第33話 採算度外視の覚悟
「いま、苦しいのから解放してあげるね」
そういってアイテムポーチから黄金色のポーションを取り出すと、わたしは初音ちゃんの身体についた血を洗い流すように、ポーションを頭からぶっかけた。
ある程度量があったのか。頭からびしょ濡れになる初音ちゃん。
すると、その姿を見て興が乗ったようにネギスの高笑いが響き渡った。
「ふははっ、何をしようが無駄なこと! 我らの魔法はそこいらの魔物とは一線を画す呪いだ! どんなポーションを使おうが解呪は不可能、助けたかった者によってそのまま絞め殺されるがいい!」
ネギスの命令に逆らえないのか。夢うつつといった様子で、小さく震える初音ちゃんの手がゆっくりとわたしの首に伸びる。
その小さく怯える体ごとそっと抱きしめれば、わたしは彼女の耳元でそっと囁きかけるようにして頭を撫でた。
「大丈夫。大丈夫だから」
「…………夏目、さん?」
「うん、落ち着いてきたね、あとはわたしが何とかするから今は休みな」
「はい……」
そういって光を取り戻した初音ちゃんに笑いかけると、ふっとわたしの肩にもたれかかるように気絶する初音ちゃん。
相当精神を消耗したのだろう。
そのままゆっくりと地面に寝かせれば、上空で高みの見物を決め込んでいたネギスから驚きの声がこぼれた。
「馬鹿な! 上級魔族の催眠支配だぞ! ダンジョンアイテム程度で解けるはずが――ッ⁉」
「ふん。魔族のちんけな魔法よりノグチの愛のこもった調合アイテムの方が強いに決まってんでしょうが」
それこそ今使ったのは、【世界樹のしずく】で作った完全版エリクサー。
上級魔族『程度』の精神支配なんて解けて当然だ。
それよりも――
「アンタら、ほんとに超えちゃいけない一線超えたわね。よりにもよって初音ちゃんを使ってわたしを襲わせるなんてッ!」
そうしてノグチ特製の【お守り】を初音ちゃんに握りこませ、高みの見物を決め込んでいたクズ魔族を睨みつければ、さっきまで勝利を確信していたネギスの口から短い悲鳴があがった。
「くっ、ダンジョンの至宝を使うなど想定外だ⁉ なぜ高々小娘一人にそこまでする!」
「そんなのわたしの大事なお隣さんだからに決まってんでしょうが!」
責任感じてタイヘイ莊の契約解除するって言いだしたらどうしてくれるのよ⁉
そうして降りしきる弾幕をよけながら、感情の赴くまま地面を蹴り、ネギスの顔面を殴りつければ、バゴンッッ! とダンジョンの外壁に亀裂が入り、ネギスの身体が壁にめり込んだ。
「カハッ⁉」
「もういっちょ!」
「さ、させるか! 【魔障壁】!」
目の前に透明な壁が出現するが関係ない。
そのまま拳を振り下ろせば、バリンとガラスが割れる甲高い音が鳴り響き、ネギスの口から驚愕の声が上がった。
「馬鹿な⁉ 上級魔法使いでも破れない魔力障壁だぞ⁉ あの短剣の毒を食らって、なぜこれほどまでの攻撃が!」
「忘れた? こっちにはノグチ特製のレシピ料理があんのよ!」
そうしてもぐもぐと口を動かしながら、一枚、また一枚と魔力障壁を素手ではがしていくわたし。
回復に少し時間がかかるけど、スライムパンは元々『ソロ探索』を前提に作った調合アイテムだ。
サンドイッチに挟まった【ブラッディブルのベーコン】は造血効果で絶え間なく血を生産し、【プラントドラゴンのサラダ】と【解毒ドレッシング】の効果で傷は徐々にふさがり、体内に残った毒素を浄化していく。
おまけに、【スライムパン】の相乗効果で各食材に秘められた効力を底上げし、わたしのステータスを急激に上昇させていく。
「ちょっと行儀悪いけど食べながら戦うなんて芸当は、それこそずっと前から克服済みなのよ!」
「くっ、めちゃくちゃな!」
「それがわたし等の配信芸だああああああああ!」
最後の障壁を拳で破り、支配者気取りのクソメガネの顔に強烈な一撃を叩き込み、地面に引きずりおろせば、地面に埋まったネギスから怒りの咆哮が上がった。
「この俺様の計画を覆したからと調子に乗りおって! この力たしかに想定外だが――小娘を取り返せばこっちのものだ! いくら貴様が持つアイテムが化け物じみていてもこの数のモンスターは相手にできまい!」
すると禍々しい光の柱が二本起立し、その光の扉の中から夥しい数のモンスターがあふれかえった。
「これは――魔界の扉?」
「ほうよく知っているな! そう、これぞ魔王様の他に四天王しか使えないとされている最終奥義。魔獣の軍勢よ! 奥の手を隠していたのは貴様だけでないと知れ」
明らかにこの世のものとは思えない瘴気を放ち、咆哮を上げる魔獣たち。
鑑定スキルで魔獣を見れば、エリアボスクラス並みの強さを示している。
さすが腐っても【名前付き】。
よもや自身の魂を使って【魔界の門】を召喚できるなんて。
「どうだ。これで貴様も今までのように無暗に動けまい。奴らはダンジョンに巣食う魔物とは一線を画す超生物。一体でも地上に解き放てば、その瞬間地上は地獄となるぞ! 地上と小娘、両方を守りながらを魔獣の軍勢を相手にできる余裕は貴様にあるのかな?」
なるほど、さすが悪魔らしい狡い手だ。
そういって、殺到した魔獣をけしかけた隙に宙へ飛び立つネギス。
まさか――
「これだけのことをやらかしてわたしから逃げるわけじゃないわよね」
「逃げる? バカなことを言うな。これは、戦略的撤退といのだ! かの聖地を奪えなかったのは忌々しいが、方法などいくらでもある! 貴様こそこの圧倒的な戦力差を前に何も失わずに済むと本気で思っているのか?」
そういって楽しげに唇をゆがめるネギス。
たしかに、ノグチなしでこの状況をいっぺんに何とかするのは難しい。
いちいち周りに気を使ってたら、なにも守れず死んじゃうかもしれない。
「ふはっ、認めたな! であればこの俺様に逆らったことを後悔しながら死んでいくが――」
「だから、雑に行くことにしたわ」
「は――?」
そうしてアイテムポーチから引っ張り出したつづみを肩に担ぎ、照準を定めて『引き金』を引けば、ドンと空気を震わせる大火力の前に、屹立した光の柱が吹き飛んでいった。
爆音がさく裂するたびに、魔獣たちの悲鳴がダンジョンに木霊する。
「な、何が起こった。魔界へと続く門が破壊されただと⁉」
目の前で起こった現実に、信じられないとばかりに悲鳴を上げるネギス。
「あーあーわたしって、ほんっっっと運がないわ。これ配信できてたら間違いなく配信ランカーになれてたのに」
「くっ、貴様一体何をした! あれは人間界のチカラで壊れるような代物ではないのだぞ!」
簡易型竜撃砲。
竜種を殺すとされる最上級の爆裂魔法を封じ込めた調合アイテムで文字通り、門ごと吹っ飛ばしてやったのよ。
「なんだと⁉ 魔界の扉を破壊するようなダンジョンアイテム、この世に存在するはずが――」
うん? 存在しないよ?
「だから作ったのよ、ノグチがね」
「作った、だと⁉ あれだけの兵器を、あの間の抜けた猫がか⁉」
たしかにノグチの『好き』な調合は料理だけど、なにも調合できるアイテムがご飯関連だけって誰が言ったの?
そういってロケットランチャーを投げ捨て、アイテムボックスの中身を地面にばらまけば、そのあふれ出る濃密な存在感を前にネギスがわずかに後ずさった。
「馬鹿な、それらすべて【幻想クラス】の調合アイテムだとでもいうのか⁉ そんなものを使ったら、ダンジョンどころか世界そのものが壊れかねんぞ! 貴様、世界中から非難されてもいいのか!」
ええ、ノグチからも使用はくれぐれも注意するようにって言われてるけど、わたし言ったよね?
覚悟は決めたって。
非難? 炎上? そんなものずっと配信でやらかしてきたわ!
「炎上なんて上等よ! アンタさえぶっ倒せるなら、神でも魔王にでもなってやろうじゃない!」
赤字覚悟のわたしの本気、舐めないくれる?
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