第30話「勝ち筋」

「どうした?」

「…………」


 声をかけてみるも、美麗は蒼白した顔で黙り込んでしまう。

 俺の声が届いてなさそうだ。


「大丈夫か?」


 美麗の肩に手を置き、こちらに視線を向けさせる。

 その瞳は、動揺をあらわにするよう大きく揺れていた。

 いつの間にか、汗をかいている。


「追ってた人……急にもがきだして……倒れた……」


 普段、明るくハキハキと喋っている美麗が、ここまで言葉を途切らせるのは珍しい。

 ただ倒れただけじゃないんだろう。


「何か違和感があったんだろ?」

「うん……なんだか、その人の顔の周りだけ風がなくなったっていうか……多分、空気がなくなった……」

「――っ!」


 美麗の言葉を聞き、桂が大きく目を見開く。

 そして、頭を抱えた。


「来てるんだ……。あいつ、ここにいるんだ……」


 こんな芸当ができるのは、俺が知る限り五十嵐だけだ。

 桂も、五十嵐の顔を思い浮かべているんだろう。


 五十嵐は基本的に、自分で手を下すことはしない。

 捕まらないよう、他の人間に手を汚させるのだ。


 そんな奴が現場に足を運ぶ場合は、不要となった人間を排除する時がほとんど。

 あいつは空気を操ることができるので、証拠を残さずに殺せるというのが理由だった。


 つまり、先程の出来事は、失敗した人間を五十嵐が処分したのだろう。


「桂、落ち着け。俺と一緒にいる限り、殺されはしないから」


 俺はあからさまなヒントを桂に与える。

 賢い彼女なら、これだけでわかるだろう。


「なんで、そんなに落ち着いているのさ……?」


 桂は焦燥しきった顔で、俺の顔を見てくる。

 どうやら、俺の与えたわかりやすいヒントは、伝わらなかったらしい。


 命の危機を感じているのだから、それも仕方がないか。


「俺は紫華鬘むらさきけまんであり、七竈ななかまどだからだよ」

「――っ!?」


 桂は再度、大きく目を見開く。

 そして信じられないものでも見るかのような目で、俺の目を見つめてきた。


 これは別に、俺の言葉を疑っているわけではないだろう。

 こんな荒療治に出ていたくらいだし、俺とくだんの男を結び付けていたはずだ。

 だからこれは、俺が正体を明かしたことに関しての驚きだろう。


「なん、で……?」

「俺は一つ勘違いをしていたんだ。いや、思い込んでしまっていた、というほうが正しいか。何も、全てを完璧にする必要なんてなかった。重要な部分さえ押さえれば、勝てることに気付いたんだよ」

「……?」


 何を言っているんだ?

 とでも言いたげな顔で、桂が俺の顔を見てくる。


「時間があまりないから、詳しいことは後だ。ただ、一つだけ理解してほしい。あいつ・・・は、俺ごとお前も殺そうとした、ということを」


 わざわざ言う必要はないのかもしれないが、ここで現実から目を逸らされても困る。

 桂を殺そうとした――それはもう、五十嵐にとって桂は不要な人間になったということだ。


 多分、桂の態度で俺が五十嵐を疑ようになった――とでも思われたのだろう。

 だから腹いせで、桂を始末しようとした。

 奴なら、十分考えられることだ。


 だけどそれは、俺にとってチャンスだった。

 これは、桂を五十嵐の呪縛から解き放つチャンスなのだ。


「僕が用済みってことは、妹は……!?」

「俺に《ギフト》が効かないとわかっている以上、五十嵐はわざわざ俺たちを殺しにはこないだろうな。それどころか、桂が情報を洩らすことも懸念して、この町に残ったりしないだろう。そう、足手まといは殺してな」

「――っ!」

「月樹さん!?」


 力なく倒れこみそうになった桂を、美麗が慌てて支える。

 いい反射神経だ。


有栖ありすが……僕の妹が、殺されちゃう……!」

「わかってるよ。とりあえず、このままここにいるのはまずい。場所を移そう」


 今病院に連れて行かれたり、事情聴取を受けることになったらまずい。

 ここで俺が動けなくなったら、せっかくの勝ち筋が消えてしまう。


「どうしよう……有栖が殺されたら、僕は……!」

「安心しろ、手は打ってるから」


 そう、桂に遊園地に誘われてから、俺はちゃんと手を打っておいた。

 五十嵐がここに現れるかどうかが賭けだったが――現れてくれた以上、俺の勝ちだ。


「――お兄ちゃん、何してるの……?」


 俺がスマホを弄り始めると、桃花が怪訝そうに見てきた。

 妹を殺されそうで焦っている桂をほったらかして、何してるんだ、とでも言いたいんだろう。


「そう怒るなって。決行の合図を、送っただけだよ」


 さぁ、今度はこっちの番だ。


=======================

【あとがき】


いつも読んで頂き、ありがとうございます(*´▽`*)


いよいよ、ここから主人公ターンですね…!

最後までお付き合い頂けますと幸いです(≧◇≦)


今月から来月にかけて、新作沢山出す予定なので、

是非そちらもよろしくお願い致します……!


皆さんに楽しんでもらえるラブコメも3作ほど予定しています…!!!!!!


これからも是非、楽しんで頂けますと幸いです♪



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