第23話「下る命令」

 ――影之君と別れた後、僕は砂浜に足を運んだ。


「なんの用ですか……?」


 砂浜に立ち、海を眺めていた男に声をかける。

 周囲を警戒してはいるが、他に人はいなさそうだ。


「やぁ、随分と遅かったね?」


 僕を呼び出した男――五十嵐才人が、目を細めながら見つめてくる。


 コードネーム、『エアエル』。

 僕が知る限り、最凶クラスの《ギフト》を持つだけでなく、《神々の使徒》のボスだ。


 そして、見た目に似合わず、もっとも残虐な男でもある。

 僕の両親は、目の前でこいつに殺された。

 今でもその時のことは忘れない。


「学生なんで、車持ってなくてすぐにはこれませんよ……」

「ふ~ん。てっきり、神崎君とのデートを楽しんでいるのかと思ってたよ」

「――っ」


 影之君の名前を出され、僕は息を呑む。

 あの丘で会ったのは偶然じゃない。

 僕ではなくて、影之君に何かしようとしているんだと思う。


「僕を恐れるのはいいけどさ~、あんなあからさまに態度に出されると、困るんだよね。僕の正体がバレたら、君の命だけじゃ済ませないよ?」


 それはつまり、僕の妹である有栖ありすの命も奪うということだ。


「申し訳ございません……」

「君にはがっかりだよ。もっと使える子だと思ってたのに、失敗ばかりだ。わかってるよね、君次第で妹がどうなるかってことを?」

「――っ! わ、わかってます……! 僕は、一生懸命やっていて……!」

「結果を出してくれないと、意味がないんだよ。いいや、失敗される分、マイナスですらある。言いたいこと、わかるかな?」


 使えないのなら、いっそ殺す。

 そう言いたいんだろう。

 現に、組織で邪魔だと判断された人間は、この男に排除される。


 ポイズンエルとガンナエルだって、組織では上に位置する優秀な人材だったけど、捕まった以上は殺す計画を立てているはずだ。

 情報を洩らされたら、困るのだから。


 この男は、万が一を考えてアジトに一度も顔を出したことがない、自分だけは安全な立ち位置でいられるようにしておくような男なので、自分の正体を隠すためなら仲間の命などあっさりと切り捨てる。


「次は、必ず成功させます……」

「うん、その言葉を待っていたよ。じゃあさ、神崎君を事故に見せかけて殺してくれる?」


 五十嵐は、両手をパンッと合わせ、笑顔でとんでもないことを言ってきた。


「なんで彼を……!?」

「皆まで言わすなよ」


 僕が尋ねると、まるで別人かのように、五十嵐は声のトーンを数段落とした。

 これが本性だ。

 あの明るい喋りは、カモフラージュでしかない。


 しかし、すぐにニコッと笑みを浮かべ、普段の明るくて親しみやすい先生の顔に戻った。


「普段の神崎君は、隙だらけなんだよね。だけど、さっき僕が現れた時、一瞬だけいっさい隙がなくなり、突然現れた人間に対して最大限の警戒をした。あれは、場数を踏んでいる人間だよ」

「普段は、わざと隙だらけにしていると……?」


「隙が無い学生なんて普通いないからね。自分の正体がバレないよう、あえて警戒してないんだろう。いや、違うか。警戒しているけど、警戒してないように見せているんだろうね」


 口にするのは簡単でも、実際やろうと思ってできることじゃない。

 だから五十嵐も、今までそうとは思わなかったんだと思う。

 だけど、一瞬隙を無くしたことで、彼の実力に五十嵐は気付いてしまったようだ。


 正直、僕も彼があの男・・・なんじゃないかとは思っていた。

 しかし、確証なんてどこにもない。


「事故に見せかけて殺すなんて、簡単じゃないですよ……? それに、彼が本当にあの男なら、《ギフト》で事故を誘発しようとしても防がれる可能性が高いですし……」

「あぁ、正確には罠にハメて殺すから、君が誘い出してくれればそれでいい。君なら、警戒されずに呼び出せそうだからね。それに、もし《ギフト》を無効化して助かることができたとしても、今度は事故に見せかけずに確実に殺す手段を選ぶだけだから、それはそれでいいさ」


 要は、影之君があの男かどうかを確かめることが優先なのだろうか?

 僕たちの読み通りなら、《ギフト》を無効化できる彼が死ぬことはないはずだ。


「最初から確実に殺そうとしない理由は……?」

「『悲願』達成まで、余計なリスクは負えないさ。最初から確実に殺そうとして別人だったら、《ギフト》を無効化できる奴には警戒されて、殺せなくなるしね」


「事故に見せかけて殺すことも、リスクが高すぎる気がするんですが……」

「政府の犬じゃなければ、ただ単に学生が不幸にあったという話で終わりさ。それに、僕に対して少しでも疑念を抱いている人間は、殺しておかないといけない。これは、君のせいだよ?」


 僕が態度に出したことで、影之君は五十嵐に不信感を抱いた。 

 だから、僕のせいで殺さないといけなくなった、と言いたいんだろう。


 こいつは自分たちのことを『天使』と称しているが、僕は『悪魔』にしか思えない。


「しかし……」

「さっきから愚図愚図言ってるけど、次は成功させるんじゃなかったの? いいんだよ、僕は。君の妹を今すぐ殺したって」

「――っ」

「どっちみち、君が神崎君をうまく誘い出せなければ、妹は殺す。さぁ、どうするんだい?」


 それは、選択肢があってないようなものだった。

 有栖のことは絶対に見殺しにはできない。

 僕の大切な妹で、唯一の家族なのだから。


 だけど、影之君を殺すなんて――。


「わかり、ました……」

「うん、期待しているよ。神崎君が死んでくれたら、神崎さんのほうも取り込みやすくなるだろうしね」


 この男は、優秀な《ギフト》持ちを組織に勧誘している。

 生徒たちにいい先生として接し、自分を信じさせて数年後に組織に取り込むつもりなのだろう。

 美麗ちゃんや、会長にも目を付けてるらしい。


 ――なんてこと、今の僕にはどうでもよかった。


 大丈夫、多分影之君は死なない……。

 僕は、おびき出すだけでいいんだ……。


 ………………だけど、助かった後は……?

 彼が本当に《ギフト》無効化をできる男なら、組織は総がかりで殺しにかかるはず……。

 なんたって、僕たちの天敵なのだから……。


 そうなった時、僕は彼を見殺しにするのか……?


 そう、自分に問いかけずにはいられなかった。

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