第15話「ろくな男にならない」

「――むぅ……!」


 桂の希望でゲームセンターに行くと、何やら見知った女の子が、クレーンゲームの前で頬をパンパンに膨らませていた。


「何してんだ、安西あんざい?」

「――っ!?」


 声を掛けると、安西雛菊ひなぎくの体がビクッと跳ねた。

 そして、おそるおそるという感じで、ゆっくりと顔が俺のほうに向く。

 その表情は、とても嫌そうだった。


「げっ、先輩……」

「げってなんだ、げって」


 あからさまに嫌そうな顔をする後輩を、俺は細目で見つめる。

 彼女は俺たちと同じ高校に通っており、桃花の同級生だ。


 桃花と同じくらい小柄で、金色に染まったツインテールヘアーが特徴的な女の子。

 何より、チラッと見える八重歯やえばは、彼女の人気を高めることに一役買っている。


 ――そう、彼女もこのゲームのメインヒロインだ。

 そして、主人公に対してとても生意気である。


 ちなみに、桃花と一緒で人見知りするタイプなので、桃花とは同じクラスだけど、ほとんど話をしないらしい。


「嫌な先輩に見られた、と思っただけです」

「うん、相変わらずだな」


 俺は視線を雛菊から、クレーンゲームへと移す。

 そこには、大きな猫のぬいぐるみがあった。

 これが欲しかったのだろう。


「なんですか、私が猫ちゃんのぬいぐるみ取ったら駄目なんですか?」

「いや、見ただけだろ……」


 相変わらずのツンツン具合だ。

 こんな子が、ルートに入って付き合うようになると、甘えん坊な猫に豹変ひょうへんするのだから、不思議なものだ。

 しかも、寂しがり屋だし……このゲームの製作者は、ギャップ萌えが好きなのだろう。


「取れないのか?」

「まだ二千円しか入れてませんし、これからです」

「うん、落ち着け。二千円しかじゃなく、二千円も、だ」


 いったいこの子は、猫のぬいぐるみ一つ取るのに、何千円入れるつもりなのか。

 買ったほうが安くつくかもしれないぞ。


「あはは、この子面白いね」


 さすがに黙っていられなかったのか、今まで静観していた桂が笑ってしまった。

 それにより、桂の存在に気付いた雛菊が、俺を壁にするようにして隠れながら、桂の顔を見上げる。

 行動が桃花と一緒だ。


「なんですか。先輩、デートを見せつけに来たんですか?」

「誰もそんなつもりはない。そもそも、安西がここにいるだなんて知らなかったし」


 物言いたげな雛菊に対し、俺は苦笑いを返す。


「はじめまして、月樹桂です。安西さんでいいのかな?」

「あっ、えっと……安西雛菊です……。よろしくお願いいたします……」


 うん、この礼儀正しい子は誰だ、と言いたくなるくらいに、俺の時と態度が全然違う。

 まるで借りてきた猫だな。


「それじゃあ、雛菊ちゃんだね」

「――っ。陽キャ、無理……」


 グイグイと距離を詰めてくる桂に対し、雛菊は逃げるように俺の背中に顔を隠す。

 生意気なくせに、内弁慶なんだよな。

 その上ドジっ子だし。


「ありゃりゃ、嫌われちゃったかな?」

「距離を詰められるのに、慣れてないだけだ。普通に話してれば慣れると思うぞ。安西も、彼女はフレンドリーなだけだから、そんなに警戒しなくていい」


 そうフォローをすると、雛菊はジト目を向けてきた。


「私が陽キャを苦手としてるって知ってるくせに、陽キャを連れてきた先輩のことを呪います」

「やめろ」


 別にわざと連れてきたわけじゃないんだから、呪われたらかなわない。


 雛菊は、本当に陽キャが嫌いなんだよな……。

 それは、性格が災いして過去にいじめを受けたことがあるのが、理由なのだが。


 それに関しては個別ルートで触れることなので、俺が触れることはないだろう。

 個別ルートでも、デート中に元凶たちと雛菊が再会してしまい、それがトリガーになるだけだから、再会しない限りは問題ないのだ。


「それよりも、猫のぬいぐるみがほしいんだろ? 代わりに取ってやろうか?」

「むっ、先輩なんかに取れるんですか?」

「任せろ」


 なんせ、個別ルートのほうでは取れてたんだから。

 きっと、主人公補正でどうにかなる。


 そう思ってやってみると――


「どうだ、とれただろ?」

「えぇ、三千円も使って、ですが」


 ――主人公補正なんて、なかった。


 うん、さすがに調子に乗りすぎた。

 てかよく考えたら、個別ルートのほうでも同じくらいお金使っていたな。

 この主人公に、クレーンゲームの知識なんてなかったのだ。


「お金、返しますよ……?」

「いや、いい。俺がムキになって取っただけだし」

「でも、さすがに受け取れないっていうか……」

「少し早い誕生日プレゼントってことで、受け取ってくれよ」


 お金をかけてしまったので、雛菊が遠慮するのもわかる。 

 だけど、ぬいぐるみを俺がもらっても困るし、雛菊のために取ったのだから、彼女に受け取ってほしかった。


「それじゃあ……ありがとうございます……。えへへ……」


 雛菊はよほど欲しかったのか、とても大事そうに猫のぬいぐるみを抱きしめて、顔をうずめる。

 うん、こういうところは年相応に見えて、かわいい。


 しかし――。


「この男、将来ろくな男にならないだろうなぁ……」


 なんだか、桂が白い目で俺のことを見つめているのだった。

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