第30話 今までに感じたことのない心情

 祐樹はコンビニで時間を潰した後、駅近くの繁華街をプラプラと散策する。

 途中、キャッチのお兄さんたちに何度も勧誘を受けたものの『この後予定あるんで』と言ってサラッと交わして、駅から少し離れた反対側の住宅街を歩いてみた。

 あまり来たことがなかったが、反対側は高級住宅街になっていて、大きな門構えの家が軒を連ねており、その大きさに圧倒されてしまう。


 とはいえ、こちらに越してきてからというもの、あまりこうして一人でボーっとする時間もなかったので、なんだか都内の新たな一面が見れたような気がして新鮮だった。


 思い返せば、お金のことで頭がいっぱいいっぱいで、今まで心に余裕がなかったんだなと言う事を改めて実感させられる。

 今回の青葉ちゃんとの一件で、それを痛感させられた。


 祐樹にとって、お金を少しでも貯める事が、人生の目標みたいになっていた。

 けれど、これから大学を卒業して社会に出た時、もっと視野を広げていかないと、社会の波に揉まれて路頭に迷ってしまうのは明白だ。

 いくらお金がないとはいえ、それを理由にして今の生活に引きこもるのは、選択肢を狭めているに過ぎない。

 もちろん、祖父母にこれ以上金銭的負担を掛けたくないという気持ちがあるのも事実だ。

 だが、それを建前にして、本当にやりたいことをやらないのは違うなと思った。

 それこそ、この大学生活を有意義に使って行かなければ勿体ない。


「ここで勿体ないって言う言葉が出てくるのが、今の俺らしいな」


 お金に対してシビアになっているからこそ、時間に対しても効率よく時間を使う方向に頭がシフトしてたらしい。

 お金はいつでも貯めることが出来るが、時間は有限なのだ。

 ある程度お金が必要だとはいえ、その時間でしか体験できないことだってある。

 それこそ、恋愛だってそうだ。

 彼女との時間はかけがえのないものであり、人生の中で体感する経験値は計り知れないものがあるのだから。


 では、祐樹が恋愛について考えた時、ぱっと理想の彼女像で思い浮かんでくるのは?

 咄嗟に浮かんできたのは、薄暗闇の部屋で、仰向けに寝転がる祐樹に覆いかぶさるようにして、四つん這いの姿勢でこちらを潤んだ瞳で見つめてくる泉だった。

 祐樹は思わず、首を横に振る。


「いやいやいや、いくらなんでも毒され過ぎだろ」


 ここ数日、一緒のベッドで寝た仲とはいえ、それは祐樹の思い違いだ。

 泉の真意は分からないが、きっと祐樹は人畜無害な存在だからこそ、あぁやって一人身だった頃の寂しさを埋めているのだろう。

 そこに祐樹に対して何か特別な感情を泉が持っているかと言えば、きっとそれは検討違いというもの。


 だからこそ、青葉ちゃんの件に対してあれだけ真摯に怒っていたのだろう。

 でなければ、あそこまで怒られる理由が分からない。

 とはいっても、青葉ちゃんは確かに可愛いし、庇護欲をそそられる存在であるのは確かだが、いくら想像してみても、青葉ちゃんの隣を歩いている祐樹の姿を思い浮かべることはどうしてもできなかった。

 それどころか、ショッピングモールでのデートでさえ、浮かんでくるのは泉の姿ばかり。


 ちょっと待て、これじゃあまるで、祐樹が泉のことを意識してるみたいじゃないか。


「いや、ないないない」


 手を横に振り、自分に言い聞かせるように言葉を吐く。

 言い終えた後、少しだけ後ろめたい気持ちが沸き上がってくる。

 それはまるで、自分自身が誰かに嘘をつくような感覚に似ていた。


「まさか……な」


 いくらなんでも、何回か一緒に寝ただけでそれはチョロすぎないか?

 一緒に暮らし始めたとはいえ、まだ泉のことを全部知ったわけじゃないんだぞ?

 けれど、祐樹の元に浮かんでくるのは、泉の幸せそうな笑顔ばかり。

 先ほどまでイライラしていた相手に、こんな胸が熱くなるような感情、抱くはずがないのに……。


「なんだこれ……」


 今まで感じたことのない不思議な感覚に、祐樹は困惑してしまう。

 一旦落ち着きを取り戻そうと、大きく息を吸って深呼吸をする。

 顔を空へ上げれば、いつの間にか空が黄昏時の時間となっていて、東の空がオレンジ色に染まり始めていた。


「……帰るか」


 祐樹は踵を返して、朝日が登ってくるのを背にしながら、泉が寝ているであろう家に戻るのであった。

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