第7話「死人が出るから」

「――お兄ちゃん、任務に行くの?」


 夜、支度を済ませて家を出ようとすると、不安そうに桃花が見上げてきた。

 任務に出る時はいつもこうだ。


「大丈夫だ、心配しなくても無事に帰ってくる」

「心配になるに決まってるじゃん……」


 政府の仕事とはいえ、俺の仕事は命がけになることが多い。

 それを知っているからこそ、桃花は心配しているのだ。


「大丈夫だって。それじゃあ行ってくるから」

「あっ、お兄ちゃん……!」


 言葉でなだめようとしても桃花は聞かないため、俺はさっさと家を出た。

 そして、尾行されていないことを確認しながら、カモフラージュとしてテキトーな道を通っていく。


「――おはようございます」

「よし、影之も来たか。さぁ、今日も楽しく仕事しよう」


 組織に着くなりそんな場違いな発言をしたのは、残念なことに俺の義父ちちだった。

 このおっさん、こんな軽いノリをしているけど、一応俺が所属する組織の局長だ。


 ほんと、なんでこのおっさんが未だに許されているのか、謎である。


「局長、その前に一言いいですか?」

「桃花が組織に入れろって言ってるんだろ? 却下却下」


 一応桃花が言ってることを伝えようとしたが、言わなくても伝わったらしい。

 これで俺は桃花に対して義理は通したので、全ては義父とうさんが悪いということにできる。


「それよりも影之」

「ん?」

「人助けしたらしいな、よくやった」


 義父さんは突然、ワシャワシャと俺の頭を撫でてきた。

 笑顔でしてきているが、されているほうは痛い。


「それはしないでくれって言ってるだろ……!」

「おい、敬語」

「こういう時だけ、立場を持ち出さないでください……!」


 他のメンバーもいるため、俺は敬語で文句を言う。

 これが家なら、普通に口悪く言えるのだが。


「さて、本題に入るんだが――」

「このタイミングでですか……!」

「元々、その用事で集まったんだしな?」


 ツッコミを入れた俺に対し、『何言ってるんだ?』という表情で返してくる父親。

 絶対今度、プライベートの場で一発喰らわせてやる。


「既に全員に通達した通り、本日影之が《ギフト》使用者二名を捕まえた。その二人は、ただのチンピラだったんだが――」


 義父さんは先程の様子とは打って変わって、キリッとした表情で資料を見ながら話し始める。

 俺はこの切り替えを、『仕事モード』と勝手に名付けていた。


 こういう時は、本当に同一人物かと疑いたくなるほどに、雰囲気が全然違うのだ。


 それはそうと、当然と言えば当然なのだが、ここは話が少し変わっているな。

 本当なら、チンピラの片方をボコボコにして病院送りにしたどころか、入院までさせてしまうので、凄くこの場でチクチク言われていたはず。

 だけど、怒られるどころか褒められてしまい、今はスムーズに話が進んでいた。


 やってもないことを怒られても困るが、やっぱり知っている未来と違うと、ちょっと身構えてしまう。

 これにも早くなれないといけない。

 桂を救うには、もっと変えていかないと駄目なのだから。


「どうやら奴らは、雇われていたらしい」

「あの女性をさらえと?」


 俺は違うとわかっていながらも、一応尋ねておいた。


「微妙に違うな。指定されていたのは、あの女性個人じゃない。あの時間に、あの場所で綺麗な女性を攫えというものだったそうだ。そうすれば、百万を報酬として支払うと。事前に前金として報酬の半分の、五十万はもらっていたようだ」


 だからこそ、チンピラたちは信用して動いたんだろうな。

 まさか、捕まるなんて思いもしなかっただろう。


「そのチンピラたちから、例の組織の情報は何か掴めたのでしょうか?」


 この場にいるのは俺と義父さんだけではないので、当然他からも質問が上がる。

 例の組織とは、《ギフト》持ちばかりを集めた犯罪組織だ。

 全国各地で問題を起こしている奴らだが、中核は《ギフト》持ちの宝庫である、この街にあるという情報を手に入れている。


 だから、俺たちはこの街に拠点を移した。


「依頼人の顔は知らなかった。フードを深く被っていたらしく、見えなかったらしい。ただ、体格は小柄で、声は中性的より少し低く、口調からして男だったようだ」

「小柄で、中性的……もしかして、成人にも満たない少年が、チンピラたちを雇っていた……?」


 義父さんからの情報で、メンバーの一人が推測を立てる。

 正直、惜しいところまではいっている。


 いっているが――外れだ。


 口調からして、というのが肝だな。

 まぁ紛らわしい口調ではあるが、犯人たちが依頼主を男だと思ったのは、一人称が『僕』だからだ。

 そこまではこの時わかっていないので、みんな先入観によって見落としてしまう。


 ちなみに、声なんて意識して低くも高くもできるので、あまりあてにはならない。

 さすがにそれくらい、みんな念頭に入れているだろう。


「学生とはいえ、《ギフト》持ちなら奴らは平気で仲間にするだろうし、《ギフト》の能力次第では厄介だ。決して、舐めてかかるなよ? 特に、影之」

「俺ですか?」


 突然話を振られたので、首を傾げて義父さんを見る。


「学生となれば、お前が一番接触しやすいかもしれない。もしくは、既に接触している可能性だってある。気を抜くなよ?」


 こういうところの勘の良さが、局長にまで上り詰めた所以ゆえんなのだろうな。


「もちろんです」

「よし、じゃあ話を続けるが、本日そのチンピラ二人が女性を連れて、今から二時間後に廃工場で会うことになっていたそうだ。だから、そこを狙って――」


 引き渡し予定なら、何も知らずに例の組織のメンバーが来る可能性がある。

 普通に考えれば、そんな間抜けな組織ではないため来るとは思えないが、万が一だってあるのだ。

 だから本来であれば、そこに張り込むのは反対ではないが――俺は、万が一もないというのを知っている。


 なぜなら、その依頼主である人物は桂であり、彼女はチンピラたちが捕まる姿を、目の前で見ているのだから。

 それなのに、わざわざ能天気に指定の場所に来るはずがない。


 それどころか――組織のメンバーを連れて、こちらが来るのを待ち伏せしているのだ。


「これは念のため張り込むだけで、おそらく奴らはこない。もし来るなら、例の組織ではない別の組織だろうな。だから、今回影之が行く必要はない。二人――いや、念のため、三人張り込めば十分だ」


 戦闘の優先度が低い張り込みであれば、むしろ経験が少ない俺は足手まといになりかねない。

 例の組織であれば、一人一人かなりの《ギフト》使いがいると思われているため、俺がいたほうがいいが、そうでなければ他のメンバーで十分対応できる。


 ましてや、自分たちが使っている人間がどうなったかも知ることができない組織など、大したことはないろう。


 それに俺には、他のメンバーと違って学校もある。

 必要性は低いから、俺の負担を減らすために、今回は行かないでいいようにしてくれたんだろう。

 普段俺をこき使う義父さんにしては、珍しい気遣いだ。


 しかし――。


「いえ、局長。今回は俺が関わったものですし、俺が行きます」


 シナリオから外れることになるが、ここで俺は行かないといけない。

 そうしないと、死人が出るからな。

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