第35話 神話大戦の決着


 脱出ラクリマの光に包まれた初音は気が付けば、第二ダンジョンへ続く入り口の前に立っていた。

 地上ではあの亜空間の中で見たように、ヘビのような化け物があふれかえっていた。


 ダンジョンからあふれ出した化け物は、近場にいた探索者が何とかしているみたいだけど、それでも手が足りないのかあちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。


(ううっ、夏目さんは、どうにか周りに協力を仰ぐように言ってたけどこのままじゃ――)


 そして背後から近づいてくる唸り声に気づいて反射的に悲鳴を上げれば、ザシュッとさび臭い匂いと血しぶきが舞った。

 恐る恐る目蓋を持ち上げれば、目の前にはモフモフな存在が。


 このあったかい毛皮。そしていつまでも埋まりたくなモフモフのシルエットはもしかしなくてもーー


「ノグチさん!」

「にゃう」


 たまらずぎゅっと抱き着き、モフモフのお腹に顔をうずめれば、低い鳴き声が聞こえてきた。 

 尻尾がビュンビュンふってあるところを見ると再会を喜んでくれてるみたいだけど――


「そうだ! ノグチさん、夏目さんが! 夏目さんが大変なんです!」


 すると、タイミングを見計らったように初音のスマホに着信が鳴った。

 慌ててスマホの画面をフリックし、通話モードをオンにすれば、スマホの向こうから恩人の声が聞こえてきた。


「つながった! 初音ちゃん、大丈夫だった!」

「タマエさんですか⁉」


 たしかいま、DBSの生特番に出てるはずじゃ


「そんなの東京上空に謎の亀裂と化け物が現れたから中止になったわよ。それよりそっちにノグチの九割を向かわせているんだけど合流できた? 変なことされてない?」

「はい、さきほど合流しますしたけど、九割ですか?」


 なんだかノグチさんがたくさんいるような話し方ですけど、


「影分身みたいなことできるのよ、それよりシオリはどうなったの? こっちではいきなり空が割れてあの子が見えたことくらいしか確認できなかったんだけど」


 そうだった!

 タマエの言葉に思い出して、初音はこれまでに起こったことを覚えている限りの成り行きを手短に説明した。


「――それでポーションを飲んで、わたしは大丈夫って」

「ポーションを飲んだのね。なら安心なさい。あの子なら大丈夫よ」


 大丈夫って。

 

「相手は神話級の化け物を一人で相手してるんですよ! このままじゃ夏目さんが死んじゃうかもしれないんですよ、早く探索組合に連絡して高ランク探索者の応援を」

「ええ、普段のシオリなら危ないでしょうけど、応援は必要ないわ。むしろ邪魔になるから必要ないわね」

「タマエさん!」

「落ち着きなさい初音ちゃん。シオリが【解毒薬】を飲んだら大丈夫よ。なにせ強すぎる力をノグチの【デバフ料理】で抑えつけていたくらいだし」

「え、デバフ料理、ですか?」


 ノグチさんが配信してたのは、ステータスを底上げする調合料理のはずじゃあ――


「あれは配信用。ノグチの料理でステータスを強制的に下げ続けないと、普通の生活も遅れないのよ、あの子」

「それじゃあいまの夏目さんは――」

「今まで押さえつけてた枷が完全に外れた状態。テンション上がりすぎて逆に心配なくらいね」

「にゃう」


「まぁ本人は、本気でバフかなんかと勘違いしてるみたいだけどね」というスピーカー越しの発言に、養い主であるノグチさんが大きく頷く。


「で、でもタマエさん。相手は神話級の化け物で――」

「ふっ、そんな心配することないわ初音ちゃん。あの子は、勘違いで一人でダンジョンに突っ走ってソロ攻略したお馬鹿よ? それこそ神話級以上の怪物を相手したことのあるあの子が【成りたて】相手に負けるはずないもの」


「ね? ノグチ?」と問いかけるタマエさんの言葉に、ノグチさんが感慨深く同意の声を上げる。


「というわけで私たちはシオリの非常識さを信じて、地上に溢れかえったモンスターを討伐しましょう。どうせいつも通り何かやらかして帰ってくるわ、あの子」


◆◆◆そして場面は、ダンジョンに戻り。


「しねえええええええええええ!」


 天変地異を再現したような激闘は、すでに佳境に入っていた。

 空間すら貫通する熱線が飛び交うダンジョン。


 ノグチ特製の薬草酒を飲んだ私は縦横無尽に亜空間の中を駆け抜けていた。

 ああ、さっきまで感じていた疲労感が嘘のように軽い! 


(外の眷属の問題もあるし、さっさと解決しなきゃ!)


 さすがダンジョンの支配者となっただけのことはあるのか、耐久力半端ないわ!

 厄介な眷属がこちらに殺到するのはもちろんのこと。

 空間すら貫通するヒュドラの熱線とノグチの最終兵器でダンジョンの空間がボロボロになっているのか。

 ダンジョンそのものが崩壊しかけているのが現状だ。


 これ以上、この空間に負担をかけちゃうと、本格的にうちのタイヘイ莊も危ないわけで――


「やっぱノグチのアイテムがないと決め手に欠けるか」

「ふははは、これであの出鱈目なアイテムを使えまい! 調合アイテムのない貴様など恐れるにたらづぉ――」


 限界まで握りしめた拳でぶん殴れば、ヒュドラの首が一つ消し飛んだ。


「なっ⁉ 我はダンジョンの神と至った存在だぞ! いまさら人間のパンチ一つで首が消し飛ぶなどあるはずが!」

「んなもん、調合すれば問題ないに決まってるでしょうが」


 そういって拳を開けば、そこには先ほど調合によって削られたヒュドラの頭部が【調合アイテム】となって封印されていた。


「ダンジョンに認められていない貴様が、ダンジョンの魔力を使っているだとぉ⁉」


 わたしの攻撃が通ったことに驚いてるけど、これそんな不思議なこと?

 攻撃が通らないほど防御力が高いのなら、そのまま調合素材として扱ってしまえばいい。


 これぞ、ノグチ秘伝の調合格闘術!


 いくら敵のステータスが高くても、素材は素材。

 素材が【高品質】で【新鮮】であればあるほどノグチの調合格闘術は真価を発揮する!


「ふざけるな! そんな非常識が認められるかああああああ!」


 うっさい! これがわたしの常識じゃい!

 抉った端から強引に魔力結晶として封印し、封印した端から【調合リソース】として分解、再構築を繰り返す。


 一撃一撃がヒュドラの身体をえぐるたびに、行き場のない【調合リソース】は雪だるま式に膨らみ、乗算で威力が上がっていく。


 これもノグチの薬草酒を飲んで、ステータスを上げ続けてるからできることだけど、


「これは初音ちゃんのぶん」

「ぐふ⁉」

「これはうちのノグチにちょっかいをかけてきたぶん」

「ぐが⁉」


 そしてこれは――


「わたしを働かせたぶんだああああああああ!」

「ぐぎゃあああああああああああああああああ!」


 推定一億以上の合計ステータスを持つヒュドラの肉体が、ボロボロにひび割れていく。


 攻撃が当たるたびに、空間がひび割れ、破裂寸前の風船のようにガラスが割れる甲高い音が鼓膜を震わせる。


 くぅ、攻撃の合間合間に崩壊していく端から強引に空間調合して、拡張しながらごまかしてるけど、


「ううっ、やっぱ負担がでかい! これぜったい明日、筋肉痛だよッッ!」

「ふざけるな! たかが人間ごときが、この我に逆らっていいはずがないだろうが!」


 ダンジョンの支配権を得たネギスが熱線を吐けば、ぽっかり空いた次元の穴がブラックホールのように何もかもを吸い込み始めた。


 ちょ、これはさすがのわたしもヤバいって!


「ふはははは、次元の隙間に飲まれて、存在ごと消滅するがいいい!」

「うんぬぬぬぬ、まーけーてーたまるかー‼」


 攻撃に使っていた【調合リソース】をそのまま物質調合に回せば、ぽっかりと空いた次元の穴に新しく巨大な浮島を【調合】する。

 ただ岩と土の塊だけど、次元の穴を封印するように新たに想像された浮島は、新たなダンジョンの一部として認められたのか。存在が固着する。


「くっ、非常識の化け物め、ならばこれでも喰らえ!」

「なんのこれしき!」

「なっ、我の破壊光線を使って新たな創造物を調合しただと⁉」


 ノグチの薬草酒を飲んで、ようやく本調子を取り戻してきたのか。

 ダンジョンに漂うリソースを使って、海や大地など思い思いのものを調合していく。

 ノグチには調子に乗ってむやみやたらと自由に調合するなって言われてるけど


「あははははは、調合楽しくなってきた!」

「くっ、神にでもなったつもりかこのいかれサイコパスがあああああああ」

「アンタに言われたくないわ!」


 そういって空間を切り裂く端から、調合で修復。調合格闘術でリソースを奪っていけば、ふと視界の端に見慣れた球体が亜空間の中に浮かんでいるのが見えた。


(うん? あれは――)


 配信ドローン? なんでこんなところに?

 一瞬だけドローンに気を取られ、よそ見していると空間を切り裂く熱線がわたしの額を激しく打った。


「いったー! やってくれたわね!」

「くっ、収束した破壊光線すら効かぬか。空間をも切り裂く攻撃なのだぞ! その世界の理うぁずれた能力、どこでそれほどまでの力を手に入れた!」

「そんなもの知るかッッッ!」


 わたしはただ安寧を求めて、ひたすらダンジョンに潜りまくっただけだし!

 ダンジョンの一つや二つや三つ最後まで攻略しまくってようやく見つけた安寧の地なのにそれをこんなめちゃくちゃにして!

 そんなに拠点が欲しいなら、アンタもダンジョンを攻略すればいいじゃない!


「それなのにどいつもこいつも、やれ働けだの、やれ責務があるだの。いい加減わたしを休ませなさいよ! こっちは働きたくないっての!」


 わたしはただ、幸せにのんびりセカンドライフを楽しみたいだけなのに!

 そういって胸の内にたまった不満をぶちまけると、大きく深呼吸して、自分の中に渦巻く配信魂を意識する。


 まっすぐヒュドラとどうかを果たしたネギスを睨みつければ、残るすべての力を出し切るつもりなのか。三つの首を使って巨大に輝く光の球を形成していく。


 あれを使ってこのダンジョンもろともわたしを消し飛ばすって判断か。

 たしかにあんなものを放たれれば、わたしだけでなくタイヘイ莊も、地上にいるノグチ達も危ないだろう。


 だけどわたしの配信魂が、ここが頑張り時だと騒ぎ立てていて、


「タマエの配信三か条、ひとーつ。取れ高は手早く面白く」


 世界一つ創造できる莫大な調合リソースを開放しながら、タマエが教えてくれた配信三か条を唱えながら一気にヒュドラも元に突貫する。


「ふたーつ、歯向かう相手はねじ伏せて!」


 そして、時間稼ぎとでもいうように放たれる並み居る怪物たちを新たなリソースに還元し、


「みーっつ、やるなら派手にかっこよく!」


 全てのリソースをわたしの中に一点に集中させ、わたしの魂ごと調合する。


 調合の秘訣は、異なる魔力の組み合わせ。


 ノグチならこれだけの魔力リソースがあれば、新しくダンジョンエリア一つ開拓しちゃえるけど、わたしはノグチみたいに細かい調合は苦手だから、こういうおおざっぱな調合しかできないんだよね。


 だけど――


「なんだそのでたらめな姿は!」

「ノグチ直伝のダンジョン調合よッ!」


 魂を神格にまで等しく練り上げ、昇華した調合体を一気に開放する。

 そしてダンジョンに漂う大量のリソースを強引にまとめ上げ、放たれた一撃は文字通り、天地開闢の一撃となり、


「これでしまいだああああああああああああああああああ!」

「や、やめろ。それ程の力を開放すればダンジョンどころか世界そのものが崩壊することになるのだぞッ! そしたら貴様も俺様と同じく大罪を背負うことに――」


 そんなの、知るかああああああああああああああああああああああああ!


 思いっきり拳を振りぬけば、まばゆい七色の光と同時に、ヒュドラの巨体に大穴が開いた。


 カラーンカラーンと鐘のような荘厳な音が響き渡り、カオスな様相を極めていた亜空間は新たな命を芽吹かせる大地へと変容を遂げる。


 瘴気すら消失したは緑豊かな大地は、前あった森林エリアの面影なく。

 宙に浮かんだ島々が、草花が、生き物たちが、新たなダンジョンエリアの創造を祝福するかのように存在していて――


「ふぅ、これでぜんぶ万事、解決かな」


 そういって座り込むように晴れ渡るダンジョンの空を見上げ、一息つくわたし。


 これできっと、視聴者たちもわたしのことを見直してくれるようになるかな。


「配信スパチャよろしくね、なんてね」


 そうして映っていないことを承知で、壊れかけの配信ドローンに親指を立てれば、不意にさっき飲んだ薬草酒の酔いが回ってきたのか。


 少しずつ重くなっていくわたしの意識は、ゆっくりと闇の中に染まり、溶けて消えていくのだった。

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