第31話 二人の本音

 玄関のかぎの施錠を解除して、祐樹は音をたてないようにしながら扉を開く。

 玄関前の明かりだけついており、リビングの明かりは消えていた。

 どうやら、祐樹が帰ってくるのを見越して明かりを付けたままにしてくれていたらしい。

 靴を脱いで、洗面所で顔を洗おうとしたところで、カチっとリビングの明かりが灯される。

 顔を向ければ、寝間着姿の泉が立っていた。


「おかえり」

「た、ただいま……」


 お互い言い合った後だからか、どこかぎこちない雰囲気が二人の間に流れていた。


「悪いな、出来るだけ音を立てずに帰ってきたつもりだったんだが、起こしちまったみたいで」

「ううん。平気。私もずっとモヤモヤしてて眠れなかったから」

「そっか……」


 二人の間に、再び沈黙が流れる。

 祐樹はその間に靴を脱ぎ、廊下へと上がった。

 そのまま泉の方へと向かって行き、向かい合う形になる。


「その……さっきは悪かった」

「ううん。私が悪いの。祐樹に言わなくてもいい事言っちゃったから」

「いや、泉が青葉ちゃんと仲がいいことぐらい、ちゃんと理解してたのに、俺が何も言わなかったことで、泉にも余計な心労を掛けることになっちゃったから――」

「そうじゃないの!」


 すると、祐樹の話を遮るようにして、泉が声を荒げた。

 泉ははっとなって視線を左右に動かしながらも、言葉を続ける。


「そうじゃなくてね……私がちゃんと言わなかったのが悪いの。青葉のことを言い訳にして、本当に言いたかったことを言わなかったから」

「どういうことだ? だって泉は、青葉ちゃんのことを慮って、俺に忠告してくれたんだろ?」

「違うの……違うんだってば……」


 泉は自身の腕を抱き、まるで駄々をこねる子供のような視線をこちらに向けてくる。


「私はね……アンタが青葉のことを断ってくれたのが、本当は嬉しくてたまらなかったの。なのに、青葉のことを踏み台にして、祐樹を悪者みたいに扱っちゃったの。本当にごめんなさい」


 最後の方は、声が震えていて、泉は視線を下に降ろしながら唇をきゅっと噛み締める。

 それでも、泉は必死に自分の気持ちを吐き出そうと、言葉を紡いだ。


「私はずっと……祐樹の傍にいたい。ずっと私のことだけを見ていて欲しい。だから、ルームシェアの件もそうだし、一緒にもっと時間を共有したいなって思ったの……。でも祐樹は……生活に逼迫してて、私の事なんかより今をどう生きるかの方が大切で……。私の事なんて眼中になくて……それが分かったら、なんだか虚しくなってきちゃって……」

「もういいって」

「ごめんね祐樹。私本当は凄い我儘なの。幻滅したよね……。だからこのことは一旦忘れて、許してとは言わないから、このまま私のことを――」

「もういいって言ってるだろ馬鹿!」


 祐樹は自暴自棄になる泉の言葉についに耐えきれなくなり、縮こまる泉の身体を抱き締めていた。


「……えっ?」


 いきなり抱き締められ、状況を理解できないのか、困惑する泉。

 祐樹は意を決して、自分の言葉を口にする。


「俺は確かに、今まで自分の生活でいっぱいいっぱいだった。だから、泉とルームシェアの誘いを受けた時も、お金が浮かせることが出来ればそれでいいって割り切ってた。でも、泉と一緒に生活しているうちに、悪くないなって心の中でどこか思い始めている自分がいて、それがだんだん心地よくさえ感じられたんだ。だから、泉は何も謝る必要はない」


 感情がぐちゃぐちゃで、上手く伝えられたか分からなかったけど、今出来る限りの言葉で泉に対して自身の気持ちを言い切った。

 そして、泉を思い切り抱き締め、想いを行動で示したのである。


「~~~~」


 すると、泉は声にならないように悶えた声を出す。

 すっぽり祐樹の手の中に納まっているので、泉の身体が段々と熱を帯びてくるのが分かってしまう。


「……祐樹のバカ。そんな事言われたら……本気にしちゃうじゃない」


 ようやく泉から放たれた言葉は、そんな可愛らしいもので、唇をツーンと尖らせていた。

 リンゴみたいに顔は真っ赤に染まっており、泉が照れているのが伝わってくる。

 そんな泉の姿を見て、祐樹は優しく語り掛けた。


「そう捉えてもらって構わない。俺もそうしたいって思ってるから」

「本当に?」

「……あぁ、本当だ?」

「この後後悔することになっても知らないよ?」

「後悔なんてしないさ。泉が大切だから」

「青葉じゃなくていいの?」

「泉がいい」

「むう……」


 そこまで言い切ると、泉も反論できなくなってしまったようで、口を引き結んだ。


「じゃあ……さ。お願いがあるんだけど」

「ん。何?」


 祐樹が優しく問いかけると、泉が頬を真っ赤に染めたまま、潤んだ瞳でこちらを見上げて――


「今から一緒に寝よ?」


 それはそれは艶めかしい仕草で誘ってくる泉。

 その泉の誘惑に対して、祐樹は――


「分かったよ」


 と、答えて、高ぶる気持ちを抑える代わりに、泉の頭をワシャワシャと撫でまわすのであった。

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