第6話「恥かしい面まで知ってしまっている」

「う~ん、もし《ギフト》を持ってるなら、ヒーローになることも悪くなかったんだけどな~。生憎、俺は《ギフト》を持ってないから、ヒーローどころか人助けもろくにできないんだよ」


 俺はシナリオ通り、桂に返す。

 しかし、桂はまだ俺のことを疑ってきていた。


「あはは、そうだよね。でも、だったらさっき美麗ちゃんが言ってたのは、なんだったの?」


 おそらく俺がそっち側の人間なら、情報を引き出せないと判断したんだろう。

 桂は照準を俺ではなく、美麗に変える。


「ん~、言ったら怒られるから、やめとく」


 だけど、美麗は話そうとはしなかった。

 もうちょっとうまい誤魔化し方はあったと思うんだが、今はこれでいい。


「へぇ、話せないようなことなんだ? 怪しいな~。もしかして、二人でデートでもしてる時に何かあった?」


 あくまで桂は、友人という立場を出ないように探りを入れてくる。

 この無邪気な笑顔を見ていたら、普通の人間なら心を許すだろう。

 しかし、俺だけでなく、美麗もちょっと変わっている。

 この時美麗には、桂の笑顔がうさんくさく見えているはずだ。


 なんせ彼女は、自分を利用しようと嘘っぽい笑顔で近付いてくる人間たちの中で、普段過ごしているのだから。


「私とデートできるような男の子が、こうして別の子と二人きりになったりはしないと思うな~。だって、万が一私に見られたら、振られちゃうでしょ?」

「あはは、凄い自信だね。まるで付き合う男は、自分と別れるのを恐れるって言ってるみたい」

「うん、そう言ってるよ。何か違うかな?」


 美麗は不思議そうに首を傾げる。

 かなりの自信家だが、実際間違ってはいない。

 国民的アイドルまで上り詰めた彼女と付き合えたなら、男側は絶対振られないよう気を付けるだろう。

 だが、美麗は別に自慢とかのためにこうしたわけじゃない。

 桂の話を逸らそうとしているのだ。


「まぁ、美麗ちゃんだもんね。正しいと思うよ」

「ふふ、だよね~」


 桂が笑みを向けると、美麗も笑顔を返した。

 そしてこれ以上はしつこいというか、疑われると思ったのか、もう桂は聞いてこようとはしない。


「あまり長話してもあれだし、学校行こうか」


 桂は俺たちの前を歩きだす。

 その隙を見て、美麗が俺に顔を寄せてきた。


「ごめんね」


 この『ごめん』とは、迂闊うかつに俺の秘密に迫ることを言ってしまったことに対してだろう。


「いや、いいさ」

「んっ、ありがと。でも、なんか……月樹さんって、あんな子だったっけ?」


 普段の桂は、あまり執着心を見せず、結構軽いところがある感じで過ごしている。

 特に、周りとはうまくやっていて、気軽な感じで話すから友人として人気があると思う。

 逆に言うと、先程探ろうとしていたのが変だったのだ。


「本人的に、思うところがあったんだろ」

「……ねぇ、もしかして、本当に付き合ってたりする?」


 桂の態度がいったいどう見えたのか。

 美麗はニヤッと笑みを浮かべた。


 うん、多分、桂が嫉妬して探りを入れたと思ったんだろう。


「付き合ってるように見えないだろ?」

「ん~、見えなくもない?」

「それはもう、見えてないってことだ」

「じゃあ、月樹さんが神崎君を好きとか?」

「ないない」


 この段階で桂に好かれていたら、どれだけ楽か。

 桂はメインヒロインじゃないから、距離が近付くイベントはそうそうないのだ。

 だから、彼女はまだ俺を疑っているだけになる。


「どうだろうな~、神崎君鈍感そうだし~」


 残念。

 確かにこの主人公は鈍感だが、俺はシナリオを全部知っているのだ。

 どこで桂が惚れてくれるかも知っているので、そこは間違えない。


 ――というか……。


「ん、何?」

「あっ、いや……なんでもない」


 美麗を見つめると、キョトンとした表情で首を傾げられてしまったので、咄嗟に顔を背けてしまった。


 俺はこのゲームを全クリしている。

 つまり、美麗のルートもやっているのだ。

 この無邪気で自分本位な子が、主人公に依存する姿も、甘えん坊になる姿も知っている。


 何より――裸や、それに関連する恥ずかしい面も全部知っているのだ。


 そういう子と向き合っていると思うと、ドキドキしてきた。


「おっと、僕はお邪魔かい?」


 俺たちがヒソヒソ話をしていた――というよりも、ちょっと俺が変な態度を取ってしまったからだろう。

 前を歩いていた桂が、笑顔でからかってきた。


「あらあら、嫉妬させちゃった」

「いや、今のはどう見てもからかいだろ……」


 どこをどう見たら、嫉妬に見えるんだ、ということだ。


「はいはい、とりあえずさっさと学校に行くぞ」


 先程の会話はゲームになかったので、このままだと知らない未来に繋がる気がし、俺は話を切り上げて学校に行くのだった。

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