第22話「友達なのだから」

「――なんで……」


 丘を下っていると、手を繋いでいる桂が何か呟いた。


「ん?」

「いや、えっと……」


 だけど、半ば無意識に呟いたのか、俺が視線を向けると戸惑ったようだ。


「どうかしたか?」

「…………」


 桂はジッと俺の顔を見つめてくる。

 俺は一応桂から若干視線を外してはいるが、多分催眠をかけたいわけではないだろう。

 五十嵐が登場して明らかに桂の様子が変になっていたのに、そのことを俺が聞かないのを気にしているんだと思う。


「何か聞きたいことがあるなら、遠慮なく聞けよ?」

「逆に影之君は、さっきのことで聞きたいことはないの?」


 まぁ、探りは入れてくるよな。


 正直、返答に困ってしまう。

 本来なら迷うことなく誤魔化すが、どうやら五十嵐は俺を疑っているようだ。


 他の二人は捕らえられたのに、戦闘に特化していないはずの桂が逃げることができている。

 俺が意図的に逃がしたことを報告していなくても、無効化の《ギフト》に関しては報告しているだろう。

 となれば、桂が自身の《ギフト》によって逃げられたわけじゃないこともわかっているだろうし、意図的にこちらが逃がしたと五十嵐は睨んでいるんじゃないだろうか?


 だから、桂と親しくしている転校生の俺を、怪しんでいる。

 このまま桂を泳がせ続けるとも思えないし、最悪桂を囮にして俺を誘い出すこともあるかもしれない。

 桂との信頼関係構築は、急いだほうがいいんじゃないだろうか?


 とはいえ、下手なことを言えば桂は俺を売るだろう。

 本当に、ややこしいものだ。


「五十嵐先生と、何かあったのか?」


 俺はあえて核心はつかず――しかし、気付いていないふりもしなかった。

 ここで気付かなかったふりをしたって、桂は俺が気付いているとわかっているだろうし、嘘を吐いた俺のことを信頼はできないだろう。


「やっぱり、気付いてたんだね……」

「まぁ、あんなふうに、あからさまに態度に出てればな」


 あくまで、五十嵐の本性には気付いていない態度を取る。

 一瞬五十嵐のことを、『優しくていい先生だろ?』とフォローして話そうかと思ったが、そうなると桂が本当のことを話しづらいと思ったので、やめた。


「別に、何かあったわけじゃないけど……」


 だけど、桂は匂わせるようなことを言っておきながら、話す気はないらしい。

 巻き込みたくないという感情なのか、それとも匂わせさえすれば、俺なら気付くと思っているのか。


 さすがにそこまでは読めない。


「何かないなら、あんな態度にならないだろ?」


 俺は仕方なさそうにわざと溜息を吐く。

 それによって、桂は気まずそうに目を逸らした。


「やっぱり、なんでもないよ……」


 五十嵐は学校で人気の先生だ。

 そして俺も、五十嵐よりの態度を取っているので、桂は話しても信じないと思ったのかもしれない。

 しかし、何も知らないはずの俺が、五十嵐に対して敵対する態度を見せるのは立場上おかしいので、この姿勢は崩せない。


 崩さなくても、やりようはあるのだ。


「じゃあ、何かあったら相談しろよ? 言っただろ? 友達の悩みくらい、聞くってさ」


 俺はそう言って、桂の頭に手を置いた。

 そして、ポンポンッと優しく叩く。


 たとえ、相手が人気の先生だろうと、友人のほうに肩入れする。

 それは至極当然なことだろう。


「~~~~~っ! だから、そうやってすぐやってくるなぁ……!」


 しかし、桂は頭を触ったことが気に入らなかったらしく、文句を言いながら俺の手を振り落とした。

 その顔は、真っ赤になっている。


「はは、元気は出たようだな」

「わざとか!? わざとやったんだね!?」

「励まそうと思っただけだよ」


 まぁ、こうやったら桂が怒って元気になるかな、とは思ったが。


「いい加減怒るよ……!」


 既に怒ってるんじゃないか?


 そう思うが、余計なことは言わない。


「悪かったよ。晩飯奢るから、許してくれ」

「高級料亭に行ってやる……!」

「それは勘弁してくれ。学生にそんなお金があるわけないだろ?」


 その後俺は、プリプリと怒る桂を宥めながら、晩飯を食べにいくのだった。


 なお、桂がラーメン大好きというのを知っていたので、ラーメン屋に連れて行くと、途端に機嫌は直った。

 こう見えて、意外と単純なところもあるのだ。

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