第18話 探り合い

 アルバイトを終えて、祐樹は玄関前までたどり着いた。

 一つ大きく深呼吸をしてから、覚悟を決めて玄関の扉を開く。


「ただいま」


 玄関から声を掛けたものの、返事は返ってこない。

 リビングの明かりは点いているので、恐らくどこかにいるはずだ。

 祐樹は靴を脱ぎ、ひとまず洗面所で手を洗うことにする。

 朝の件もあったので、『泉?』と彼女の名前を呼びつつ洗面所へと向かう。

 すると、洗面所の床に丁寧に畳まれた寝間着と下着が置いてあった。

 奥にある浴槽から、チャポンと水音が聞こえてくる。

 どうやら泉は、お風呂を満喫中の様子。


「ただいまー」


 浴槽の泉に向けて、祐樹は声を張り上げると――


「おかえりー」


 っと泉の声がくぐもって返ってきた。

 祐樹はそのまま、洗面所で手洗い・うがいを済ませてしまう。


「俺も次シャワー浴びるから」

「んー。分かったー」


 泉の間延びした声が返ってくる。

 この後、一緒のベッドで寝る約束をしているというのに、泉は全く気にしている様子は見受けられない。


 やはり、異性として意識されていないのだろうか?

 いやそうだとしたら、そもそも一緒に寝ようとは言ってこないはず……。

 泉の行動原理が全く分からず、祐樹は頭を抱えてしまう。


「祐樹、まだいる?」


 すると、泉が浴槽内から声を掛けてくる。


「ん、どうかしたか?」

「今日は……その……お疲れ様」

「おう、泉もお疲れ様」


 そして、少しの間があってから――


「えっと……今日はよろしく……ね?」


 と、ぎこちない口調で言ってきた。


「あぁ、よ、よろしく……」


 祐樹も泉につられて、ぎこちない返事になってしまう。

 お互いの間に、何とも言えぬ空気感が流れる。


「じゃあ俺、リビングにいるから、ゆっくり風呂くつろいでくれ」


 祐樹は逃げるようにして、洗面所を後にした。

 そのままリビングへと逃げてきて、祐樹はすぐさまイヤホンを装着して、ヒーリング音楽を掛けて神経を落ち着かせる。


「落ち着け俺……覚悟を決めただろ、今さらなんだってんだ」


 バクバクと高鳴る鼓動を必死に抑えようと、深呼吸を繰り返す。

 緊張はほぐれることなく、泉と交代でシャワーを浴びる。

 泉が入った直後と言う事もあり、女の子のいい香りが漂っているような気がして余計に煩悩が沸き上がってきてしまう。

 祐樹は入念に身体を洗い終えてシャワーを終えてから、おずおずとリビングへと戻る。

 リビングでは、泉が髪を乾かし終えて、一人スマホをポチポチ操作しているところだった。


 祐樹も自身のスマホを手に取り、適当にSNSの動画を流し見していく。

 お互い、どのタイミングで声を掛けたらいいのか分からず、探り合いをしていた。

 ちらちらと祐樹も泉を見れば、泉も祐樹をちらりと確認する。

 そしてついに、二人の覗き見るタイミングが重なり、お互いに見つめ合ってしまった。

 すぐさま視線を逸らすものの、そこでようやく流れが変わる。


「ねぇ……そろそろいい時間だし、寝た方がいいんじゃない?」

「あ、あぁ……そうだな」


 時刻を見れば、既に日を跨いでしまっている。


「寝る支度するか……」

「そ、そうね」


 二人は同じタイミングで立ち上がり、歯磨きやトイレなどを済ませて、寝る支度を整えていく。

 先に支度が終わり、祐樹がリビングに突っ立っていると、泉がリビングへと戻ってくる。


「い、行こっか……」

「お、おう……」


 泉は頬を染めつつ、寝室へと歩き出す。

 祐樹も緊張で喉から何かが出てしまいそうな感覚を覚えつつ、泉の後をついて行く。

 二人で寝る初めての夜。

 一体これから二人は、どうなってしまうのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る