちゃんを投げつける。


「どっこいしょ!」

「夏目さん、どうして――」

「タイヘイ莊暮らし三か条。困ったらみんなで助け合う、でしょ?」


 それにわたしが周りに助けを求めても、炎上する気しかしないんだよね。


「でも、もうアイテムポーチが」

「だいじょうぶ、わたしにはノグチが調合してくれたとっておきがついてるんだから」


 そういって最後の調合品を取り出し、笑顔で見送れば、どこか引きつったようなかすれた声が頭上から降ってきた。


「ふん。足手まといを逃がしたか」

「ええ、大切なお隣さんだもん。わたしとアンタの殺し合いに巻き込ませるわけにはいかないでしょ」


 それにこっから先の戦い方は、あんまりファンの子には見せたくないんだよね。

 そしてお守りから取り出した秘薬の栓を開けると、顔をわずかにしかめて一息に飲み干す。


「ぷはぁ、ノグチの腕をもってしてもやっぱこのお酒だけはおいしくないわね」

「ポーション一つ飲んだ程度でこの俺様に勝てると思っているのか。使い魔に頼り切りの女が! 頼みの綱のアイテムなしで!」


 ええ、わたしは怠惰でダメな飼い主だよ?

 肝心の見せ場でアイテム使って無双しちゃうような奴だし、基本、面倒くさいことはさっさとぶん殴って解決しちゃう方だ。

 それでしょっちゅういろんなもの壊してはタマエやノグチに怒られてる。

 

「だけどわたし、これでも自己主張高い面倒くさい女なの」


 ここでこいつを倒せば、有名になれること間違いなしだよね!

 前は【アイツ等】に奪われちゃったし、苦労の割には報われなかったことが多かった。


 だけど今は一人! 

 ならここが踏ん張りどころでしょう。


 地上の雑事はいつも通りノグチと初音ちゃんに丸投げするとして、


「久しぶりに全開全力で働くとしますか」

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