第32話 好き

 祐樹と泉は、そのまま寝室へと向かう。

 お互いに手を取り合って、ベッドに上がり込む。

 掛け布団はくしゃくしゃになっていて、きちんと開き直さないと役に立たなそうだ。


「祐樹ぃー♪」


 とそこで、泉が祐樹の首に手を回してきて、身体を預けてくる。

 その勢いのまま、二人はベッドに倒れ込んでしまう。


「ちょ、お前な……」

「えへへっ、いーじゃん。だってもう私達、そういう仲なんだから♪」


 蕩け切った表情でこちらを見つめてくる泉。

 今すぐにでも理性のたかが外れそうになり、祐樹は必死に堪える。


「あのな……いくらなんでも早すぎだろ」

「早いとかあるの? 別に私は気にしてないけど?」

「……俺の心情も少しは考えてくれ」

「というと? んっ⁉」


 コテンと首をかしげる泉に対して、祐樹は顔を近づけていき、彼女の唇を奪ってしまった。

 数秒にしか満たない時間だったけど、お互いの感触を確かめ合い、とても幸せな気持ちが溢れ出してくる。

 パっと唇を離すと、泉が恥ずかしそうに眼を泳がせていた。


「こういうことだよ。分かった?」

「はい……分からされちゃいました」


 なんか言い方が妙だったけど、まあその辺りは今は置いておこう。

 祐樹は泉の頬に手を当てて、今の気持ちを口にする。


「好きだ、泉」

「うん……私も……好きっ……」


 とろんとした目で、嬉しい言葉を口にしてくれる泉。

 可愛すぎて、既に祐樹のキャパをはるかにオーバーしている。

 祐樹はそのまま、再び顔を近づけていき、再度泉と口づけを交わす。

 この時間が、ずっと続いて欲しい。

 そんな思いを馳せながら……。


「ぷはっ……」


 唇を離すと、またもや泉が可愛らしい反応を示す。

 もうこいつは……。

 いくつ理性があっても足りない。


「祐樹ぃ……っ」


 泉が甘ったるい声を上げてとろんとした瞳を向けてくる。

 そんな可愛らしい彼女に対して、祐樹は優しく微笑んだ。


「どうした、香奈」

「っっっっ~~~~」


 名前で呼ばれて、ぷしゅーっと顔を火照らせる香奈。

 そんな反応がいちいち可愛くて、もっと愛でてあげたくなってしまう。


「香奈、こっち向いて?」

「……嫌だ」

「こっち向いてくれないと、一緒に寝てあげないよ?」

「ヤダー!」


 駄々をこねる香奈は、ぷくーっと頬を膨らませながら視線をこちらへ向けてくる。

 刹那、祐樹は瞬きさえさせぬ速さで頬にチュっと軽くキスをした。


「もぉ~~~~~!!! ばかぁ~~~~~~」


 不意打ちのキスに、香奈は頬に手を当てて身じろぎする。

 しばらくして、じとーっとした視線が突き刺さった。


「祐樹のいじわる」

「意地悪で悪かったな」

「もぅ……バカ」

「どうもー馬鹿でーす」

「むぅ……」


 むすーっとした顔を浮かべているものの、その表情の裏には、どこか物欲しさを感じている様子が窺えた。

 祐樹はすっと顔を近づけていき、額と額と重ね合わせる。

 香奈の目の前にあり、お互いの鼻が触れあってしまう距離で見つめ合う。


「香奈……」


 祐樹が吐息をつくような声で名前を呼ぶ。


「祐樹……」


 香奈も同様に、息をつくような甘い吐息をつきながら、祐樹の名前を呼び返す。

 そしてどちらからともなく、瞳を閉じて、ゆっくりと唇を重ね合わせた。

 もう言葉などいらないほどに、溶け合ってしまいたい。

 そんなふわふわな感覚に襲われつつ、二人だけの初夜(もう朝だけど)は、夢のように過ぎ去るのであった。

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