第29話「ブラコンには困るよな」

「わぁあああああ――あっ?」


 ギュッと目を瞑り、叫び声をあげていた桂は、何かに気が付いたように目を開ける。


「落ちて、ない……?」


 そして、状況を確認するためにキョロキョロと周りを見回し始めた。


 結論を言うと、落ちていないわけではない。

 変わらず落ちてはいるのだ。

 ただ、かなりゆっくりな速度になっているだけで。


「安心しろ、地面に叩きつけられることはないから」

「影之君……?」


 俺が落ち着いていることに違和感を抱いたのだろう。

 桂は信じられない様子で俺の顔を見てくる。


 しかし、俺は桂ではなく別のところ――下でこちらを見上げている群衆の中に混じっている、美少女二人に視線を向けていた。


「なるほど、桃花ちゃんが助けてくれたのか……」


 俺の視線を追った桂は、状況をやっと理解したらしい。

 彼女の言う通り、落下しようとしていたビークルを支えてくれたのは、俺の後をついてきていた桃花だ。


 そして、その隣にいるのは美麗である。


 忙しい彼女がここにいるのは、俺が無理を言ってお願いしたからだ。

 とはいえ、本当に来てくれるかは、正直半信半疑だった。


「偶然――じゃないよね?」


 たまたま超能力持ちの妹がいて、助けてもらえた。

 そう楽観視してくれるほど、桂は馬鹿じゃない。


「ブラコンだからな、兄がデートすると聞いてついてきたようだ。困ったものだよな?」

「美麗ちゃんは、どう説明つけるわけ?」

「桂は知らないかもしれないが、美麗は桃花とも仲がいいんだよ。コミュ力の塊みたいなところがあるからな。コミュ障の桃花じゃ一人で遊園地にこられるはずがないから、頼ったんじゃないか?」


 実際のところは、桃花が美麗に頼むなんて不可能なのだが。

 その辺は桃花も美麗もうまく口裏を合わせてくれるので、桂はわからない。


 まぁ、催眠をかければ――という手段はあるのだが、さすがに俺が一緒にいては無理だろう。


 やがて、ゆっくりとビークルが地に着くと――。


「お兄ちゃん、大丈夫……!?」


 命の恩人である、桃花が駆け寄ってきた。

 他にも従業員やら乗客の家族が駆け寄ってきているが、犯人らしき人間の姿はない。


「ほんと、寿命が縮まるかと思った……」


 無事な俺と桂を見て、美麗はホッと胸を撫でおろした。

 俺もどこで仕掛けられるかわからない以上、美麗に詳細を教えることはできていなかったので、彼女がこうなるのも仕方がない。


 ただ――。


「お願いしていたことは?」

「君の読み通り、桃花ちゃんが受け止めてすぐに、慌てて場を立ち去るように逃げた人が一人いる。ちゃんと捉えてるよ」


 桂に聞こえないよう小声で美麗に確認すると、思い浮かべた通りの状況になっているようだ。

 彼女は風を操るギフトを持っており、その範囲はかなりの広範囲――遊園地の敷地くらいはいけるらしい。

 だから、そよ風程度の《ギフト》を展開してもらって、遊園地の人の動きを確認してもらっていたのだ。


 こんな事故が起きた場合、テロというわけじゃないのだから、普通は関心を持って集まってくるだろう。

 それなのに、この場から逃げるように慌てて去るなんて、怪しい人間だ。

 そいつを捕まえて、いろいろと聞きたいところだが――。


「えっ……!?」


 突然、美麗が驚いた声を上げた。


 ――まぁ、そう都合よくいかないよな。

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