第19話 初めての添い寝

 泉に促されて、祐樹は内見以来の寝室へ足を踏み入れる。

 寝室は、内見で見た時同様、ダブルベッドが鎮座しており、存在感を放っていた。

 ただし、白のシーツや青の掛け布団が掛けられて、ベッドの周りも泉の私物が置かれていて、生活感が溢れている。

 引っ越した場所だというのに、まるで別の家に来たような不思議な感覚に陥ってしまう。

 泉がガチャリと後ろ手で扉を閉め、そのままベッドへと腰掛けると、ちらりと祐樹の様子を窺うように見上げてくる。


「奥と手前、どっちがいい?」

「泉が好きな方でいいぞ」

「じゃあ奥行って」

「分かった」


 祐樹は一つ息を吐いてから、意を決してベッドの上へ。

 膝を乗せると、意外にもボフっとベッドが重さで沈み込む。

 羽毛がふかふかで、寝心地も悪くなさそうだ。

 そんな感想を覚えているうちに、泉もベッドへと上がり込んでくる。

 祐樹は壁際いっぱいまで身体を寄せて、泉の方を見つめた。

 泉はハイハイで祐樹の方へと近づいて来て、足と足が触れあってしまうのではなかという距離まで近づいてくる。

 視線が交わり、胸がきゅっと締め付けられた。

 次に恥ずかしさが込み上げてきて、無意識に視線をそらしてしまう。


「……」

「……」


 互いに黙り込んでしまい、謎の沈黙が室内を包み込む。

 これ以上探り合いを入れていても埒が明かないので、祐樹は息を吐いてから掛気布団を捲り上げて、足から身体を入れていく。


「寝るぞ」

「う、うん……」


 祐樹がそう言うと、泉も恐る恐る隣にやってきて、同じように掛布団の中へ身体をすべらせていく。

 お互いに寝転がったところで、泉が部屋の蛍光灯のリモコンを手に取り、「灯消すね」と声を掛けてくる。

 祐樹が「おう」と返事を返すと、ピっと音が鳴り、明かりが消されて、辺りが暗闇へと包まれた。

 モゾモゾと身体を横にする音が聞こえてきたかと思えば、その音もすぐになくなり、部屋には静寂が訪れる。

 すぅーっと息を吐く音だけが聞こえて、気配だけは感じられた。

 祐樹の隣には、泉が一緒に寝ている。

 その事実だけで、祐樹は落ち着かず、視線を泳がせてしまう。

 暗闇なので、視線を左右に動かしても、何も見えない。


「おやすみ」

「うん、おやすみ……」


 祐樹はそう声を掛けて、泉に背を向ける形で身体を横にする。

 こうして壁側を向いていれば、多少気持ちも落ち着いてくるだろう。

 祐樹はいつもよりも呼吸に意識を向けて、気が安らぐのを待つことにする。

 とその時、不意に背中の辺りをきゅっと泉に掴まれた。

 突然の出来事に、祐樹はビクっと身体を震わせてしまう。


「あっ……ごめん、嫌だった?」


 祐樹の反応を見て、申し訳なさそうに謝ってくる泉。


「いやっ、びっくりしただけだから平気」

「ごめんね、その……ちょっとだけでいいから、掴んで寝てもいい?」

「あぁ、いいぞ」

「ありがと……」


 泉は感謝の言葉を口にすると、モソモソと身体を動かして、心なしか祐樹の方へと近づいてきた気がする。

 祐樹はゴクリと生唾を飲み込んで息を呑む。

 静寂の中、息がつまる思いで身を縮める祐樹。

 何度も唾を飲み込み、緊張をほぐすために、深い呼吸を繰り返す。

 暗闇に目も次第に慣れてきて、うっすらと部屋の状況が分かるようになってきた頃。

 不意に背後から、スヤスヤとした吐息が漏れてきた。


「い、泉……?」


 小さい声で名前を呼んでも、泉からの反応はない。

 恐る恐る顔だけ泉の方へと振り向くと、顔が触れあってしまいそうな距離に、泉の可愛い寝顔が現れた。

 祐樹はいきなり目の前に現れた泉の顔に、息を止めてしまう。

 安心した様子で、目を閉じて眠る泉を見て、思わず抱きしめたくなってしまう情動に駆られそうになる。

 祐樹は咄嗟に壁側に顔を戻して止めていた息をぷはっと吐き出す。

 すると、泉がモソモソと身体を動かしたかと思えば、もう片方の手を祐樹の腰へと回してくる。


「んんっ……ゆーき……」


 寝ぼけて零した吐息のような細々とした泉から放たれる祐樹の名前。

 祐樹は目を見開き、ぐるぐると回して思考をシャットアウト。

 しばらくして、また一定のリズムでスヤスヤと寝息が聞こえてくる。


「ったく……人の気持ちも知らずに気持ちよさそうに眠やがってよ」


 いくら何でも無防備すぎる。

 ここで祐樹が節操のない奴だったら、確実に泉に触れていたに違いない。

 布団の中で感じる温もり、微かに届く吐息、布団に染みこんだ泉の香りが勇気を刺激してくる。


「この状況で、どうやって眠れと?」


 アドレナリンが分泌され過ぎて、全く眠気が襲ってこない。

 これは泉が起きるまで、我慢するしかなさそうだ。


 と思っていたのだが、意外にもこの状況に慣れてきてしまい、祐樹も徐々に頭が重くなってくる。

 泉の気配と温もりを背中で感じながら、祐樹は瞼が閉じていく。

 そこで、祐樹の思考は停止して、深い深淵の闇へと包まれて行くのであった。

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