第29話 本当の気持ち

『ごめんね、ありがとう。こんな遅い時間まで話聞いてくれて』

「ううん平気だよ」

『それじゃ、おやすみー』

「うん、おやすみ」


 青葉との通話を終え、香奈はふぅっと息をつく。

 時刻を確認すれば、既に夜の二時を回っていた。

 祐樹は今頃何しているのだろうか?

 気になって扉を開けてリビングを覗いてみれば、祐樹の姿は見当たらなかった。

 どうやら、香奈が言った通り、祐樹は部屋を出て行ってしまったらしい。


「そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ……」


 香奈は一人ボソっと悲しい心情を吐露する。

 正直、青葉の話を聞いている時も、香奈が裏で祐樹と一緒に暮らしていることを隠していることもあり、罪悪感に苛まれていた。

 それと同時に、自身が技量の狭いことを痛感させられて、祐樹に対して八つ当たりしてしまったことを後悔したのだ。


「祐樹、怒ってるよね……」


 今連絡を取ったところで、祐樹の機嫌は直っていないだろう。

 もしかしたら、今回の件で勘当されてしまったかもしれない。

 それだけはなんとしても避けたい事態だけれど、祐樹は何故香奈が怒っているのかちゃんと理解していないのだから……。


 青葉の気持ちをもっと考えろ?

 そんなの、香奈が本心で思っていることではなかった。


 香奈だけを見て欲しい。

 青葉に心が揺らいでほしくない。


 心の中ではずっと、そう思っているのだから。


 なのに、香奈は祐樹に対して説教染みた提言をつらつらと述べてしまった。

 きっと祐樹は、香奈が青葉の事で話を聞いていて、対応が悪かったことに対して怒っていると勘違いされているのだろう。

 実情はそんな友達想いなものではなく、もっと醜くて、我欲ありきの怒りなのだから。


 祐樹がいつでも帰って来ていいように玄関前の明かりだけ付けておく。

 この家に住む前までなら、電気代が勿体ないからと言って、消していたに違いない。

 光熱費込みの住宅のため、こういう気配りが出来るようになったのは正直なところ助かる。

 とはいえ、祐樹の機嫌を損ねてしまったのは間違いないので、帰ってきたら本当のことを伝えなければならない。


「ちゃんと伝えられるかな……」


 途中で恥ずかしくなって、また青葉のことを盾に利用してしまうのではないか。

 自分のわがままな気持ちを伝えたら、祐樹に幻滅されてしまうのではなか。

 そんな未来を考えてしまい、恐怖心に苛まれる。

 香奈はリビングの明かりを消して、寝室へと逃げ込んだ。

 妙に広々としたベッドに寝転がるも、ここ数日感じていた温もりはなく、ひんやりと冷たいシーツの滑らかな触り心地がそこにはあるだけ。

 男の子特有のゴツゴツとした身体つき、落ち着く心音。直で感じることの出来る温もりはそこにはなく、香奈は心に穴が開いてしまったような空虚感に襲われる。

 掛け布団をギュっと抱き締ると、微かに祐樹の匂いが漂ってきて、香奈にとってかけがえのない存在であることを再認識させられてしまう。


「祐樹……早く帰って来て……」


 寂しい。

 ただそれだけなのに、香奈は言葉にすることが出来ない。

 祐樹と暮らし始めてまだ数日だというのに、香奈の身体はとっくに祐樹なしでは生きていけない仕様になってしまったらしい。

 香奈は何度も目を瞑って寝ようと試みるものの、あの心地よい安らぎが忘れられず、眠ることが出来ずに時間だけが過ぎていくのであった。

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