第21話 友人にも黙秘
九月下旬になったことで、猛暑まで行くことはなくなり、シャツに一枚羽織るモノがのが丁度良い気温になってきた。
風もどこか、秋の涼しさを含んでいる。
講義の行われる教室へ祐樹が入室すると、既に多くの学生で教室は埋め尽くされていた。
教室内の真ん中よりやや前方に陣取る、大輔の姿を見つける。
大輔も祐樹に気付き、大きく手を上げて手招きしてきた。
「よっ、祐樹」
「おはよー大輔」
祐樹は、大輔が取っておいてくれた、一つ内側の席に座り込む。
「おはよー祐樹君」
祐樹が座った右隣には、青葉ちゃんの姿。
奥には泉が腕を組みつつ座っていた。
「おはよう青葉ちゃん。泉もおはよう」
「おはよ」
泉は、今までと変わらぬ素っ気ない挨拶を返してくる。
大学内でのスタンスは、変わらないみたいだ。
「あーあっ、夏休みもう終わりかぁー」
「もうって言いつつ、二か月はあっただろ」
「それはそうだけどぉ……気持ちが全然ついてこないっていうか?」
「あぁそう言う事ね。確かに、これから講義が始まるって変な感覚だよね」
祐樹と青葉ちゃんがまだ夏休み気分が抜け切れていない会話をしていると、泉が盛大にため息を吐いた。
「祐樹。別に青葉に話し合わせる必要ないわよ。この子ったらすぐそうやって講義をサボる口実を作ろうとするんだから」
「だってぇ……最初の授業なんてガイダンスなんだから別に休んでもいーじゃん! 私はもっと遊びたい」
「十分遊んでたでしょ?」
「ヤダヤダヤダ! 私の夏休みはこれからなの! まだ序章が終わったばかりなの!」
首を横に振りながら、駄々をこねる青葉ちゃん。
この二か月間が夏休みの序章なら、本編は一年ほどかかるような気がするのを突っ込むのは止めておこう。
「それで? 祐樹は新しい家での生活には慣れたか?」
とそこで、大輔が引っ越しの話題を口にする。
「あぁ、まあ大分落ち着いてきたよ」
「それならよかったぜ」
すると、祐樹と大輔の会話を聞いていた青葉ちゃんが不思議そうに首をかしげる。
「えっ、祐樹君も引っ越ししたの?」
「あぁ、実は先週越したばかりなんだ。青葉ちゃんにばったりあった直前ぐらいかな」
「そうだったの? なんで教えてくれなかったの?」
「教える必要あったか?」
「あるに決まってるじゃん! 万が一終電逃した時困るじゃん」
「そこは泉の家に泊まってくれ」
「泉んはだって……ね」
意味深な視線を泉に送る青葉ちゃん。
「……何よ?」
それに対して、泉はギロリと鋭い視線を青葉ちゃんに向けた。
「な、何でもないでーす」
青葉ちゃんは、吹けない口笛を吹いてあからさまに誤魔化した。
「なんだよ、その誤魔化し方は?」
大輔が青葉ちゃんの反応を見て、疑問を抱く。
「大輔は黙ってて! これは乙女同士の問題だから! ねー泉!」
「えぇ、そうね」
青葉ちゃんの言葉に対して、首を縦に振って同意する泉。
「んだよ、水臭いなぁ。祐樹もそう思うだろ?」
「えっ⁉ まあ、二人が話したくなった時でいいんじゃないかな」
「ちぇーっ。祐樹までそっちサイドかよ、つまんねぇの」
大輔は頭の後ろで腕を組んで不貞腐れた表情を浮かべた。
祐樹は申し訳ないと心の中で大輔に謝罪する。
いくら友人とはいえ、祐樹と泉が一つ屋根の下で暮らしているなんて、言えるわけがないのだから。
すると、隣からにひぃーっという視線が突き刺さった。
見れば、青葉ちゃんがウィンクをしながら目配せしてきている。
どうやら、この前夏休みに青葉ちゃんから聞いた泉の引っ越しの件は内緒だよということらしい。
祐樹はそれに頷き返して、視線を前に向けた。
丁度教授が入って来て、講義開始のチャイムが鳴り響く。
こうして、激動の夏休みを終え、後期の日程が始まるのであった。
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