第19話「複雑な気持ち」

「なんで慌てるんだよ?」


 気になったので、尋ねてみる。


「他意はないよ」


 しかし、桂はジト目を返してきただけで、理由は教えてくれなかった。

 尋ねるべきじゃなかったのかもしれない。


「それよりも、どうするの? もう帰る?」

「いや、言うてあまり遊んでないだろ。ご飯も食べてないし」


 雛菊のためにぬいぐるみを取って、その後はプリントシール機で写真を撮っただけだ。


「ご飯にはまだ早いもんね。他に、どこか遊びに行きたいところあるの?」

「う~ん、そうだな……」


 こういう時、女の子を連れてどこに遊びに行くのが正解なんだろう?

 カラオケ――は、俺が人前で歌いたくないので、却下。

 桂だけ歌えなんて言ったら、キレるだろうし。


 ボウリングはどうだろう?

 好きな人は好きだし、学生に好まれていた記憶がある。


 もちろん、前世では非リアだった俺がボウリングに行ったのなんて、小学生時代の子供会イベントくらいだが。


「ボウリングは?」

「ん~、行ったことないから、別のがいいかな」


 ボウリングに行ったことがないのか――と思ったけれど、桂は元々特殊な環境で育っている。

 彼女の本名や彼女が《ギフト》持ちということを、学校などが把握していないのも、彼女が育った環境によるものだ。

 そのせいで、ボウリングなどの遊びを経験してこなかったんだろう。


「じゃあ、逆にどこか行きたいところはあるか?」

「そうだね……」


 桂は口元に手を当てながら、空を見上げる。

 ちゃんとどこに行くか考えてくれているようだ。

 行くところに困っても『ここで解散』と言われないのは、それだけ桂と友好的な関係が築けているのだろう。


「それじゃあ、また景色でも見に行く?」


 やっぱり桂は、景色を眺めるのが好きらしい。

 デート――って言うと桂は嫌がりそうだけど、景色を眺めに行くのも立派なデートだ。


「いいんじゃないか、それで」

「じゃあ、行こっか」


 景色を見に行けることになったからか、桂は鼻歌を歌いながら歩き始める。

 無意識なのかもしれないけど、ご機嫌になったようだ。


「桂って、本当に景色が好きなんだな」

「嫌いな人ってそうはいないんじゃない?」


 確かに、その通りかもしれない。

 少なくとも、俺は景色を眺めるのが好きだ。


「まぁ、景色を眺めに行くくらいならいつでも付き合うから、気軽に誘ってくれ」

「ん~、気が向いたらね」


 てっきりいつもの調子で、『じゃ、遠慮なく誘うね』とでも返してくるかと思ったが、意外にも前向きな答えではなかった。

 何か引っかかることでもあるのだろうか?


「あぁ、気が向いたらでいいさ」


 だけど、ここで聞くのは良くないと思い、俺は聞かないことにした。

 もし何かあって桂に話す気持ちがあるなら、自分から言ってくるだろう。

 それまでは待ったほうがいいと思ったのだ。

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