第13話「悩みごと」

「…………」

「どうした、難しい顔をして」


 翌日、休み時間に桂が珍しくボーッと窓から空を見上げていたので、声をかけてみた。


「なんだ、影之君か」

「おいおい、なんだよその言いようは……」


 失礼な返しをしてきた桂に対し、俺は苦笑いを返す。


「何か悩みでもあるのか?」


 雑に返してきたということは、それだけ周りに気が回っていないのだろう。

 よほど頭の中で何かを考えているらしい。


 まぁ昨日あんなことがあれば、当然だろうが。

 それにしても、桂がここにいるということは、組織から特に怪しまれるようなことはなかったようだ。


「しょーもない悩みだよ」

「悩みなら話してみろよ、聞くからさ」


 俺はそう言って、桂の隣に立つ。

 そんな俺を、桂は不思議そうに見上げてきた。


「どういう風の吹き回し?」

「俺をなんだと思ってるんだ? 友達の悩みくらい、聞くさ」

「へぇ、てっきり周りにはあまり興味がないのかと思ってた」


 おかしいな?

 俺は彼女が行きたいところについて行くくらいには、人付き合いはよかった気がするんだが?


 ちなみに、このやりとりを俺は知らない。

 ゲームをクリアしているからといって、日常で俺が知らない会話などは普通に存在する。

 なぜなら、ゲームでは魅せ場だったり、伏線などの先の展開に繋がる必要なシーン以外は、描かれていないのだから。

 それこそ、数週間や数ヵ月単位でスキップされて、話が進むゲームだってある。

 このゲームでも、日常は描かれてないことが多いのだ。


 少なくとも、桂とのこういう会話は知らない。


「友達くらい、大切にするさ」

「ふ~ん……といっても、わざわざ影之君に聞いてもらうほどじゃないよ。本当に、大した悩みじゃないから」


 それならば、桂が悩んだりなんてしないだろうに。

 一般学生の俺には言えないことなのだろう。


「じゃあ、いいさ。それよりも、今日って学校終わりいてるか?」


 桂が言えないのなら、しつこく聞くのは良くないため、俺は話を逸らす。


「ん? 何か用事でもあるの?」

「いや、空いてるならてきとーに時間潰して、その後晩御飯一緒にどうかなって。今日桃花が友達の家に遊びに行くから、晩御飯がないんだ」


 というのは建前で、後で桃花には、ご飯がいらないというメッセージを送っておこう。

 人見知りをして周りになかなか馴染めない桃花に、泊まりに行く相手なんているはずがないのだ。


「ふふ、教室でこんなにも堂々とデートに誘うだなんて、意外とプレイボーイなんだね?」

「あぁ、デートだなんて思ってないから、気にしないでくれ」

「君、僕じゃなかったら、殴られても文句言えないからね?」


 笑顔で返すと、とても物言いたげな目を向けられてしまった。

 先に茶化してきたのは、桂だろうに。


「僕と遊びに行ったりしたら、美麗ちゃんがやきもち焼くよ?」

「だから、伊理宮とはそういう仲じゃないっての」

「どうかなぁ?」


 確かに修羅場を共にしたおかげで、美麗とは仲が深まっている。

 それこそ、学校の面々よりは仲がいいだろう。

 とはいえ、まだ彼女のルートに入る選択肢には、いきついていない。

 もちろん、その選択肢を選ぶつもりもないのだが。


「あまり言ってると、伊理宮に怒られるぞ?」

「大丈夫でしょ、あの子はそこまで心が狭くないよ。まぁ、事務所には怒られるかもしれないけど」

「駄目じゃないか」

「ふふ、そうだね」


 ツッコミを入れると、桂は楽しそうに笑った。

 少し元気は戻ってきたようだ。


「とりあえず、そうだね……影之君がどうしてもって言うなら、付き合ってあげるよ?」

「付き合うって、恋人になるのか?」

「……面白くないよ?」


 率直に思ったことを尋ねると、桂がほんのりと頬を赤くして、ジト目を向けてきた。

 別にぼけたつもりはないんだが。


「桂が言ったくせに」

「学校終わったらうんぬんはどこに行ったんだい?」

「あぁ、そっちか」


 てっきり、恋愛話の延長で話してるのかと思ったじゃないか。

 くそ、ちょっと期待したのに。


 ……まぁとはいえ、シナリオ的に桂が俺にはまだ惚れてない段階なので、付き合うという選択肢が生まれるはずがないのだが。


「それで、どうするの?」

「そうだな、どうしても来てほしい」

「言葉に感情がこもってないなぁ~」


 仕方ないだろう。

 そもそも、桂がふざけて『どうしても来てほしいなら』とか言い出すからだ。

 彼女の性格的に、そう返してきたってことは既に行くと決めているとわかるから、本気でお願いなどできない。


「来てくれるんだろ?」

「しょうがないね、一緒に行く友達がいなくて泣きそうな影之君を、僕が助けてあげようじゃないか」

「いや、全然泣きそうじゃないんだが」


 いったい桂にはどう見えているんだ。


「あはは、ごめんごめん。とりあえず放課後、待ってるよ」


 桂はそれだけ言うと、自分の席に戻ってしまった。

 何か事件などが起きたり、シナリオが存在するものがある時以外は、こうして桂と距離を縮めていくのが一番いいのだろう。

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