第20話 飄々とした泉

 朝、目を覚ますと、見慣れない天井が視界に広がっていた。

 しばらく、ポケーっと天井を眺めて、ようやく状況を思い出す。

 昨日、泉と一緒のベッドで寝たんだ。

 それで、泉に袖を掴まれてドキリとさせられて、寝れないかと思ったら、意外に疲れが溜まってたのか、そのまま寝ちゃって……。

 ちらりと視線を後ろへスライドさせると、夜にはあったはずの泉の姿は既になく、ダブルベッドの上に一人ポツンと寝転がっている男が一人いるだけ。

 重い瞼を擦りながら、ベッドから降りてリビングへと向かう。

 寝室の扉を開けた途端、ふわっと温かみのある香りが漂ってくる。


「あっ、おはよー」


 キッチンでは、泉がエプロンを身に付け、朝食の用意をしていた。


「おはよー」


 祐樹は欠伸を吐きながら、ぐっと伸びをした。


「もうすぐ朝食の用意できるから、顔洗ってきちゃいなさい」

「ふぁーい」


 まるで母親のような口調で促されて、祐樹は洗面所へトボトボと歩いていく。

 洗面所で顔を洗ったことで、大分眠気が飛んで頭がすっきりとしてくる。

 鏡に映る姿を見れば、意外にも眠れたようで、目元にクマなどは見当たらない。


 泉も、キッチンで黙々と朝食の準備を進めていて、昨日一緒のベッドで眠ったのが嘘のように飄々としていた。

 どうやら、変に意識しすぎていたのは祐樹だけだったみたいだ。

 向こうにそう言う意図がないのであれば、こちらも変に考える必要がなくて楽というもの。


 顔を洗い終えて、リビングへと向かうと、既にテーブルの上に朝食が並べ垂れていた。

 もちろん、食費は浮かすため、祐樹と泉のバイト先で出る賄いの残りを温め直したものである。

 祐樹の持ち帰ってきたのは、マーボー豆腐で、泉が持ち帰ってきたのは豚肉ときくらげの卵とじ。

 祐樹が椅子に腰かけると、泉もエプロンをしゅるりと外して向かい側の席へと腰掛けた。


「いただきます」

「いただきます」


 それぞれ手を合わせながら挨拶をして、早速賄いの残りにありついた。


「美味い……」


 豚肉ときくらげの卵とじを頬張り、思わず言葉が零れる。


「祐樹のお店のマーボー豆腐も美味しいじゃない」

「まあ、うちのお店は料理長が気まぐれで作るからさ」

「私のお店もそうだよ。ただ、料理名が分からないものとかも出てくるけど」

「分かる。家じゃ絶対つくらないものとか出て来るよな」

「そうそう、まあ私は食べれればそれでいいんだけどね」


 お互いのアルバイト先賄いあるあるを話しながら、食事を続けていく。

 二人の間に、一緒に寝た後の気まずさはかけらもなかった。


「にしても、夏休みもあっという間だったわね」


 ふと、泉がどこか遠くを見るような目でつぶやいた。


「早いよなぁー。この前始まったばかりだと思ってたのに」


 今日から、大学は後期の講義が始まるのだ。

 最初は授業形式や成績の出し方などのガイダンスがほとんどなので、空き時間が多くできるだろう。

 夏休み中、どこか寂しさのあった大学のキャンパス内にも、活気が戻ってくるのだ。


「言っとくけど、私たちがルームシェアを始めたことは、誰にも言っちゃだめだからね?」

「それぐらい分かってるっての。俺も馬鹿じゃねぇよ」

「それならいいのよ。あっ、大学までも別々の道で向かいましょ。二人で歩いてるところ見られたらまずいから」

「だな。時間差で家を出てもいいし」


 お互いに履修している講義の時間割りを確認して、どちらが早く出て、ゴミ出しをするなど、必要最低限の当番を決めていく。


「んじゃ、そういうことで。私は準備するから」

「アルバイト終わるまで、家には戻ってこない?」

「そのつもり。講義終わったら、いつも通りコニュニティ―スペースで本でも読んでるわ」

「分かった。俺も後から合流するわ」


 こうして、祐樹と泉の、本格的な日常生活がスタートした。

 果たして、二人はこれから他の人にバレることなく、平穏な大学生活を送って行けるのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る