第2話「イベント発生」
「どうした、月樹。なんで俺の家の前にいるんだ?」
俺はわざとらしくない程度に、桂に尋ねる。
普段俺たちは一緒に登校などしていないので、彼女が家の前にいることはおかしい。
それを俺が指摘しないわけにはいかないのだ。
ただ――彼女が迎えに来たのは、イベントが起こる合図だった。
「ちょっと早起きしちゃったからさ、せっかくなら影之君も一緒にどうかなって。もちろん、妹ちゃんもね」
今は共通ルートでいえば、中盤あたりになる。
全ヒロインと既に接点があり、些細な揉めごとを解決して、主人公が一目置かれ始めているところだ。
桂が迎えに来た今日は、桃花とのイベントが起きるはず。
そしてその問題が起きる原因は、桂だ。
彼女は、中途半端な時期に転校してきた俺たちのことを疑っており、こうして監視についていた。
今回問題を起こすのも、俺たちに探りを入れるためだ。
「あっ、えっと……桃花、です……。よろしくお願いします……」
桂が急に話しかけたせいで、桃花は俺の背中に隠れながら、ちょっとだけ顔を出して桂を見た。
桃花はこう見えて――というか、見た目通り人見知りする。
慣れると先程のようによく話すのだが、知らない人がいると無口気味になるのだ。
こんな子が、組織に入ってやっていけるはずがない。
――まぁ、修羅場を経験することによって成長し、主人公を助ける頼りになる存在になったりもする、というのは知っているのだが。
それは桃花のルートの話なので、今は関係ない。
「僕は、月樹桂だよ。よろしくね」
「僕……?」
桂の言葉に疑問を持った桃花は、不思議そうに桂を見つめる。
「安心しろ、見た目通り女の子だよ」
「あはは、ごめんね。僕っていうのがしっくりくるから、そうしているんだ」
疑問に思ったことを全然嫌に思ってない、というのがわかるように、桂は桃花に笑顔を向けてくる。
「あっ、そうなんですね」
それによって、桃花は安心したように俺の隣に出てきた。
……桃花、この笑顔と態度を簡単に信じるようじゃ、やっぱり組織には入れないぞ……?
というか、あっさりと警戒心を解いたところを見るに、将来詐欺師に騙されそうだ。
――まぁそんなことをする奴がいれば、生まれてきたことを後悔するほど徹底的に追い詰めてやるのだが。
「一緒に行ってもいいよね?」
桂はニコッと笑みを向けてくる。
無邪気で人懐っこい笑みに見え、普通なら気を許してしまうだろう。
彼女はこうやって、他人の
「もちろんだよ」
ここで桂と行くことを拒んではいけないため、笑顔で対応する。
というか、このゲームだと結構桂と一緒に行動することが多い。
それこそ、サブキャラの中では一番だし、メインヒロインたちと比較しても、共通ルートでは一番一緒にいるんじゃないだろうか?
なんせ、俺を監視しているのだから。
「お兄ちゃんのお友達って、女の子だったんだ……」
「あはは、お兄さんと女の子が一緒にいるのは、不安かな?」
登校中、桃花が俺と桂を交互に見てきたので、桂が笑顔で首を傾げる。
それによって、桃花はブンブンと首を横に振った。
失礼なことを言ってしまったと思ったのだろう。
「ふふ、桃花ちゃんは小動物みたいでかわいいね。本当に影之君の妹なの?」
「それは、俺が仏頂面とでも言いたいのか?」
「う~ん、親しみづらいよなぁとは思うね」
桂は悪びれるわけでもなく、笑顔を向けてくる。
共通ルート中盤とはいえ、転校してから大して日数は経っていない。
それなのにここまで踏み込んでこれるのは、桂の
「失礼な奴だよなぁ」
「あはは、ごめんごめん」
謝ってくるものの、全然気にした様子はない。
人によっては、こういう軽いのが苦手だったりするんだろうけど、俺――というか、主人公にとっては、今までこんなふうに接してくる人間がおらず、気軽に話せるので心許せる存在だった。
「そういえばさ、桃花ちゃんは《ギフト》持ちなの?」
そうしていると、さっそく桂が探りを入れ始める。
突然話を振られた桃花は一瞬身構えたが、桂が笑顔だったことですぐにかわいらしい笑みを浮かべた。
「はい、私は念力の《ギフト》を持ってます」
「へぇ、念力かぁ。便利な能力だよね~。ちなみに、どれくらい持ち上げられるの?」
念力は、《ギフト》の中では珍しいものではない。
むしろ、オーソドックスな能力の一つだろう。
昔、《ギフト》持ちが今よりももっともっと少なかった頃は、手品やインチキだとか言われていたようだが、今ではれっきとした能力――《ギフト》の一つとして認められている。
しかし、持ち上げられる重さには個体差があり、その中でも桃花は――。
「えっと、一トンです……」
「一トン!? 世界に十人いるかどうかっていわれてるレベルじゃないか……!」
そう、最高級のものなのだ。
まぁエロゲーのメインヒロインだし、これくらい飛び抜けた設定がされるのも珍しくないのだが。
確か念力の《ギフト》は、普通は五十キロくらいしか持ち上げられず、かなり凄い人で五百キロだとか。
だから桃花は、特別な存在なのだ。
災害時の救急活動ではまさに、救世主になりえる存在だろう。
「凄いなぁ……そんな凄い子、初めて見たよ……」
「えへへ……」
褒められたことが嬉しかったようで、桃花は照れくさそうに俺の服を引っ張ってくる。
やめてくれ、俺の服が伸びるじゃないか。
「《ギフト》は、遺伝が大きく影響するっていわれてるけど――影之君は、持ってないんだよね?」
桃花の能力が凄すぎたからだろう。
俺については既に知っているはずなのに、桂は確認をしてきた。
「転校初日にも言ったが、俺は持っていないよ」
「ふ~ん、まぁ僕も持ってないし、それは仕方がないけど……この街だと、結構珍しいよね」
《ギフト》を持つ人間は千人に一人といわれているが、世界中に均等に散らばっているわけでもない。
特別な力を持っているという理由で
そして、もともと《ギフト》持ちが多かったこの町にそういう人たちが集まり、逆に《ギフト》を恐れて出ていった人たちも多いので、今やこの町だけでいえば《ギフト》持ちのオンパレードだった。
まぁだからこそ、悪党も集まり、俺たちが来たのだが。
「親の都合で転校してきただけだし、仕方ないだろ?」
「そうだったね。まぁ、別に《ギフト》があってもなくても、基本的に使用禁止なんだから、気にする必要がないよね。そんな事件滅多に聞かないし」
「あぁ、そうだな」
俺は笑顔で桂に同意しておく。
もちろん、これはただ合わせているだけだ。
命に関わる緊急時もしくは、認められた者以外は、《ギフト》を使ってはいけないという法律になっているのだが、そんなものを悪党が守るはずがない。
だから実際はニュースになっていないだけで、《ギフト》絡みの事件がチラホラと起きている。
それがニュースにならないのは、一般人がパニックにならないよう、政府が揉み消しているだけだ。
「――きゃぁあああああ!」」
噂をすればなんとやら。
桂と話していたら、路地裏から女性の悲鳴が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます