第14話 きっかけ
感情をむき出しにしたまま、泉はベッドに倒れ込む。
「……祐樹のヘタレ」
毛布をかぶりながら、ドアの向こう側にいるであろう人物の悪態を吐く。
泉はずっと前から、祐樹とルームシェアをする覚悟をしていたというのに……!
蓋を開けてみたら、あの野郎日和やがった。
今までの決意と覚悟の時間を返してほしい。
「ホントあり得ない……!」
泉は足をじたばたとさせて、やるせない感情を吐き出す。
そして、すっと脱力して、枕に顔を埋めた。
「私、何やってるんだろう……」
力が抜け、空回りしていることを自覚して、そんな言葉が出てきてしまう。
ちゃんと言葉で直接伝えればいい問題なのに、その言葉を言う勇気だけは出てこない。
祐樹の方は、自覚がないみたいだし、泉の方からアプローチを掛けるしかないのだが、まだ同棲生活は始まったばかり。
時間はたっぷりある。
心の準備が整うまで、しっかりまずは関係性を深めて行こう。
泉と祐樹の出会いは、些細な事だった。
~~~~~~
まだ大学生になりたての四月。
各学部で行われた新年度の説明会の時の出来事。
時間ギリギリになってしまった泉が大教室に入ると、多くの新入生で埋め尽くされており、既に席はほとんど埋まってしまっていた。
泉が空いている席を探していると、たまたま二人掛けの席の片側が空いているのを見つけた。
「ここ、座ってもいいですか?」
既に席に座っていた人物へ声を掛けると、こちらを向いた彼は、『どうぞ』と快く快諾してくれた。
泉は会釈を交わしてから着席して、パタパタと手で顔を扇ぐ。
落ち着いたところで辺りに意識を向けると、教室内はガヤガヤと騒がしい喧騒に包まれていた。
学部生全体で集まるのはこれが初めてだというのに、既にほとんどの学生はグループが出来上がっており、既に数か月も一緒に過ごした友達のような感覚で、楽しそうにおしゃべりに興じている。
これは後で知ったことなのだが、今時の大学生は、入学が決まった時点でSNSに募集を掛けて、同じ学部の仲間を見つけ出すとのことらしい。
泉はそんなSNS活動をしていなかったので、波に乗り遅れてしまったのだ。
「みんな凄い仲良さそうですよね」
すると、突然隣に座っていた男子生徒が話しかけてきた。
最初、泉に話しかけているとは思わず無視してしまったものの、彼がじっと見つめてきているのを見て、ようやく話しかけられているのだと理解した。
「ですね。同じ学校の友達とかでしょうか?」
「どうなんだろう? 知らないけど、あそこまで初日からうるさいとちょっと気が滅入るよね」
彼は頬杖を突きながら、どこか達観したような目をしていた。
同じ年にしては、随分大人びているなという印象だったのを覚えている。
「ごめん、自己紹介がまだだったね。俺は富沢祐樹。気軽に祐樹って呼んでくれて構わないよ。君の名前は?」
「……泉香奈よ」
「泉ねっ。よろしく」
「えぇ、よろしく」
お互いに軽い自己紹介を交わすと、祐樹はさらに踏み込んだ質問をしてきた。
「泉はさ、どうしてこの大学に入ろうと思ったの?」
「はっ? そんなの、将来就職が有利になるからに決まってるじゃない」
そう、当時から泉は身寄りもおらず、奨学金制度を利用して大学へと進学したのだ。
学費は祖父母が多少は出してくれるというが、家賃や生活費などは自分で稼がなければならない。
将来、お金を稼げる企業に就職するため、出来るだけ知名度のある大学を選んだだけの事。
「まあ確かに、この大学なら四年間しっかり単位を取っていれば、問題なく有名企業に就職できるだろうし、至極真っ当な理由だよね」
「……何よ? その口ぶりは? まるで私がつまらない人とでも言いたい言い草じゃない」
祐樹の鼻につく言葉に、つい棘を出してしまう泉。
事情を何も知らない相手に、何が分かるというのか。
「違う違う。別にそんなことは思ってないよ。この大学四年間って、社会に出る前の貴重な時間でしょ? だから、泉も普通じゃできないようなことに色々チャレンジしてほしいなと思ってさ」
「私にチャレンジしてる時間なんてない」
これから日々、お金に追い詰められ、大学の講義を受け終えたらアルバイトに勤しみ、生活を過ごすことになるのだから。
「別に時間がなくたって出来ることはあるよ。例えば、隙間時間に資格の勉強をするのもいいし、それこそ、価値観の合う相手を探してみるのもいい。お金がなくたって、出来ることは沢山あるさ」
「……なによ。その知ったような口ぶり」
「分かるよ。だって泉、俺と同じ目をしているからね。今をどう生き延びようか、目の前の人生にとらわれている雰囲気が滲み出てる」
「なっ……」
初対面の相手に言い当てられ、泉は軽く動揺してしまう。
と同時に、この人は今、自分が同じ立場だといった。
泉と違って、かなり落ち着いているように見える。
その理由が気になった。
「どうしてアンタは、そんなに悠長でいられるワケ?」
「ん? 俺だって、内心ずっとお金のことばかり考えてるよ。それを表立って見せてないだけ」
「どうして? 普通慌てるでしょ?」
「なんだろうね。人って追い詰められたとき、冷静な判断を失うと思うんだよ。だから俺は、内心焦りながらも、物事の判断を間違えないようにしてるだけ」
「ふぅーん」
気に食わない。
泉が祐樹に対して感じた印象は最悪だった。
それと同時に、どうにかしてコイツが慌てているところを目の当たりにしたい。
泉の中で、一つ大学での目標が出来た瞬間であった。
それから泉は、自然と祐樹と一緒にいるようになった。
授業も一緒に受けるようになり、青葉や大輔とも出会い、学内で友人も増えた。
それでも祐樹は、全く生活に困窮した素振りを見せることなく、終始明るく振舞っていた。
泉はそんな祐樹の姿を見て、余計に悔しさが込み上げてくるのと同時に、尊敬の気持ちを持ち合わせるようになっていた。
大学生活にも慣れてきた、ある日の事。
泉がいつものように図書室で本を借りて、コミュニティールームへと足を運んだ時である。
祐樹の本来の素顔を目の当たりにしたのは……。
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