第11話「伝えたい言葉」

「――はぁ……はぁ……ここまで来れば、もう大丈夫……」

「何がだ?」

「――っ!?」


 壁に手をつきながら息継ぎをしていた桂に声をかけると、驚いたようにこちらを振り返った。

 防毒マスクはもう外しているが、口元をお洒落なマスクで隠している。


 顔バレ防止のためだろう。

 目が出ているので、知人に見られたら意味がないと思うが。


「なん、で……?」

「そんなに驚くことか? どこに逃げるかわかってるなら、後を追うくらい造作もないだろ?」

「君、いったい何者なんだ……?」


 桂は俺と向き合いながら、ジリジリと後ろに下がる。

 どうにか逃げようとしているんだろう。


「何者って、一般人だが?」

「嘘つけ……! 銃を持ち歩く一般人がいてたまるか……!」


 うん、なんだろう。

 桂が余裕ないというのはわかるが――これ、傍から見たら、俺のほうが悪者っぽく見えないか?

 漫画だと、多分焦り具合とかの立場が逆だと思う。


「まぁ冗談だが、俺らのことは知っているんじゃないのか?」

「政府の犬だってのは知ってる! 僕が聞いてるのは、君自身についてだ……!」


 そういえばこの頃の桂って、政府のことは凄く嫌っていたんだったか。

 こうやって牙を向けてくるのも仕方がないよな。


「俺のことなんて知ってどうする?」

「ポイズンエルの毒を無効化して、ガンナエルの倍増も無効化されてる! 僕の《ギフト》だって効いてない……! 《ギフト》の無効化ができる《ギフト》なんて、聞いたことがないぞ……!」


 どうやら知らない間に、桂は《ギフト》を使っていたらしい。

 まぁ俺の場合、任務の時は基本、《ギフト》を使っているから効かないのだが。

 とはいえ、さすがに三人もの《ギフト》を無効化すれば、こちらの《ギフト》もばれてしまうか。


 桂の言う通り、現時点での・・・・・俺の《ギフト》は、半径十メートル以内の《ギフト》を無効化するというものだ。

 もちろん、オンオフは可能なので、連携できる仲間と一緒に戦えば、こちらは《ギフト》を使って、相手は《ギフト》を使えないという状況も生み出せる。


「でも、お前の目の前には実際、存在する。そこを疑問に思ってどうするんだ?」

「また政府お得意の、隠蔽いんぺいか……!」

「それは否定しない。とは言っても、そもそも発覚するのが遅れた、というのもあるがな」


 今の時代、子供が産まれたらまずは《ギフト》を持っているかどうか調査する。

 だいたい三歳になる頃には、何かしらの現象が見え始めたり、政府が決めている検証事項で発覚するのだが――《ギフト》を消す《ギフト》など、誰かが《ギフト》を使わなければ発覚しない。


 そしてこの国は緊急時以外、《ギフト》を使うことを禁止しているのだ。

 大きくなってから判明しても、仕方がない。

 俺の場合は事件に巻き込まれた際に判明したのだが、その直後政府の保護下になったので、表に出なかったわけだ。


「それはそうと、お前は好きで組織にいるわけじゃないんだろ? このままだと、後戻りできないところまで行くぞ?」

「――っ。どこまで知ってるんだ……!? ポイズンエルやガンナエルのことも、最初から知っていたみたいだったし……!」

「さぁどうだろうな? とりあえず知っているのは、お前が組織にいる理由が、幼い妹を人質にとらているから――ということだ」


 桂は今のところ、俺のことを一切信用していない。

 だから、ボスが誰なのか、基地はどこにあるのかを知っていると答えても、俺を味方にしようなど思わないだろう。

 むしろ、危険因子として警戒し、組織に売ると思う。

 

 そういうリスクは負えないため、桂の心を揺さぶることだけ答えたのだ。


「もしかして、政府側に潜り込んでる誰か……? コードネームは……?」


 自分の内情など、組織の人間しか知らない。

 そう思っている桂は、俺が《神々の使徒》の一人だと思ったようだ。


 ここで嘘を吐いたところで、すぐにばれるだろうな。


「俺は《神々の使徒》じゃない。俺は紫華鬘むらさきけまんであり、七竈ななかまどだ」


 俺がそう答えると、桂は驚いたように目を見開いた。

 しかし、すぐに目を細めて、俺を見据えてくる。


「僕が、信じるとでも?」


 どうやら、花言葉に詳しい桂には、ちゃんと意味が通じたらしい。


「お前がどう思っていようと、俺はそのつもりだよ」

「……なら、素顔を見せてほしい。正体を明かしてくれるなら、僕は君を信じよう」


 そう言う桂だが、目は明らかに俺を信じようとしているものではなかった。

 両方の組織に詳しい人間なら、《神々の使徒》に売れば、代わりに妹は解放してもらえるかもしれない。

 そういう打算があるのがすぐにわかった。


 優しい奴とはいえ、妹のためなら赤の他人など平気で差し出すだろう。

 実際妹のために手を汚し、後悔しているところは見てきた。


「それはできないな」

「ふっ、やっぱりか。じゃあ、僕は君を信じることなんてできない」

「だったら、どうする? 戦闘経験もろくに無いのに、俺を殺す自信があるのか?」


 あえて、俺は挑発するように桂を見つめる。

 自分の分が悪いということは、桂もわかっているだろう。

 となれば、どうするか――。


「それじゃあ、ここは僕を見逃してほしい。それなら、君のことを信じよう」


 別の交渉材料を提示してくるだろう。

 もちろん、みすみす見逃してもらえるなんて思っていないはずだ。

 どうにか会話で長引かせ、俺が隙を作るのを待っている。


 だから、俺は――。


「あぁ、いいさ。好きに逃げてくれ」


 銃をしまい、両手をあげた。

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