第4話「花言葉」
「――ん~、くたびれたぁ」
結局俺は、二時間くらい事情聴取に付き合わされた。
いいことをしたはずなのに、《ギフト》なしで《ギフト》持ちを二人も倒したことで、なんだか怪しまれていたようだ。
まぁ調べられたところで何も出るはずがないし、桃花から
どうやら、お偉いさんが圧をかけてくれたらしい。
「お疲れ様」
「月樹? 桃花と一緒に学校に行かなかったのか?」
桂が笑顔で、水が入ったペットボトルを差し出してきたため、俺は一応尋ねてみる。
確か、二人のほうが事情聴取は早く終わっているはずだ。
「頑張ったのになんだか捕まってる人がいるからさ、見捨てて行くわけにもいかないでしょ?」
「別に捕まったわけじゃないんだが?」
「あはは、そうだね」
桂は楽しそうに笑って、俺の隣に並んでくる。
うん、影が差した無理している笑顔じゃない。
先程の一件は、桂の心に響かなかったようだ。
怪我人が出ていないので、それも当然かもしれないが。
まぁ正確には、獣人二人は意外と重たい怪我をしているのだが、あいつらは悪人だから別にいいだろう。
とりあえず、桂が気にしていないことで変なイベントを起こされると、それはそれで困るのだが……桂の心が傷ついていないなら、今はそれでいい。
桂を助けるようとしているんだ。
シナリオ通りでやっていたら意味はないし、桂を救うために選んだ選択肢で知らない未来が来た場合は、俺が死にものぐるいで頑張る。
「ねぇねぇ、どうする? 今から学校に行くのって面倒だよね?」
警察署を出ると、桂がクイクイッと俺の服の袖を引っ張ってきた。
「なんだ、サボりたいのか?」
「いや~、お昼近くから顔を出したら、なんか浮いちゃわない?」
俺はともかく、桂はクラスに馴染んでいるので、絶対浮いたりはしない。
当然そんなことは桂もわかっていて、ただ単に俺をまだ観察したいんだろう。
「どこか行きたいところがあるのか?」
「ふふ、僕のお気に入りの穴場スポットに、連れて行ってあげるよ」
「う~ん、でも学校サボると、桃花がうるさいからなぁ」
「シスコンめ」
渋ると、吐き捨てるように桂が言ってきた。
うん、随分な言われようだ。
「全然シスコンじゃないだろ?」
「はいはい」
「おいこら、流すな」
やれやれ、という仕草で首を左右に振った桂に対し、
しかし、桂は気に留めていないようだった。
「ごめんごめん」
とてもにこやかな笑顔で謝ってきている。
うん、全然『ごめん』と思っていなさそうだ。
「それで、行ってくれるの?」
そして次に向けてきたのは、何かを訴えるかのように真剣な目だった。
軽い気持ちじゃない、というのがわかる。
「仕方がないな、行こう」
「えへへ、ありがと」
「…………」
「影之君?」
「あっ、いや、なんでもない……」
声をかけられたことで、俺はすぐ首を振って
不意に無邪気なかわいらしい笑みを見せるものだから、一瞬桂に見惚れてしまった。
作りものじゃない、心から笑った時の桂は、凄くかわいいのだ。
「変な影之君」
「悪かったな」
クスッと笑った桂にぶっきらぼうに返すが、桂は気にした様子もなく、先を歩き始めた。
連れて行ってくれるとのことで、桂の案内に従うしかない。
「制服のままでいいのか?」
「まぁ、目につきづらい道を通るから、大丈夫でしょ」
なんでそんなところを知っているんだ、という話だが、聞いたところで答えないだろう。
俺たちはそのまま、細い路地裏や住宅地を通っていく。
歩いててわかるのは、桂がまっすぐ目的地を目指していないということだ。
わざと入りくんだ道を歩いて、俺が道を覚えられないようにしている。
歩いている最中てきとーな話題を振ってきているのも、俺の意識を道から逸らすためだろう。
だけど、俺は別に警戒していない。
これはゲームにもあったイベントだし、何か敵が現れるわけではないからだ。
そうして、桂について歩いていると――小さな丘に出た。
「どう? すっごく見晴らしがいいでしょ?」
桂はドヤ顔で、丘から見える建物や海を手で指さす。
言っている通り、本当に見晴らしがいいし、風が気持ちいい。
たいていこういう場所はデートスポットだったりするんだが、整備が行き届いてない地面や道を見るに、あまり知られていないんだろう。
「よくこんな場所を知っていたな?」
「えへへ、僕は高いところが好きなんだよね」
馬鹿と煙は高いところが好き――という言葉があるが、さすがにそんなことを言ったら、桂は怒るだろうな。
ましてや、彼女が高いところを好きな理由は別だろうし。
「景色を眺めるのが好きなのか?」
「んっ、だって落ち着くじゃないか。嫌なことを忘れてボーッと見てられるよ」
そう言って、桂は街や海を
主人公が初めて見る、普段の彼女からは考えられない表情。
この時に少しでも彼女のことを気にしてあげていれば、結果は違ったのかもしれない。
「月樹にも、嫌なことってあるんだな」
「あはは、僕をなんだと思ってるの? そりゃあ、あるさ」
桂は仕方なさそうに笑う。
ほんと、失礼なことを言っているとは思うんだが……。
「へぇ、意外だな。毎日楽しそうに笑ってるから、嫌なことなんてないと思っていた」
必要がない限り、俺はなるべくシナリオに近い台詞を言うしかない。
下手なリスクは負えないのだ。
「まったく、酷い人だね~。まるで僕が、何も考えてないお調子者みたいじゃないか」
「さすがにそこまでは思ってないけどな」
「ほんとかな~?」
ジィーッと桂は俺を見つめてくる。
推しのジト目なんて、人によってはご褒美だな。
「嘘ではない」
「たくっ……」
桂は不満そうに息を吐く。
そして、視線を街や海に戻した。
「ねぇ、影之君」
「ん?」
「なんで、こんな世界に生まれてきたんだろって考えたことはない?」
「…………」
俺は黙って、隣に立っている桂を見つめる。
彼女は俺なんか見ておらず、また物憂げな目で風景を見つめていた。
「普通の人間だけじゃない、《ギフト》なんていう特別な力がある世界。ただでさえ力を持ったら好き放題するのが、人間って生きものなのに……特別な力なんて、人間は持ったら駄目だったんだよ」
決して、言葉に怒りが込められているわけではない。
淡々と、それこそ全てを諦めているかのように、静かな声だった。
「《ギフト》は使いようによって、人々の暮らしを良くすることもできる。だけど、法律で使用が禁止されているのは、やっぱり怖いって感情があるんだろうな」
「だね~。もういっそ、なくなっちゃえばいいのにね」
その気持ちがわからないわけではない。
特別な力は決して、便利なだけではないのだ。
それこそ、力を使って暴れる奴らや、悪さをする奴らはいる。
だから、何百年も前みたいに、《ギフト》がなかった時代のほうがよかったのかもしれない。
「……だけど、《ギフト》を無くす《ギフト》があった場合、果たして人間は《ギフト》を無くす道を選ぶのだろうか?」
「ありえないね。手放すってなれば、今度は抵抗してくるさ。特別な力なのに、なんで手放す必要があるんだって」
そう、人間は簡単な生きものじゃない。
怖くて禁止しているからといって、無くそうとすればそれはそれで反発してくるのだ。
ましてや、《ギフト》を持つ側からすれば、持たない人間からの差別が厄介なだけで、《ギフト》自体は必要な力だと考えている人が多い。
それこそ、神から与えられし力だと考えられているのだ。
だから、《ギフト》と呼ばれる。
そんな力を手放そうとするはずがない。
「てか、《ギフト》を無くす《ギフト》ってのがそもそも存在しないから、無意味な議論だね。もし持っている人がいるなら、会ってみたいよ」
「まぁ、そうだな」
そんな《ギフト》が存在するという事例は、今まで世間で公表されたことはない。
新種の《ギフト》が見つかればニュースになるので、誰も知らない以上は存在しない、と考えられているのだ。
「ふぅ……ごめんね、ちょっと変な話をしちゃった。やっぱり学校に行こっか」
桂は溜息を吐くと、困ったような笑みを向けてきた。
「行かないんじゃなかったのか?」
「久しぶりにここに来たかっただけだから、もう満足しちゃったんだよね。影之君と二人して学校に行かなくて、変な噂を立てられても困るからさ、学校に行こうよ」
問答をしないためだろう。
俺が返事をする前に、桂は丘を
「たくっ……自分勝手だなぁ」
「あはは、ごめんね」
わざと聞こえるように小言を言うと、桂は笑いながら謝ってきた。
だけど、いつもと違ってこちらを見ようとはしない。
今彼女は、本当はどんな表情になっているのだろうか?
背中を向けられているので、顔が見えない。
声によって、桂は笑っているんだろう、と勝手に思うくらいだ。
「――ねぇ、影之君」
俺も桂の後を追うように丘を下ろうとすると、前を歩いていた桂が急に足を止めた。
「なんだ?」
「女の子にモテたい?」
「いや、急になんだよ……」
突然脈絡もない変なことを言われたので、俺は呆れた態度を取る。
すると、こちらを振り返った桂が、ニコッと笑みを浮かべた。
「花言葉に詳しいと、女の子にモテるみたいだよ。付き合わせたお詫びに、同じ女の子からのアドバイス」
桂はそう言ってウィンクをすると、かわいらしくテテテッと先に降りていった。
俺はその後ろ姿を見つめながら、なんとも言えない感情を抱く。
「花言葉、か……」
わかっているよ、それくらい。
そんなSOSを出さなくたって――お前は絶対、俺が止めて助けるから。
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