第34話「とてもかわいらしい笑顔」

「――おねえちゃあああああん!!」

「有栖……!」


 気絶した五十嵐を組織に届けた後、桂を桂の妹のところまで案内した。

 二人はギュッと抱きしめ合い、涙を流している。

 この光景を見られただけでも、頑張ったかいがあった。


「うぅ……泣けちゃいます」

「うんうん、生徒の笑顔を見られてよかったよ」


 協力してくれた雛菊と会長も、笑顔だ。


 ……いや、雛菊は泣いているか。


「伊理宮もありがとうな、桂と桃花のことを見ててくれて」


 俺が離れている間、二人の護衛をしてくれていたのは美麗だ。

 大丈夫だとは思っていたが、俺が離れた隙に五十嵐が部下を使って襲ってくる可能性があったので、念のため彼女を残していた。


「まっ、君にもいろいろと事情があるみたいだから、これくらいお安い御用だよ。これで前に助けてもらったお礼もできたしね。それに、事務所には君のほうから話を通してくれてたみたいだし」


「それは俺というか、上司かな」


 正確には、政府のお偉いさんから話を通してもらったのだが。

 さすがにこちらからお願いする以上、美麗が事務所から怒られるのは避けないとならなかった。

 その辺の話を、政府のお偉いさんがうまくやってくれたのだ。


 ほんと、こういう時は便利だと思う。


 ちなみに、桃花は今、父さんに捕まっている。

 怪我などがないか、心配されているようだ。

 相変わらずあの父親は、桃花には過保護だ。


「それにしても、五十嵐先生が悪人だったとはね~。世の中わからないものだよ」

「えぇ、私の愛する学校にあのような先生がいたとは、信じたくないものですね。どうにか存在自体を消せないでしょうか?」


「……いや、会長? さすがに冗談ですよね?」


 美麗に同調するように見せて、とんでもないことを言い放った会長に対し、俺は苦笑いを向ける。

 この人、凄く優しいはずなのに、怒らせるとかなり怖いからな……。


「ふふ」

「いや、笑顔だけで誤魔化されると怖いんですが……」


 会長のとこって確か、小学生でも知っている超大手企業を運営している財閥らしいからな……。


 ゲームでは財閥の力を使って何かを――ってことはなかったので、大丈夫だと思うが……一応、警戒しておいたほうがいいかもしれない。

 五十嵐は正直どうなってもいいが、会長が手を汚すことになるのは嫌だからな。


「――影之君」


 会長に気をとられていると、近くで呼ぶ声が聞こえた。

 視線を向ければ、目を赤く腫らした桂が、俺の傍に来ていた。


 その腕には、しっかりと幼い妹の手が握られている。


「有栖を、ありがとう……。この恩をどう返したらいいかわからないけど……一生をかけてでも、返すよ……」


 桂はニコッとかわいらしい笑みを浮かべる。

 その際に、ツゥ――と目から頬にかけて涙が流れたが、これは嬉し泣きだろう。


「はは、重く受け止めすぎだ。友人を助けるくらい――ってかっこつけたいところなんだけどな、これも俺にとっては仕事なんだよ。だから、桂が恩を感じる必要はない」


 ゲームにはなかった、桂が明るく未来を生きられる世界になったのだ。

 俺に恩を感じることで、桂の将来を狭めることはしたくない。


「相変わらず、キザッたらしいことを言うんだね」


 桂は仕方なさそうに笑みを浮かべる。

 別にキザッたらしい台詞を言ったつもりはないんだが……。


「――ねぇねぇ、おにいちゃん。おねえちゃんのこいびとさんなの?」


「「――っ!?」」


 不意に放り込まれた、爆弾。

 それを放り込んでくれた幼女は、とてもかわいらしい笑顔で俺の顔を見つめていた。

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