第25話 新人のアルバイトちゃん

 あれから、泉はいつものツンツンモードへと様変わり。

 大学では、何事もなかったかのようにいつものメンバーでの時間を過ごした。

 講義を終えて、祐樹はアルバイト先へと出向いていた。


「おはようございますー」

「あっ、おはよー祐樹君!」


 アルバイト先へ向かうと、既に夕実先輩が制服に着替えた状態で開店準備を進めていた。


「ごめん祐樹君。着替え終わったら中の準備任せちゃってもいい?」

「分かりました。急いで入ります」

「よろしくー!」


 先輩はてきぱきと動きながら、ホール内のモップ掛けを済ませていく。

 祐樹が更衣室で着替えようと思っていると、お店の入り口の自動ドアが開く音が聞こえてくる。

 するとそこには、ちょこんと店内の様子を窺う小動物のような女の子が佇んでいて――


「って、青葉ちゃん⁉」


 その女の子を見て、祐樹は彼女の名前を口にしていた。

 祐樹が声を掛けると、青葉ちゃんは強張らせていた表情を和らげる。


「えっ⁉ 祐樹君⁉ どうしてここにいるのー?」

「青葉ちゃんこそ、どうしてここに?」


 そこでふと、昨日夕実先輩が言っていたことを思い出した。

 新しいアルバイトの子が入ると……。


「もしかして、今日から入る新しいバイトの子って……」

「はい! 本日からこちらでお世話になります、仙台青葉せんだいあおばです」

「マジか」


 速報、新人バイト、普通に知り合いだった件。

 祐樹が驚きを隠せずにいると、ホールでモップ掛けをしていた夕実先輩が現れる。


「どうしたの祐樹君?」


 とそこで、祐樹の視線の先にいる青葉ちゃんの姿を視認して、夕実先輩がふっと柔らかい笑みを浮かべた。


「もしかして、今日から入る新しいバイトちゃんかな?」

「あっ、はい! 初めまして、仙台青葉と申します。本日からよろしくお願いします」

「よろしくー! 私は西山夕実。夕実って気軽に呼んでくれていいよー!」

「よ、よろしくお願いします、夕実先輩」

「うんうん! やっぱり初バイトの子は初々しい感じがたまりませんなぁー」


 青葉ちゃんの緊張した反応を見て、頬に手を当てて身体をくねらせる夕実先輩。


「そのキモイ動きやめてください先輩」

「えぇーっ、別にきもくないってば」


 いや、端から見たら十分気持ち悪いわ。


「ごめんね青葉ちゃん。この人、ちょっと頭のねじ外れちゃってるだけで、基本は仕事の出来る良い先輩だから大目に見てやってくれ」

「うん、祐樹君がそう言うなら……」


 青葉ちゃんも、目の前で起こっている事態をまだ呑み込めていない様子だった。

 すると、夕実先輩が祐樹の脇腹をツンツンと突いてくる。


「なんですか?」

「何がじゃないわ! 私にキモいとか言っといて、もう仙台ちゃんの事名前呼びとか、祐樹君も大概じゃない!」

「いや違うんすよ。実は俺と青葉ちゃん、同じ学部で一緒に授業受けてる仲間なんすよ」

「えっ、マ⁉ 君たちそんな仲なの⁉」


 夕実先輩は驚きを隠せないといった表情で、祐樹と青葉ちゃんを交互に見つめてくる。


「はい! 祐樹君にはいつもお世話になってます」


 青葉ちゃんが恭しくお辞儀をすると、夕実先輩は額に手を当てた。


「マジかぁー。てっきり祐樹君は、男集団だけで大学生活を過ごしてるとばかり思ってたのにぃ―」

「おいこら、酷い偏見だなぁ⁉」

「だって祐樹君、バイト漬けで女っ気ゼロでしょ? 先輩としては気にしてたわけですよ」

「悪かったですね。バイト漬けの社畜で」


 恋愛よりもお金が今は必要だから、バイト漬けだっただけなのに、まさか夕実先輩からあらぬ誤解を受けているとは思ってもみなかった。


「まあでも、知り合いなら青葉ちゃんの教育は祐樹君に任せれば大丈夫だね!」

「ですね」

「ってことで青葉ちゃん! まずは祐樹君と一緒に更衣室で制服に着替えてらっしゃい!」

「おいこら。あらぬ誤解を招くような発言をすな!」

「えっ? だって二人は同じ空間で講義受けてるんだから、着替えるのだって平気でしょ?」

「なわけあるか! 価値観バグってんのか⁉」


 いや、そう言えばこの先輩、頭のねじ外れてるんだったわ。


「とりあえず、更衣室兼荷物置き場に案内するから、こっちに来て青葉ちゃん」

「うん、分かった……」


 祐樹が手招きすると、青葉ちゃんは少々困惑しつつも、後をついてきてくれた。

 夕実先輩に見送られつつ、更衣室の前に辿り着いたところで、祐樹はふぅっと大きく息を吐いた。


「ねぇねぇ祐樹君」

「ん、どうした青葉ちゃん?」


 声を掛けられて青葉ちゃんの方を見れば、どこか落ち着きのない様子で身体をもじもじとさせていた。

 そして、頬を軽く染めつつ、上目づかいに尋ねてくる。


「今から、本当に二人で一緒に着替えるの?」

「いやあれは先輩の嘘だから! 正気に戻って青葉ちゃん!」


 青葉ちゃんは、いい意味で純粋な女の子だったわ。

 先輩の余計な入れ知恵を鵜呑みにしないよう、祐樹が付きっきりで面倒を見てあげないと……!

 祐樹はまるで、過保護な保護者のような気持ちにさせられるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る